76話 第十一幕 事実改変 ①

5月16日 20時46分


「わぁ、降ります!!降ります!!」


 電車のドアが閉まる瞬間、私はギリギリで車内から飛び出した。吊り革につかまりながらウトウトしていたが、なんとか降りられてよかった。


 大勢が驚いて見ている中で私は大きく深呼吸をする。


「はぁ、危うく今月も寝過ごし記録を更新するトコだった……」


 菊池のことを考えていたのだけど、少し頭に血が上り過ぎてしまって疲れたようだ……もっとクールダウンしなければ……


 気を取り直し、私は帰宅ラッシュが一段落したJR藤沢ふじさわ駅へ降り立ち、辺りを見回す。ここは駅ビルがあり改札は2階みたいだ。


 ホームからエスカレーターで改札階に上がる。そこには、【ようこそ!湘南エリアの玄関口、藤沢へ♩】と派手な垂れ幕が下がっている。


 先日、赤いベランダの家探しで、初めて稲村ヶ崎に行く時に小田急線の藤沢から江ノ電に乗り換えたけど、相変わらずここは活気の溢れる街みたいだ。


「結構、大きな街……タイムリープ出来そうな場所はあるかな」


 駅ビルを抜けるとまずは、菊池が最後に動画配信をしていたネットカフェ「ムーンネット」の場所をスマホでチェックする。


 江ノ電の藤沢駅は商業ビルの2階にあり、そこから隣の石上いしがみ駅まで高架で結ばれている。


 その途中の高架沿いにあるビルの3階に「ムーンネット」はあるようだ。とりあえず、そこまで歩いてみた。


「あ、あっさり発見……駅からすぐ近くだね」


 江ノ電がガタンゴトンとおもむきのある音を立てて、頭上の高架を走り去って行く。


 私は、パステルイエローで三日月の可愛いイラストが描かれた「ムーンネット」の看板を思わず見上げた。


「なにこれ、可愛いネットカフェ。菊池はこんなところであんな配信を……」


 私は動画で見た菊池の顔を思い出す。とにかく彼をなんとか保護しなければ……2日前のこの店に、彼は確かにいたのだ。


──後はこの近くでタイムリープできる場所探しだ……


 改めて見回してみるが、この辺りには駅に向かう人と帰宅する人が沢山歩いていた。


──ちょっとこの辺りでタイムリープはさすがに無理かな……


 私は人の少ない場所を探すために歩き出した。時刻はもうすぐ21時。


 光り輝く繁華街を抜け、人影のない駐車場などをチェックするが、なかなかちょうど良い場所が見つからない。私は思い切って住宅エリアまで急ぎ足で進んだ。


──あ、ここ良さげな感じだ。


 訪れた石上公園は木々が茂り、程よく薄暗く静かな空間が広がっている。公園内にはベンチがいくつか設置されており、街灯が淡い光で辺りを照らしとても綺麗だ。


 タイムリープをするにはちょうど良い場所だ。


 辺りをくまなくチェックする。誰もいないようだ。よし、ここだ。


 私は赤いリュックからアンティークな二眼カメラを取り出した。 呼吸を整え、軽く息を吐くと、ふと母の顔が思い浮かぶ。あの日のあの時の優しい顔……


「──このチカラがある限り……私は誰かを助けたい」


 心の中で母の口の動きをなぞり、私は心を込めて呟いた。母の言葉に胸がホワっと温かくなり、全身に勇気が注がれる。


「よし!大丈夫!」


 両手で頬をペシペシと軽く叩き気合いを入れる。


 そして、カメラの上部にあるカバーを外すとファインダーが現れる。


「真実を見極める!」


 と叫び、決意を込めてカメラのファインダーを覗くと、青白い光が浮かび上がり、過去の風景が映し出された。


 ファインダー越しに辺りを見回す。向こうの時間のこの場所にも人はいないようだ。


「お願い!」


と呟きながら特別なシャッターを切ると、カメラから不思議な光が放たれ、風の様に吹き荒れながら私の身体を包み込み、タイムリープが始まった。



5月14日 14時00分  < 元の時間軸から−2日 >


 私は2日前のお昼過ぎにタイムリープした。


 そっと辺りを見回す。ファインダーで見た通り人はいない。


 見上げれば青空が広がり、爽やかな良いお天気だ。


 私はすぐさまスマホを取り出し、ミカに連絡を入れる。


「おや、眠れるお姫さま、ベッドで寝てなくて良いのかい?」


 ミカはいつもの調子で電話に出る。


──そうか、そう言えばこの日、私はまだ鎌倉の病院に入院していたはずだ……


 あの万莉の家族の悲惨な現場にいた私は、その後病院に運ばれて目を覚ました。


 あの時病室内で、ミカの持っていたスマホに着信があったのを覚えている。あの時ミカに電話をかけたのは他でもない、私だったのだ。


「ミカさん。ええと、信じられないと思いますが、私は病院で寝ている私でなく、今から2日未来から来た私です。これには事情が……」


 ミカは何も特別なことはないと言う口ぶりで答える。


「で、要件は?2日後のお姫さま」


 この自然な返しときたらどうだろう……私はミカの柔軟性に改めて驚きながら、事情を手早く話した。


「そうかい、わかった。今、鎌倉だから順調に向かえれば、そうだねぇ……20分後に合流できるが……」


 ミカは何かを言いかけたが、次の瞬間言葉を飲み込んだ。


「──フフン。さて、どうだろうね」


 何やら含みのある言い方で答えると、彼女は電話を切った。何だろう、今の感じは?大丈夫だろうか?


「何事もなく、事が進めば良いけど……」


 ふと、モヤモヤした嫌な予感が胸に広がる。


 それを振り切るようにペチペチと頬を叩くと、私は再びネットカフェ「ムーンネット」へと足を向けた──

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