112話 第6幕 置き去りの絆 ②
6月24日 18時34分
警備のために立っている捜査員に挨拶をすると、ミカが話を通しているらしく、何処にも触らないようにと念を押されたあと中に入ることができた。
外は雨模様のため部屋の中は薄暗い。捜査員が察して灯りをつけてくれた。
私は部屋へ一歩足を踏み入れ、そっと辺りを見回す。先ほどの応接間と同じような間接照明の淡い灯りに、部屋の中がぼんやりと照らし出されていた。
広さは十畳あまりか、一人用の個室としては十分過ぎる広さだ。
古美術商だったという部屋の主の趣味なのか、異彩を放つアジア風のテーブルや椅子が配置され、壁にも曼荼羅や数々の人形や骨董品が飾られている。
本棚には古美術系の本とは別に自己啓発系の書籍が並び、彼女の人生に対する積極性や向上心がうかがえた。
──ここで昨夜、火龍さんが亡くなっていた……密室状態で。
この部屋が彼女の最期の舞台だと考えると、今さらながら背筋を冷たいものが這い上ってくる。淡い灯りの下で、部屋の隅々へ目を配る。
窓ガラスに雨が次々に当たるパラパラという音が聞こえてくる。
「火龍さんの人生で最後に見た光景……どんな想いだったのかな」
と私が火龍の胸中へ思いを馳せた、その瞬間。
突然、窓から稲妻の光が部屋を満たし、大音量の雷鳴が轟く。
「ひゃっ!!!」
その眩しさにたまらず目を瞑り、自由になる片手を耳にあててしゃがみ込んだ。
心臓が激しく打ち目の奥で星が踊っているようだった。
「近くに……落ちた?」
ようやく目を開けると、全てが闇に飲まれていた。今の落雷で停電してしまったようだ。キーンと耳鳴りがする。
私は立ち上がって大きく深呼吸をし、辺りを見回す。すると、どこかでカタリという微かな音がした。
「え?!」
私の背後に何かの気配がある。肌が粟立ち背筋が凍る。恐る恐る振り向くと、再び稲妻が走り雷鳴が轟く。
「ひゃぁ!!」
稲妻の光が人形の影を大きく壁に投影させ、その怪しく不気味な姿が一瞬浮かび上がる。
「!!」
微かな光りに照らされた異形の人形が窓際に立ち、私を見てニヤニヤと笑っているようだった。
「に、人形……だよね??……やだ……ちょっともう、怖いよぉ」
再び鋭い稲光、そして
それは、あきらかに人の形をしていた。窓の側の椅子に、腰かけている??
「──やだよぉ、だ、誰?……」
震える声を絞り出し、一歩後退る。心臓が叫び声をあげている。
人の形をしたシルエットは立ち上がり、ゆっくりと首を傾げる。
「え、え?」
大きく息を吐く音が聞こえ、私に問いかける声がした。
「──あなた……」
「!!!」
「──数々の警告を無視して、大きく事実を改変させておいて……」
私は息を飲む。その声は間違いなく……
「──マ、マユ?」
マユのシルエットが静かにゆっくりと近づいて来る。
「よく生きていたわね……」
その異様な雰囲気に私は口をパクパクさせながら、また一歩後退りをする。マユはなおも私に近づいて来る。
「──そして、あなたはよりによって神江島にいる」
マユが歩くたびに床の木が擦れてギシッ、ギシッと音を立てる。
「──なぜ、いつも……リスクの高い選択をするのかしらね?」
私はマユの言葉の意味がわからず、聞き返そうとするが、喉が締め付けられたように、まともな言葉にならない。
「リ……リスク??」
さらに後退るが背中に部屋の柱が当たる。もう後がない。
ギシッ、ギシッと床が擦れる音が大きくなるのと
共に、マユの黒いシルエットが近づいてくる。恐怖で固まった私の目を覗き込むように、ひたりと焦点が当てられている。
不思議な事に、闇の中で彼女の瞳だけが猫のように
「あなたは……私の警告をろくに聞いた事はないけど……言っておくわ……」
その息遣いが聞こえるほどの距離で、マユは静かに囁く。
「神江島の人たちに心を許さないことね……あなたの青臭さが全てを台無しにするのよ」
再び辺りを眩い光が包み、雷鳴が轟く。マユの澄んだ目だけが私の脳裏に焼きつく。
「もう一度、はっきり言うわよ。心を許さないこと……そしてくれぐれも判断を誤らないことね」
「……?!」
私は恐怖のあまり目を瞑り、柱を背にしてへたり込んでしまった。
マユが尚も近づく気配、そして私の右肩に手が触れる感触……恐怖で硬直した身体がビクッと反応する。
──そして触れられた肩にゆっくりとゆっくりと力が入ってくるのがわかる。鋭い爪を立てられている──恐怖で意識が飛びそうになる。
どれくらい経ったのであろうか。もしかしたら一瞬なのかもしれない。
何故だろう?恐怖で硬直していたはずの身体が解れているのがわかる。身体が隅々までリラックスしているようにあたたかく心地よい。
目は閉じているはずなのに
「……」
遠くから人が話す声が聞こえる。徐々に何を言っているのかわかるようになる。
「……あなた──」
「マ、マユ?」
私は思い切って目を開いてみた。ぼんやりと辺りを照らす灯りが目に眩しい。
──目の前に人影が見える。これは……?
「──姫、そんなところで何をしているんだい?化け猫でも出たのかい?」
刑事ミカが、キレのある笑みを見せて私の右肩に手を乗せていた。
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