6話 第二幕 ~月明かりの公園で~ ②
3月18日 22時41分
私が公園で見たモノはやはり人の遺体であった。衣服にあった財布から身元はすぐに判明し、谷中の地主の
私は偶然現場に居合わせ、一目散に逃げようとしたことから、ただ単に怪しい人として谷中警察に連れて行かれ、ミカという女性の刑事によって厳しく尋問された。
「さて、ルミさんと言ったねぇ、あそこで何をしていたんだい?」
ミカは内ポケットからボールペンを取り出すと、キレのある笑顔で私に問いかける。
「だから迷子になった黒猫を探していたの、そうしたら偶然あの……遺体を見つけて」
「ふふん、ルミさんは探偵って聞いているけど遺体は初めてなのかい?あの逃げっぷりにはさすがの私も驚いたよ」
彼女はボールペンを使い私を指差しながら、嫌味タップリに顔を近づけてくる。何この人、ちょっと怖いよ。
「わ、私は迷子の犬猫探偵だから、人の遺体なんか初めてだよ、怖そうな人が追いかけて来たら普通に逃げるよね?」
「犬猫でも仮にもプロの探偵なんだろう?逃げたら自分の立場が悪くなるって思わなかったのかい?」
「うっ……思わなかったら悪い?」
こんなやり取りが取り調べ室で延々と続いた。
今までの経緯をミカに話したのだが、死体のそばにいて警察を見るやいなや逃げ出した私はどう見ても怪しい人物だ。私が警察でもそう思うだろう。
───ましてや都市伝説とか一生懸命話しているのだから危ない人に見られたかもしれない。
幸い、アニが
ミカはまだ私を何か疑っているようであった。谷中警察の玄関の端に寄りかかった彼女はスタイリッシュに腕を組み、別れ際に私にニヤリと笑う。
「さすがに他の同僚も私も、仏になったこの街の地主の中山浩司をあなたが殺したとは思ってはないさ──ただ、あなたは何かこの事件と関係があると思うのさ。刑事の勘というヤツだけどねぇ。私はあなたを諦めてはいないからね、まぁ覚悟はしておいて」
ミカはその独特な言い回しで私に向かって意味ありげにニヤリと笑いかけた。
一見ヤクザのような───いや、下手したらヤクザ以上に怖そうな刑事の中で、堂々振る舞う紅一点。
黒スーツの似合う長身でスタイルも良くキレのある美人顔だ。ただ何だろう?年齢の割に、この道で数々の
私は事件の関係者として今後も疑われる可能性があることを考えると、心が重く憂鬱になった。
「何だあの刑事は?本当に警察の人間なのか?あの喋り方とか田舎はどこなんだよ……」
アニは警察署を出ると大きく息を吐いて歩き出す。
「ごめんアニ、ダメだと思ったけど気がついたら逃げてた……本当に助かったよ」
「ルミが謝ることないさ、何か探していたら犬猫探偵でも死体を発見することはあるさ。
問題は、あの刑事だよ。ああ言う顔は大体が蛇のようにネチネチしてる。厄介だ」
「あのニヤリ顔が怖いよね」
私は先ほどの刑事ミカのキレのある笑みを思い出す。
「うーん、なるべく警察には目を付けられたくはないんだよね。解放されたとはいえ、少なくともあの刑事は色々調べて来ると思うよ。──ちなみに名前は何だっけ?」
「ミカ」
「フルネームは?」
「知らない。アンタはそんなこと知る必要ないさ、私はミカ、それで充分だろ、ってそれでおしまい」
「何だそれ…?公務員の自覚あるのか?」
「──それよりアニ……色々調べられてさ、私のチカラ……タイムリープのことが公に知られたら……?」
「うーん……あまり考えたくないね。以前のような面倒なことはもう御免だしな──ルミ、覚えてるよな?あの時のこと」
「あ──」
私たちの日常がすんでのところで奪われそうになった「あの時」の記憶が一気に押し寄せ、私はその場に立ちすくんでしまった。
アニはそんな私を安心させるように肩をポンと叩くと、どこから反射しているかわからないが眼鏡をキラリと光らせる。
「今度、警察にルミの例のチカラを調べられるようなことがあれば……ちょっとな」
「うん、そうだね。それは避けないと……」
「こうなったらさ、私たちも警察とは別に真犯人を探すしかないな」
「──あ、うん。そうだ。確かに、そうだよね」
私は両手を握りしめ、アニの言葉に深く頷いた。最近よく見る夢を思い出す。行方不明になったお母さんを探していきたいのだけど、この不思議なチカラは公には出来ない。
何よりこれが原因になって、昔から私を助けてくれる大切な人たちに迷惑をかけたくない。
無実を証明するため、そして自分たちを守るため、私たちは自らこの事件の真相を探ることに決めた。
「──ところでルミ」
「ん?なに?」
「今日の貸しはプリンで手を打とう」
「プリンって……やっぱり、ホイップにサクランボ付き?」
甘党のアニは鼻の穴を広げ上気した顔で私を見ると、元気よく頷く。一気に力の抜けた私は、夜空に輝く満月を眺めて口元が緩んだ。
「うん、しょうがないな……」
この満月の夜に起こった出来事が、この細やかな日常を守りたいだけの私の人生を大きく変えるほどの事態を引き起こすきっかけになった事を、まだ私は知る由もなかった。
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