107話 第5幕 託された願いの重さ ②
6月24日 14時07分
翌々日、私は東京・
窓の外では昨日から雨が降り続き、紫陽花がしっとりとみずみずしい色で咲き乱れている。
ニケの店内はアンティーク風で、アニや常連客、そして母が撮影した写真が雑然と、実は絶妙なバランスで飾られている。
店内は禁煙で、タバコの匂いは一切なく、淹れたてのコーヒーの
時間はランチタイムが終わった14時過ぎ。いつもの席で私の報告をノートに取りながら、静かに聞いていたアニが口を開いた。
「──なるほどね、ご苦労さま」
アニはノートを閉じると表情を和らげて私を見る。
「ユッキーと一緒だったから、気分転換になるだろうと思ったけど、かなり濃い旅行だったみたいだね」
「うん。濃いと言うか……情報量多くて、どこから動いて行けば良いか……」
私はテーブルの横の壁に飾ってある母の写真を眺めて、軽くため息をつく。アニも腕を組んで椅子にもたれる。
「そうだよなぁ、確かに情報でお腹いっぱいだ。まずは
「うん、あの家がお母さんの行方を探る上での一番の手がかりなのに……」
「色々あるけどポイントは、隠し扉か……その黒スーツの男たちもそれを狙っているんだよね」
「多分……
「その隠し扉の秘密を、おそらく万莉が知っているってことだ」
「うん、松本貴之はそう言ってた。でも、万莉ちゃんの状態はまだ………彼女がちゃんと話せるようにならないとね……」
かなり暗い顔をしていたのだろうか?アニは私の顔を見て、少しおどけたような表情を浮かべた。
「そうか。話は変わるけどさ、
私は先日のアニの話を思い出す。タイムリープが発生した場所には空間の歪みが起こり続けると言う話だ。
「アニはその後、知世さんの件は調べているの?万莉ちゃんの叔父の松本貴之と死因がもしかしたら同じって言ってたよね?」
「ああ、実はあの後もあの辺りの磁場異常、いや空間の歪みについて調査していたんだ」
テーブルに置いたパソコンの電源を入れると、彼のメガネがパソコンのモニターに反射して光り出す。彼の表情が嬉々として輝き始めた。
「でね、因果関係とはまだ言えないかもしれないけど、なかなか興味深いSNSの投稿を見つけたんだ。それをまとめてみたんだよ」
「興味深い投稿?」
「そう、谷中と
アニの言葉に、一瞬菊池の引きつった顔が思い浮かびアニと重なる。私は目をこすった後に思い切り首を横に振った。
「あれ?怖いものは苦手?ルミは探偵なのに怖がりだよな」
「いや、そうじゃなくて……まぁ、怖がりなのは確かだけど」
アニは頬杖をつきながら、パソコンを私に向けて見せた。
「ちょっと見てごらん。まずは谷中だけどさ、投稿のキーワードの上位が最近面白いんだよね。ルミわかるか?」
「ん……?どれ?」
「ここと、ここと、この辺。同じようなキーワードだろ?」
「本当だ……これって、ほぼ幽霊関係だね」
「だろ?幽霊を見たと報告された場所をまとめてみたけど、この場所に何か思い当たることは?」
私はパソコン画面に近づき食い入るように見つめる。
「──えっ?あ!ここって全部、私がタイムリープをした場所?」
「あはは、正解。じゃあ、この投稿は藤沢のとあるコミュニティーのものだけど、何か思い当たる?」
私はアニが指さしたSNSの投稿を読んでみる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
@FujisawaGhostHunter: 「昨夜、
@CathyNo1: 「石上公園のヨガクラス、最近参加者が増えてきて嬉しいんだけど、透明な人もいるのはどうかと思う…#石上公園幽霊 #ヨガクラス #新しい友達?」
@CreepyCoffeeLover: 「石上公園周辺で夜のジョギング。通りすがりの透明なランナーに追い越された。密かにリベンジを誓うも出てこない!逃げるな~#石上公園幽霊 #夜のジョギング
@SpookyNeko: 火事で焼け落ちたムーンキャットネットのビルでなんか白い影を見た気がする。それとも、ただの猫?でも、あそこに猫がいるはずないよな。 #ムーンカフェ #幽霊猫
@LateNightWanderer: 「焼け跡のムーンキャットネットで幽霊を見た…。でもそれ以上に驚いたのは、幽霊がAIに相談してた事だ…まさか霊界にもAIの波が?!#ムーンカフェ #幽霊 #Wi-Fi」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「──石上公園って、私がタイムリープした公園……そして、ムーンキャットネットって……」
アニはいつの間にか眼鏡を外し、メガネ拭きを取り出しながら、口を開いた。
「それにね。先日私も行った、江ノ島の裏でも同じような幽霊や妖怪に関する怪奇現象の投稿が最近あるんだ。面白くないか?」
「そう言えば、江ノ島の裏で変な視線を感じたけど……」
「そうか。あそこには、何かいるんだな」
楽しそうなアニの顔を見ていてハッとする。
「え?これって、江ノ島はともかく谷中と藤沢の幽霊騒ぎは私のタイムリープが原因ってこと?」
つと、冷たい汗が背中を伝う。アニは首を振って見せる。
「いや、私が言いたいのは、先日話した磁場の乱れ……いわゆる“空間の歪み”が残り続けている場所に怪奇現象が起こるってことが証明できたって話だよ。
「だから、それって私が原因で空間が歪んで幽霊を呼び寄せたんでしょ?」
「まぁ、そうかもしれないけどさ、俺が言いたいのはそこじゃなくてさ」
アニは再び丁寧にレンズを磨き始めた。うわぁ、この様子は2時間コースかもしれない。
「この少なくとも三つの歪みが発生している地点を地図で繋げて見て、そこから得られるトライアングル係数を独自のデータを組み合わせてだね。あ、この話はそうだね、2時間くらいかかるか……って──」
「ドーン!!」
「うわぁぁ!!」
ユッキーがお約束のようにアニを押しのけて、神々しいくらい華やかに登場した。
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