45話 第一幕 ~タイムリープ探偵、再び。~ ①


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5月12日 11時05分


「わぁぁ、のりこママがいっぱい」


 谷中やなかのスナック「薄幸」を再び訪れた私は、店内を見回してのけぞった。


 以前の黒猫プルートのポスターの代わりに、ニッコリ微笑んでポーズを決めたのりこママの大判ポスターが、壁一面ぎっしりと貼られている。


「どう?なかなかいいでしょ?常連さんにほしいほしいってねだられちゃって困るのよねぇ」


 のりこママは、艶のある大きな瞳で私に笑いかけ、我ながら綺麗だわぁ、惚れ惚れするわぁと独り言を言っている。


 ──江ノ島から帰って来て3週間ほど経った。亡くなった浜田知世はまだともよにお花を供えたあの日からも3週間。


 アニから言われた通り、私は探偵の仕事を休み、何も考えないように心がけていた。先日の事件でタイムリープのチカラを使い過ぎたのか身体が重い。


 お前は休む必要があるからゆっくり休めと身体が教えてくれている。ただ、そうは言っても家でずっと寝ている気分でもない。


 気晴らしに本を読もうと思っても、流行りの映画を観ようと思っても心ここにあらずという感じだ。

 

 近所の公園には薔薇が咲き乱れ、家族連れやカップルが美しい初夏の季節を楽しんでいる。


 「あー、モヤモヤする…こんな時は…そうだ、スナック薄幸ののりこママのサワー占い、またやってもらおう」


 思い立って、私はこうしてのりこママに会いにやってきたわけである。


「──さてルミちゃん、何飲む?【秘めた情熱の炎を刺激するクランベリーサワー】なんてどう?」


「え、うーん、はい、じゃあそれで」


「まだサービスタイム前だから、ご覧の通りいつもの常連さんしかいないしね、ゆっくりしていきなさい」


「サービスタイム……?」


 首を傾げながらも私はふぅっと息をついてカウンター席に座る。まだガラガラの店内を何気なく見回すと、奥のボックス席にいた常連客の一人と目が合ってしまった。


「あれ、新しいアルバイトさん?」


と彼は声をかけてくる。


「え、いや、私は…」


「やだアッキー、この子は違うからね、間違って手出さないでちょうだいよ」


とのりこママがカラカラ笑いながら援護してくれる。


「何だ違うのー、薄幸にもそろそろちょっとフレッシュな新人さんが入るかと期待しちゃったよ」


「ちょっとアッキー、フレッシュじゃないママで悪かったわね。それなら残念だけど今日のサービスタイムは遠慮しておこうかしらね」


「いや冗談ですよー、のりこママが何ていってもナンバーワン、薄幸タイムはもう最高!ねー、コンちゃんタケちゃん」


 話を振られた他の常連客2人が、力強くコクコクと頷く。そしてのりこママのポスターにチラッと目をやっては、ポッと赤面したりしている。


「薄幸タイム……」


 どんなサービスタイムなのだろう?私はちょっと興味をそそられるが、


「あ、ルミちゃんにはウチの薄幸タイムはちょっとまだ刺激が強すぎるかもね」


などとのりこママが艶っぽいウインクをしてくるので、ドキマギしてそれ以上聞けなくなってしまう。


 その時、


「ああ、このスナックの薄幸タイムはちょっとしたもんだよ…」


「ひゃっ」


 突然すぐ横から低い声がして振り向くと、いつの間にかカウンター席の一つ置いた隣に、バーボン片手に男が座っていた。


「俺はこの数ヶ月、コロンボ・パタヤ・美濃みの小樽おたる札幌さっぽろと旅してきたが、どの街のバーにもここ【薄幸】の名は知れ渡っていたな──のりこママは、言わばちょっとしたレジェンドだよ」


 やはり常連らしいその男の渋い決めゼリフに、奥のボックス席のシャイな常連2人がまた力強くコクコクと頷く。


 私が目を丸くしていると、


「はいルミちゃん、【秘めた情熱の炎を刺激するクランベリーサワー】、お待たせね。──ちょっとカトちゃん、旅してる間にずいぶん口がうまくなったんじゃないのー?」


 とのりこママが笑いながら、私の目の前に真紅の飲み物のグラスを置く。


 隣の男は片頬でニヒルに笑って見せ、一息にバーボンをあおると、再び自分一人の世界へと戻って行った。


 私はそれを見送ると気を取り直し、姿勢を正して飲み物に口をつける。なかなか美味しいことに安堵してほっと頬杖をつき、マドラーをくるくる回す。


「──さてルミちゃん、ちょっと元気ないわね。何かあったの?」


「まぁいろいろと……探偵の仕事を休んで一人でいろいろ考えてたらモヤモヤしちゃって」


「ああ、それで私の占いをしてもらいに来たのね、見かけによらず賢い子。ん?サワーの色、今日は変わらないわね…ちょっと待ってね……」


 のりこママは眉間に皺を寄せ、私のクランベリーサワー3センチの距離までグイッと顔を近付けて中を覗き込む。


「…何か見える?」


「ルミちゃん!赤い色が見えるわよ」


「…もともと赤いサワーだからじゃ?」 


「違うわよ!赤い…真っ赤な…これは火…燃え盛る炎だわ!」


「情熱の炎を刺激するクランベリーサワーだからじゃ?」


「違うったら!激しく燃える炎の中に…一人の男性と…ルミちゃんが寄り添ってるのが見えるわ!」


「え、男性?アニじゃなくて?」


「アニを知らないけどたぶん違うわ。…そうね、20代半ばくらいの…知性と勇気あふれる…ワイルドな男性…」


「えっ…」


「あら、ルミちゃんの顔も赤くなったわよ」


「やだ、そんなことないない!」


「照れちゃってもう。いいわねぇ燃える炎のような恋♪若いうちは、じゃんじゃん恋愛して、そしてじゃんじゃん失恋すればいいのよ」


 のりこママはカラカラ笑いながら思い切り私の肩をひっぱたく。


 その言葉に、奥のボックスシートのコンちゃんタケちゃんが、再びポッと顔を赤らめている。


 カウンターの一匹狼の旅男は、バーボンのグラスを揺らしながら渋く頷いて見せる。


 私は真っ赤なサワーを噴き出しそうになりながらひと息に飲み干して、そして収穫があったのかなかったのか謎のまま、スナック「薄幸」を逃げ出すように後にしたのだった。

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