77話 第十一幕 事実改変 ②

5月14日 14時15分  < 元の時間軸から−2日 > 


 私は商業施設の3階にあるネットカフェ「ムーンネット」の入口が見える非常階段で、辺りを伺いながらソワソワとミカを待っていた。


 階段の手すりは冷たい金属製で、微かにびた匂いを漂わせていた。周囲の壁には蛍光灯が点在し、薄暗い明かりが私の不安を煽る。


 視線の先のネットカフェの看板には、パステルイエローの三日月の可愛いイラストで「ムーンネット」と描かれている。


 打ち合せ通りなら、菊池は14時30分に入店するため現れるはず。その時点で即、彼を保護してミカに引き渡す。そして安全な場所を確保して、菊池の撮ったビデオを見る計画だ。


 彼とは面識はあるし事はスムーズに運ぶはず。問題は安全な場所の確保、これが頭の中から消えていた……まぁ、これはミカさんがなんとかしてくれるだろう。


 非常階段の冷たいコンクリートの壁に背中を押し付け、私は深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。


 14時20分。ミカは何故かまだ現れない。連絡もない。


「ミカさん何あったのかなぁ、菊池が来るまであと10分だよ……道路が混んでるのかな?」


 私はスマホで、先ほど送ったメッセージをチェックをするが、既読にもなっていない。不安が湧き上がる。


 ──その時。


「え?」


 ビルの明かりがパチパチと点滅し始めた。


「!!」


 突然のことに驚き、左右を見回していると明かりが全て消えてしまい、辺りが闇に包まれる。


「えぇ?停電?」


 すると今度は、ビル全体が大きくグラっと揺れた。


「何?ちょっと、やだ、怖いよ!」


 非常階段の手すりを手探りで掴んだまま、恐怖で身体が固まってしまう。手すりは冷たく汗ばんだ手で滑りそうだった。


 そしてビルのあちこちから何かの音がガシャンガシャンと響き渡る。これ、ちょっとどうなってるの?


 不思議な揺れ方だった。地面が揺れたと言うよりこの空間全体が揺れた感覚だ。揺れは10秒くらいですぐに収まる。


 やがて電気もついた。私はドキドキと胸打つ心臓の音を感じながら、再び辺りを見回した。


 ネットカフェもそのまま営業続行されているようだ。看板には満月と猫の可愛いイラストで「」と描かれている。


 一見、何事もないようだ。しかし──


「何だろう‥‥この既視感は。前にもこの揺れをどこかで??」


 私の第六感が不吉な何かを知らせる。胸の鼓動が早くなり、手に嫌な汗が滲む。私は呼吸を整えるため、大きく何度か深呼吸をした。冷たい空気が肺に染み渡り、わずかに落ち着きを取り戻す。


 14時30分、エレベーターの扉が開き、予定通り菊池が現れた。彼はキョロキョロと辺りの様子を注意深く見回してから入店する。菊池はビデオに映っていた時と同様、ひどく怯えているようだ。


「ミカさん……どうしよう菊池が来ちゃったよ」


 14時35分、予定よりすでに5分遅れだ。ミカはまだ現れない。メッセージの既読もついていない。本当に何かあったのであろうか?私は焦りと苛立ちで足を小刻みに動かし、スマホを握りしめた。


 私は我慢できなくなり、店に入ろうとした。その時、スマホがミカからの着信を知らせた。


「!!」


 すぐさまスマホをタップし、少し声を荒げて応答する。


「ミカさん、今どこ?菊池はもう入店したよ!」


 スマホからは暫しの沈黙の後、ひそめたミカの声がかすかに聞こえた。


「それ……なん……キナ……」


「えっ?ミカさん!聞こえないよぉ!!」


 非常階段の冷たい壁に寄りかかりながら、私は片方の耳を塞ぎ、全神経を集中して耳を済ます。


「それがちょっと──なんだろうね?今、キナ臭い感じで身動きが取れなくなってね」


 ミカの声にはいつもの茶化しはない、真剣だ。


「えっ、何があったの?」


「駅で菊池が連れ去られそうになっているところを、なんとかそちらに逃した──店に入る姿は見ただろう?ただね、そこも安全じゃなくなってるようだよ、時間もなさそうだ。悪いが姫一人で保護してくれ」


「そんな!ちょっと!!もしもし!」


 そのまま通話は切れた。ミカは珍しく焦っているようだ。どうなっているのかはわからないが、事態が悪い方へと動いているのを感じる。時間は刻々と過ぎていくのだ。戸惑っている場合ではない。


「よしっ!」

 

 私は覚悟を決め、店のドアに駆け寄り、それを一気に開け放った。心臓が早鐘のように打っているのを感じる。


 突然飛び込んできた私に驚く店員の顔。ここで躊躇ちゅうちょしている暇はない!


 私はあらかじめチェックしていた部屋を目指し、狭い通路を走る。心臓が早鐘はやがねのように打ち足音が響く中、目的の部屋に向かって一直線に進んだ。そして店員の制止を振り切り、菊池雄一の部屋に突入する。


「菊池さん!!!」


「────?!?!」


 菊池は突然の闖入者に驚いたのか、滑舌の悪い声でよくわからないことを叫んでいる。私が分からないのだろうか?大人しく保護されて欲しい!!


「なんだ!!お前は!!ちょっと何してるんだ!!」


 店員が駆けつけて、私を羽交締めにし捕まえようとしたその時、突然店の警報器が鳴り響いた。


「ちょっと、今度は何なの?!」


 私は、羽交締めにされて足をジタバタさせながら叫んだ。

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