129話 第10幕 謎めいた結末へ。②

6月25日 19時36分


 株式会社時の扉トキノトは、鵠沼海岸くげぬまかいがんの隅の閑静な住宅街に溶け込むようにひっそりと建っていた。


 その建物は周囲の家々とは一線を画す高級感があり、かつてここが裕福な階層の別荘地だった頃の栄光を物語っていた。


 普段、この辺りに明かりが灯ることはほとんどなく、人通りもまばららしいが、今日は異なる光景が広がっていた。


 松林の中には多数の警察車両が停まり、捜査員たちが慌ただしく動き回っている。


「おやおや、祭りの会場のようだね」


 車からスタイリッシュに降り立ったミカに、早速筋骨隆々の捜査員たちが駆け寄り、何やらやり取りをしている。


 私たちは車の中で待機していたが、洋介ようすけはミカの様子を憂いた瞳で眺めている。


 私にはもう一つ、洋介に聞きたいことがあった。


「洋介さん、もう一つ聞いても良い?」


「え?何?」


 洋介が振り向き私の目を見つめる。


火龍かりゅうさんが、青い曼荼羅まんだらを売却しようとあなたに持ち掛けたって聞いたのだけど……」


「あぁ、それも知っているんだね。──あれは断ったよ。あの話は、ちょっとついていけないと言うか……」


「ついていけない?」


「火龍は頭が切れ過ぎるからね、彼女の意図が最後はわからなかった。最初はこの家のために良いのかと思ったのだけど……」


「それって、どんなことなの?良ければ……」


 洋介は暫く何かを考えるように車窓から外を眺める。そして口を開いた。


「あのお手洗いの天井にダイアリーがあったよね?見つけた?」


 私は黙って頷く。


「あれは多分、火龍のダイアリーだと思う。例の手紙を天井に入れようとした時には置いてあった」


「えぇ?あれは火龍さんのものなの?」


 今度は洋介が黙って頷く。


「前にも言ったけど、僕以外には火龍しかあの場所は知らないからね、鍵も掛かっていたし見られなかったけど」


 私はそのダイアリーを赤いリュックから取り出し洋介に渡す。彼はそのダイアリーを受け取り、驚いて私を見る。


「ごめんなさい、持って来てしまったの」


「──さすが名探偵だね、参った」


「まだ開けて読めていないけど、火龍さんのだったなんて……」


「火龍に日記をつける習慣があったのは知ってる。ただ、わざわざあの天井裏に隠すとか、何か変だろ?何か──読んで欲しいことがあるんだと思うんだ」


「確かにそうだよね……」


 洋介は改めて、ダイアリーを私に手渡した。


「多分、曼荼羅の売却の件も書いてあると思う。もしその売却の真相をどうしても知りたいと思うのであれば、それを読んで判断して欲しい」


「……」


 どうしよう?洋介の話はわかる。しかし、故人のダイアリーを見ることには少し抵抗を感じる。


 あの場所に置いてあったということは、まずは洋介が読むべきなのではないか?


──その時。


 車の窓をコンコンと叩く音が聞こえた。見ると、ミカがニヤリと笑って立っている。


 私は曖昧に頷き、とりあえず赤いリュックに再びダイアリーを大切にしまった。


 ミカが車のドアを開けて大仰なジェスチャーをして見せる。


「王子様、お姫様、馬車から降りる時間だよ。大捜査祭りの最中だが、特別にどうぞとのことだ」


 見ると、先ほどやり取りをしていた捜査員は汗をかきながら小さくなっている様子だった。毎回ミカは、一体どういうやり取りをしているのだろう?


 車を降りると、トキノトの建物が間近にそびえ立っていた。周囲の松林に映える白い壁の洗練されたデザインは、どこか重大な秘密を秘めているようにも感じられた。


 「立派な建物だね…もし散歩中に見かけたらきっと、どんな人が住んでるんだろうって想像しちゃうな」


 私が思わず心の声を漏らすと、ミカは片眉を上げて建物を見上げる。


「見た目は確かに素晴らしいけどね、内情は大変だったようだよ。隣の芝はいつも青いのさ」


 そしてスタイリッシュに片手を腰にあて、もう一方の親指でトキノトを指差した。


「とにかく今は宝探しが先さ。中に入ろうじゃないか、王子様。その発光器がある場所はわかるね?」


「俺が出入りしていた時と変わってなければ……」


「上出来だよ、それを祈ろうじゃないか」


 建物のドアを開け中に入ると、洋介は玄関からまっすぐ伸びる廊下を先に立って歩いていく。


 捜査員があちこちの部屋で何やら作業をしているが、ミカは構わず、洋介について建物の奥のある部屋へと入っていく。


 ざっと室内を見回して、ミカは片眉を上げる。


「──さすがは優秀な我が仲間たちだね、事業内容の資料や商品は皆、手際よく押収されている」


 本棚やキャビネットはほぼ空になっており、部屋の隅には骨スプーンやフォーク、ナイフの入った段ボールが山積みになって残されている。


 私たちは洋介の後に続いて、突き当たりの奥にある小部屋に入る。


「──さすがにここは捜査員達もまだ調べてないようだ」


「ここに何があるの?」


 洋介は黙って床を指差し、敷いてあったラグを一気に引き剥がす。


「あっ……!!」


 ラグの下から、床にぴったりと取り付けられた重厚な鉄扉が現れた。無骨な鉄の質感が、まるで長年ここに宝を隠していた秘密の隠し扉のようだ。



 私たちが見つめる中、ミカが不敵な笑みを浮かべ、静かに呟く。



「フフン。面白いじゃないか。さて、問題の宝箱を確認しに行こうか」



 ミカがゆっくりと鉄扉に手をかけた瞬間、微かな金属音が部屋に響き渡り、私の胸には期待と不安が入り混じる。


 果たして、あの発光器が本当にここにあるのだろうか——。

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