114話 第6幕 置き去りの絆 ④
6月24日 18時53分
「──それは、家族全員の利害の不一致ってやつかなぁ。悲しいことです」
突然、背後のドアが開くとともにこの場にそぐわない声が上がり、皆がそちらを振り返った。
そこには
「いやいや、遅れてすみませんね。大事な大口の商談があったもので」
雅治はそう言いながら部屋に入ってくると、ミカに向かって片目を瞑って見せた。
端正な顔立ちをしてはいるが、長男の
「しかし刑事さん、この家族は皆、それぞれ自分の利益ばかりを考えています。それが母の想いとは全く逆で……悲しいことですよ……」
雅治は悲痛な顔を作ってうつむいて見せる。が、口元には先ほどの薄笑いが残っている。
その態度に、
「雅治、お黙りなさい!遅れてきて何を言っているの?この神社をお金のためにテーマパークにするだなんてバカなことを言っているのはあなたでしょ!あなたが他の家族を利益云々批判するなんて、本当に笑わせるわ!」
雅治は大袈裟に目を丸くし、私とミカの方を見るとわざとらしく両腕をさすって見せる。
「おぉ怖い怖い。刑事さん、この夫婦は
頭に血が上ったらしい乙龍が身体を震わせて言い返そうとするのを制し、
虎之助は、その岩のような身体つきゆえに、腕を組むだけで威圧感十分だ。
「雅治くん、私たちが金儲けを企んでいると言うが、その話は具体的に何を指しているのかな?事業家として、その言葉遣いは少々品がないのでは?」
雅治はその話を聞くと、目を細め首を横に振りながら、ふんと鼻で笑う。
「品がない?私が?由緒ある神社の
冷静だった虎之助の顔がわずかに歪む。彼は軽く咳払いをした後、ことさらゆったりとした口調で反論する。
「売り払うとは何のことだ。何を根拠にそんなことを言っているんだ?私の事業は崇高な目的を持っている。反対に、キミこそ何か裏で企んでいるのは知っているぞ」
雅治は再びふんと鼻で笑い、虎之助に向かって挑戦的に指を突き付ける。明らかに
「あれが崇高な事業?何人も病院送りにしておいて崇高とは、とんだお笑い草だ。洋介兄さんも巻き込まれていたみたいだけど、私に愚痴っていましたよ」
「あ、あれは……!外部の人の前で昔のことを持ち出すな!予期せぬ事故で済んだことだろう」
その瞬間…気のせいだろうか、雅治の目の色が変わった気がした。
「この地味な神社を全国区の映えスポットにできれば、どれだけ多くの人に還元できることか!それこそが崇高ということです。この家の次期当主は私が相応しい!!」
雅治はヒステリックに大声で
虎之助は冷静さを保とうと努めているが、手が微かに震えている。私は二人の会話を唖然として聞くしかなかった。
──その時、ふと私は鼻を
なんだろう……?
また、この香りだ……!部屋に漂うお香のような何かの香り。
今度ははっきりと香りが充満しているのを感じる。
これは……なんといったっけ……ええと……
「
いつしか部屋は甘く妖しいその香りに呑み込まれ、ふっと頭の中にピンクの
──え?何なになに?
頭を振って
壁に飾られた異形の人形たちが、目を見開いて彼らのやり取りを覗き込んでいるかのようだ。
「乙龍と私はこの神社の伝統に誇りを持っている。キミのことも乙龍の弟と思えばこそ、礼節を持って接してきたつもりだ……だが、よりによってテーマパークとはな!ハン!!」
虎之助もまた雅治に人差し指を突き付け、挑発的な声を上げる。心なしか彼の目の色も変わったようだ。
「雅治クン、キミにはどうやらセンスのカケラもないようだね、ガッカリだよ!今のキミには次期当主の資格はない!!」
私はまとわりついてくる麝香のような香りに、拡散しそうになる思考力を必死にかき集めながら、彼らの応酬を見守った。おそらく昨夜の話し合いでも、このような聞くに堪えないやり取りがあったのだろう。
思わず身震いして心の中で呟く。
「…洋介さん……これは吐き気がするのも無理ないね…」
大切な家族が亡くなった同じ日に、まさにその部屋で、どうしてこんないがみ合いができるのだろう……?
それにしても──私は視界にかかる靄を散らそうと何度も瞬きし、不穏な気から身を守るように片腕をさする。なにか……この部屋の気は──異様だ。
さらに、さっきから充満する濃厚で魅惑的な香りに意識はふわふわと漂い、気を抜けば、フッとどこかへ持っていかれそうになる。
これは、ちょっと……マズくないだろうか? 皆、何も感じないの?
「!!……それとももしかして……?」
乙龍、虎之助、そして雅治。そっと3人の様子を伺う。それぞれ瞳を異様に
『……ミカさん…!!』
私はたまらず、ミカを見上げて悲鳴を上げようとした。
その時。
長いこと腕組みして黙ったまま様子を見ていたミカが、一瞬私にニヤリと笑いかけ、3人の間に割って入った。
そして、深く息を吸った後、両の手を勢いよく叩きつけた。ちょうど一本締めのように。
──パン!!
銃砲のような乾いた破裂音が部屋全体に鳴り響いた。外で待機していた捜査員たちが、何事かとドアを開け飛び込んでくる。彼らは拳銃のホルダーに手をかけていた。
「わぁ!」
私たちは驚いて手を上げる。
ミカが私たち全員を見回した後、一度咳払いをする。そしてキレのある笑みを浮かべ、スタイリッシュにお辞儀をする。
「──皆さんの貴重な証言、とても参考になりました。この
今までの、妖しげな何かに取り憑かれていたような部屋の気が一変し、冷たい風が火龍の部屋を吹き抜ける。
──そして静寂が訪れた。
私は再び鼻をひくつかせる。さっきまで部屋に充満していた麝香のようなあの香りは、跡形もなく消えていた。
気のせい?幻覚、いや幻香……?今日この部屋で火龍が亡くなった、そう考えるからなのか……?
──いや、違う。私ははっきりと確信していた。
確かに今し方、ここに得体の知れない何かがいたことを……
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