7話 第二幕 ~月明かりの公園で~ ③
3月19日 10時04分
翌日から私は黒猫のプルート探しだけではなく、殺人事件の真犯人を探し出す探偵として、被害者中山浩司についての聞き込みを始めた。
警察からの疑いを晴らして、私たちの日常を守るため自らこの事件の真相を探ることに決めたのだ。
アニも神楽坂の「ニケ」から必要な情報を調べて随時報告をしてくれる。
「中山浩司は谷中の地主で、不動産取引を中心に事業をしていたようだ。まずはどんな人物だったか、徹底的に聞いてみて欲しい」
「うん、わかった。もちろんやってみるよ、地主なら知名度も高いと思うし色々聞けるかも」
「よろしく頼むよ。こちらもユッキーと一緒に、被害者の中山の背後を色々探ってみる」
私は暫く考えた後に、アニに迷子の黒猫のプルートについて聞いてみる。
「浜田夫婦のプルート探しは、同時に進めた方が良いよね」
「そうだな、ルミはどうやらあの夫婦から信頼されているようだしね、ちゃんと定期的に報告はしていくと良いよ」
「わかった。ありがとうアニ」
私はスマホを切ると、さっそく谷中銀座の商店街で聞き込みを開始した。
ここはノスタルジックな商店街として映えスポットになっており、今日も店のあちこちでスマホで写真を撮っている。最近はSNSの情報で来ているのか様々な国の人も歩いている。
私は、アニが何処かから手に入れた中山浩司の写真をスマホ上でまじまじと眺めた。
年齢は40代後半くらいであろうか?浅黒く日に焼け、ボタンを全開にした白いポロシャツと金色のアクセサリーがいかにもと言う感じで、私には縁がなさそうなタイプの男性だった。
「うわぁ、見た目で判断しちゃいけないけど……この人って、恨みを沢山買ってそうだなぁ」
そう独り言を言いながら商店街を歩いていると、良い匂いが私の鼻を刺激した。辺りを見回すと赤いノボリに「揚げたてメンチカツ」の文字が見えた。
どうやらパンに挟んで提供しているようで、朝ごはんを抜いて来た私の胃袋は、その揚げたてメンチカツパンを欲しがってグゥーッと鳴った。
「はい、可愛らしいお嬢ちゃんいらっしゃい!」
私の胃袋の悲鳴が聞こえたのか、このお店のメンチカツパンのようなテカリ具合のお兄さんが、商品の入ったショーケースに肘を掛けて威勢のいい笑顔を見せる。これは素通りするわけにはいかない。
「えっと、この揚げたてメンチカツパンを一つください」
「はいよ。今、揚げているからね、少し待って貰っても良いかい?」
私が頷くと店員は店内でコロッケを揚げている女性に注文を伝える。私はそのお兄さんに中山の写真を店員に見せ、それとなく彼の事を聞いてみる。
「お兄さん、この人ってこの辺りの人かな?」
店員は突然のことに驚いたようだが、スマホの写真を見ると露骨に嫌な顔になった。
「——お嬢ちゃん、コイツの知り合いか何か?よく知らないようなら関わるのはやめておいた方が良いよ」
「そうなんですか?私、この辺り何も知らなくて……」
そう言うと、店員は左右を注意深く見た後で、私に顔を寄せ小声で話す。
「コイツはさ、この辺りの地主だけどね……まぁ先代は立派だったよ。でもコイツは詐欺師だよ。お金を預けろとか言われても絶対渡しちゃダメだからね」
「──詐欺?」
「そう、大きな声では言えないけど、土地の所有権問題で色々な人とトラブルをね……それにさ、お嬢ちゃん可愛いから、それ以外も気付けた方が良いよ」
店員はそう言いながらウインクをすると、私にメンチカツパンを渡して代金を受け取り、他のお客さんの相手を始める。
私はアツアツのメンチカツパンを頬張る。サクサクな衣の中のジュージーな肉汁がなんとも言えない。ハフハフとメンチを口の中に頬張りながら、もう一度スマホの中山の厳つい顔を見る。
「それ以外も気付けた方が良い?うーん、やっぱり雰囲気そのままの人ってことなのかな?」
そう考えながら商店街を歩き出す。すると今度は私の前に、猫の肉球ドーナツと猫のゴロゴロ焼きと三毛猫クッキーの魅惑的な匂いが立ちはだかった。
私の胃袋がメンチカツの事は忘れたと言わんばかりに再びグゥーッと鳴った。
──おかげで沢山の人達から話を聞く事ができた。
商店街の人々の証言によれば、中山浩司は信じられない事に、あの
「漆黒の白猫」を見つけた者は巨万の富を手にできると言われており、かなり昔から中山も猫探しに熱心だったようだ。
あと、谷中の住民たちの中山に対する感情は決して良いものではないことも分かった。中山は、土地所有権を巡って谷中の住民たちと対立していたのだ。
ふと、視線を感じたので目の前のお店の屋根を見た。そこには愛嬌のある猫の人形が飾ってあった。
私は猫のゴロゴロ焼きをソースをかけて頬張りながら、その人形を見つめる。
そうだ……浜田夫婦の黒猫プルートはどこにいったのかな? 中山の遺体を発見してしまったおかげで事件は別の方向に進んでしまったような。
──私の中にぼんやりとだがある予感があった。
「近いうちにあのチカラを使うことになるかも──」
—— 第三幕「タイムリープ」へ続く。
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