108話 第5幕 託された願いの重さ ③
6月24日 14時25分
アニは再び丁寧にレンズを磨き始めた。うわぁ、この様子は2時間コースかもしれない。
「この少なくとも三つの歪みが発生している地点を地図で繋げて見て、そこから得られるトライアングル係数を独自のデータを組み合わせてだね。あ、この話はそうだね、2時間くらいかかるか……って」
「ドーン!!」
「うわぁぁ!!」
ユッキーがお約束のようにアニを押しのけて、神々しいくらいのオーラを放ちつつ登場した。
「ルミちゃん♪ 少し早めのおやつだよ。先日の「トキノト」のプリンにインスパイアーされた、ニケ特製プリン第一号♩」
ユッキーが登場した瞬間店内の空気が変わった。それはもう、パッと花が咲き蝶が舞う錯覚を覚えるほどだ。
「ルミちゃんにはクリームとサクランボを乗せておいたからね♪ あ、アニさんのサクランボは在庫切れだから無いけどね」
この無慈悲な波状攻撃に、突き飛ばされたアニの心がポキンと折れた音が聞こえた。
──私はアニをなるべく見ないように、とりあえずサクランボから頬張る。
ユッキーはコーヒーを運んで来たアンティークなミラートレーを胸元に抱えながら、プリンを食べる私を笑顔で見つめる。
「ところでルミちゃん、今のアニさんの幽霊の話を聞いてたらね、私も思い出したことがあったよ」
「ん?ユッキーも怪談話?」
「違うよ、先日の江ノ島の伝承会で聞いた【
「 字津神のしもべ 円……」
「あの伝承の中でも、
背中がゾクッとし、私はプリンを口に運ぶ手を止める。え?伝承と谷中や藤沢の怪談の話が似ている? ユッキーは私の考えを読むように軽く頷いた。
「ルミちゃん、怪異ってそもそも何?幽霊とか妖怪みたいなものかな?」
「う、うん。よくわからないけど、妖怪っぽいよね?」
「それじゃ、あの伝承を訳すと、庄助がエゴに溺れて円のチカラを使い続けたら、その辺りの土地が呪われて妖怪みたいのが出たってことってなるよね」
「確かに、チカラを使い続けて、その土地に……超常現象?」
わぁ、確かに伝承と何か似ている……でも、私のチカラはタイムリープだし、エゴで使っていないと思うし……
「ルミちゃん。気になるのは……最後は宇津神の怒りを買って、その家来の円の制裁を受けて悲惨な最期を遂げるってとこだよ…」
「え、ちょっと怖いよ……ユッキー」
そう言えば、伝承会の神楽を鑑賞している時にも、ユッキーと同じような話をしたのを思い出す。谷中と江ノ島の御猫伝説は明らかに繋がっている。
「ユッキー……
「うん、そうそう」
「江ノ島の円も漆黒の白猫も、私利私欲のためにチカラを使う人間を呪い殺す──それと似ている? ユッキー、怖いよ怖い」
ここで彼女の顔が少しばかり曇る。
「──怖がらせちゃってごめんね。でも、何か感じない?「漆黒の白猫」かもしれないプルートを飼っていた谷中の知世さんも、その猫を探していた
確かにユッキーの言う通りだ。それを言うなら、2人と同じ満月の夜に死んだ万莉の叔父の松本貴之も、もしかしたらそうかもしれない。ユッキーはコーヒーのお代わりを注いでくれた後、再び私を見つめる。
「私が一番心配しているのは、この件に深く関わるルミちゃんに何か起こらないといいんだけど、ってこと……でも、お母さん探しの一番の近道なんだもんね」
円の伝承では、【円のチカラを使った庄助は暴走し、最後はこの世から消えた】と言っていた。
でも私は、エゴでチカラは使ってない……よね?うん、多分。
──あなたには忠告したわよね?──タイムリープを使いすぎるなと。この地域の空間の歪みが大きくなっている、危険な兆候が出始めているのよ──
「あ……!」
マユの警告を思い出し、私は鳥肌の立った腕をさする。
──マユは警告している。タイムリープの使い方次第では、私が時空の歪みに消えることもあると。事実、私は危うく一度消えそうになっている。
「ルミちゃん、ごめんね。変なこと言っちゃったかな?」
私は心配するユッキーに精一杯の笑顔を作って見せてから、ソファの横に置いた赤いリュックを見つめた。
「大丈夫だよ、ユッキー。『このチカラがある限り、私は誰かを助けたい』……お母さんの言葉だけど、タイムリープする時には、この言葉の意味を自分に問いかけているから。自分のためには使わない……」
ユッキーに言いながらも自分自身に言い聞かせている私がいた──
「うーん、面白い仮説だね。確かに面白い」
私とユッキーのやり取りを興味深げに見守っていたアニが口を開いた。どこから反射しているのか分からないが、菊池っぽくメガネが光っている。
「漆黒の白猫のチカラと円のチカラ、そしてもしかしたら全国規模でこの伝承の出所は一つかもしれない」
アニはサクランボなしの最後のプリンを口に入れると、グラスに溜まったシロップを名残惜しそうにスプーンでかき集めている。
「非常に興味深い。まぁ言っておくけど、伝承って言葉をそのまま伝えている訳じゃないと思うな……」
アニは自分が話した内容を整理するように、自身で頷き、話を続ける。
「怪異って言葉も幽霊や妖怪ではなく、どちらかと言うと良くない不幸なことが重なる事柄の
「比喩?メタファー?」
「そう。例えばさ、天災が続いて
「なるほど……」
「でさ、最近自分のことばかり考えている……そこに、たまたま不幸な事が立て続けに起こる。そうしたらこう考えないか?あ、これは天罰かもしれない……ありえる話だよな?」
「うん……ありえるね」
「そこから、自分のことばかり考えていたらダメだよって言う教訓が生まれる。昔話ってそういうのが多い。円の伝説も典型的な昔話の教訓だとも取れないか?」
そう言いながら、アニは優しい目で私に問いかけている。多分いつものように、私の不安な気持ちを思い遣ってくれているのだろう……
「まぁ、これに関してはもう少し調査が必要だけどね」
その時、お店のドアベルがカランコロンと涼しげな音を鳴らした。 すかさずユッキーが神々しい笑顔で対応する。
「いらっしゃいませ ──って、ミカさん♪」
ミカは店に一歩入るなり、目ざとく私を見つけて手を上げる。
「おや、姫もいるね。ちょうど良いタイミングだ」
彼女は空いている私の真正面の椅子にスタイリッシュに座ると、キレのある笑顔で一言。
「出番だよ、時をかけるお姫さま」
私は目をパチクリさせて聞き返す。
「え?出番?」
ミカはニヤリと笑い、私のスプーンを奪うと一口プリンを頬張って、こう告げた。
「神江島神社で事件だ──宮司の次女が今朝、遺体で発見された」
「神江島神社で──?火龍さんが?!」
私たちは一瞬、言葉を失う。ミカはスプーンを私に向けて、こう言い放った。
「姫──悪いけど
「えぇ??」
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