29話 第八幕 ~チカラの価値~ ②

4月09日 13時26分


「これもタネはどうなっているんだい?素晴らしいイリュージョンじゃないか」


 ミカは写真を見せながら、鋭い目で私の様子を観察している。マジックのように写真を目の前で見せ、カードを配るようにテーブルに並べると、彼女はソファに深く座り長い脚を組む。


 彼女はどんな身のこなしも都会的でスタイリッシュなのだ。それがまた独特の威圧感を感じさせる。


 耐えきれなくなった私が思わずアニの方を振り向くと、彼は私に頷きミカに問いかける。


「──刑事さんは、これを見せてどうしたいのかな?」


 ミカは手元にあるコーヒーカップを口に運び、一拍置く。彼女の目に得体の知れない光が宿る。


「私は善良な都民を守る刑事だよ、こう見えてもね。これをウチの上層部に提出すれば……ルミさん、アンタはまずは不法侵入した件で逮捕されるだろうね……そして次は……」


 ミカの話を聞き私は胸を押さえる。息が苦しい……アニがすかさず、ミカの話に割って入る。


「だが刑事さん、あなたはそれをしていない。何故なのかな?店の外にもあなたの仲間の気配は無かった」


「フフン。よく見てるねぇ、アンタたちも良いチームワークだよ」


 ミカはソファに深く腰かけながら目だけで辺りを伺う。いつの間にか客はいなくなり、BGMも消えている。


 ユッキーが誘導したのだろう。店の外の扉には多分クローズの看板が出ていて、万が一警察の応援が来たら直ちに対応できるようにしている。


 アニが私の後ろに立っているのもそのためだろう。


 ミカは構わずアニに目を向け、テーブルに置いてあるスマホを片手で摘み上げてヒラヒラと振って見せる。


「もちろん、さっきの話は私がこれから職務を全うすればの話さ」


 いつでも仲間は呼べる、言外にそれを含ませている。アニはその姿を見て苦笑すると、組んでいた腕を解き呆れたポーズをする。


「ったく、とんでもない不良刑事だな。全うするかしないかは、私たちの態度次第……ってことか?」


「私は善良な都民を守る刑事だと言っただろう?──谷中の被害者が殺される数日前に、彼の事務所に不法侵入があった──不思議なチカラを使った世にも不可解な、ね」


 ミカは再び私を見つめる。真っ直ぐに。


「私の正義において、真実を見極めたいのさ──あのチカラは何なんだい?」


「!!」


 少しうつむいて聞いていた私は顔を上げる。真実を見極める……その言葉に私は目を見開く。そうだ……そうだよ。


 アニはミカの話に吹き出して見せる。


「何が真実を見極めるだ、その話は信じられない。自分の手柄にしたいだけじゃないか?」


「失礼なヤツだねぇ、侮辱ぶじょくした罪でしょっ引くよ」


「先ほども言ったはずだ、品よく話してくれないか?その不思議な喋り方もどこの田舎なんだよ?」


 私はその2人のやり取りを聞きながら大きく深呼吸した後、アニとミカに聞こえるように声を張り上げる。


「一つ!約束してくれますか?」


 2人の会話が止む。私は再び息を吸い込んだ。


「約束をして欲しいのです、刑事さん。私のチカラを教えます。この写真の事務所に入った経緯をちゃんと話します……だから」


 アニが微かに震える私の肩に優しく手を乗せる。ミカは身を乗り出し首を傾げる。


「ほう、どんな約束だい?」


 私は勇気を振り絞る。アニの言う通り、これは取引であり私たちにとって大きな賭けなのだ。今、私がしっかりしなくては!


「私の……私たちの日常を壊さないで。きっと私のチカラを公に出すと壊れてしまう……私は母が行方不明になってから、アニやユッキーやこの街の人たちに支えられて生きて来たの!」


 顔を上げ、ミカの目を真っ直ぐに見て告げる。


「この日常を壊されることは、私にとって……今は母が行方不明になったことよりもツラい!このチカラのことは刑事さんには話します。ただ警察の他の人たちには言わないで!約束して欲しい!」


 ミカは一瞬目を閉じる。そしていつも通りのキレのある笑みを見せると、ゆっくり拍手をする。


「気丈によく言ったね、お嬢ちゃん。いや姫か?」


 私は震える体でミカの話を息を整えながら聞く。ユッキーからアニに、そしてアニから私にスペシャルコーヒーと冷たいお水が渡される。


「アンタたちの願いを聞く代わりに、次は私の方からも良いかい?双方納得したらそれを守る。これは平等な取引だ」


 アニが、よくやったと私の頭に手を乗せ、隣に座る。私は冷たいお水を一気に半分飲むと少しだけ落ち着いた気持ちになる。


「──不良刑事の要求は何かな?品よくお願いしたいね」


 その言葉にミカはアニを軽く睨む。


「フフン。それなら今度こそ品よく単刀直入たんとうちょくにゅうに言わせて貰うよ」


「──出来ないことを出来ないと言えない立場だ。そこは考えて欲しい」


 アニの言葉を軽く流し、ミカは自身の要求を伝える。


「そこの姫のチカラを試させて貰った後、使えるチカラなら私の依頼を常に受けて欲しい」


「……」


 アニは疑わしい目でじっとミカを見ながら何か考えている。


「試用テストがあるのか……チカラが気に入らない場合は?」


「私の勘では姫のチカラは使えるさ、私の要求を受けるか受けないか?」


「平等な取引も怪しいものだな!引き受けるしか道はないってヤツだろ……」


 どちらも有利な条件で取引しようと駆け引きがされている中、ふと呼ばれたような気がして私は横を見る。


 そこには母が写っている写真が飾ってあった。カメラに向かい何か語っているようだが、何を言っているのかはわからない。


 ユッキーの入れてくれたスペシャルコーヒーを一口飲みながらその母の笑顔を見つめ、言おうと思いながら言えなかったことを思い出す。


──そうだ、これも言わないと……


 言い合っている2人に聞こえるように、もう一度声を張る。


「約束を守ってくれるならそのテストも引き受けます……但し」


 突然言い放ったその言葉に、ミカが私の内心を読もうとするかのように目を細める。


「但し?何かあるのかい?」


「もう一つ、約束と言うか要求があります。私のチカラにはそれだけの価値があるはず」


 私の言葉にミカの眉が微かに動き、目の光が鋭さを増す。


「ほう……姫が言うね。それは何だい?」


「行方不明になった私の母探しに協力して欲しい。そうしたら、今、刑事さんが言った要求は呑む」


 日常を保証してくれること、そして行方不明の母を警察が本気になって探してくれること。この2つを約束してもらえたなら、何も言う事はない。


 アニは私の言葉を聞き、すかさずミカに畳み掛けた。


「あと、警察からの必要な情報提供。その代わり、この店のメニューとスペシャルスイーツは無料で提供するよ。職務を全うしたい刑事さんがここまで折れてくれたら感謝しかない」


──暫くの沈黙。


 心なしかカップに触れるミカの口元が微かに震え笑っている。彼女はゆっくりとカップをソーサーに戻すと一言。


「──この取引、乗ったよ……ただしまずは姫のチカラを見せてもらう」

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