78話 第十一幕 事実改変 ③

「なんだ!!お前は!!ちょっと何してるんだ!!」


 店員が駆けつけて、私を羽交締めにし部屋から引き摺ずり出し捕まえようとしたその時、突然店の警報器が鳴り響いた。


「ちょっと、今度は何なの?!」


 羽交締めにされて足をジタバタさせながら叫んでいた私も店員も、動きを止めて周囲を見回す。皆の全身に緊張が走る。私の耳に、遠くで店員が叫んでいる声が聞こえた。


「か、火事だぁ!みんな早く避難しろ!火の回りが恐ろしく早い!」


 その声に入口の方を振り向くと、店内に真っ黒な煙が侵入してくるのが見える。私を羽交い締めにしていた店員たちは、あっさりどこかへ逃げてしまった。


 火事??突然?どうして??とにかく逃げないと!!


 私は菊池きくちのいる部屋に再び飛び込み、彼の肩を掴み揺さぶる。




「菊池さんっ!逃げないと、火事だよ!!」




しかし菊池は、


「殺さないでくれ、死にたくない……」


と怯えて部屋から出て来ようとしない。


「何この展開……」


 私はスマホで時間をチェックする。14時45分。元の時間のミカの話では、5分後に菊池がこの場所で動画をアップロードするはずなのだ。



 火事が起こるなんて、聞いてない!


 ある事が頭の中に浮かび、ゾクリと私の背中に寒気が走る。

「──事実が変わっている?!事実改変?!」


 私は部屋の中で震えている菊池を見る。やはり彼を助けることで、何かが変わってしまったのであろうか?



 


 でも──今はそんなことを言っている場合じゃない!


 今や店内は電気が消え、真っ暗な中赤いランプが点滅を繰り返している。焼け焦げた匂いが辺りに漂い始めた。

ここに居たら最悪の事態になる!!


 しかし、菊地はひたすら部屋の中で震えて丸まっている。もう!死をも恐れないのじゃなかったの??

 

 

 私は意を決し、気合いを入れて菊池に叫ぶ。


菊池雄一きくちゆういち!!おまえの使命はまだ終わってない!使命を忘れたか!」


 菊池は私の言葉に反応したのか、例の機材を抱えてのろのろと出てくる。ただ、ガタガタ震え、怯え切った声で命乞いを繰り返す。


「殺さないで、殺さないで」




 もう!!本当に!!もう!!


 怯えて固まる菊池を引きずるようにして、私は店内を進む。煙が次第に濃くなり、ビル全体が揺れるような大音量の警報が鳴り響く。


 パニックになった人々が出口へ殺到している。視界は煙でかすみ、呼吸も苦しくなっていく。


 私は菊池と自分を守るため、廊下にあった備え付けの懐中電灯の明かりを頼りに非常階段を目指す。


 しかし、激しい炎によって廊下が塞がれてしまっていることに気付く。私たちは、違うルートで進むことを余儀なくされる。


「そんな…火の回り、異常じゃない?!」

 


 まるで私たちを狙うかのように火の手があちこち起こり始める。




「!!」

 


 ビルの中では、炎がどんどん燃え広がり、一部天井が崩落し始める。熱気がこもり、息ができなくなるほどの状況だ。ハンカチで喉と口を守ろうとするが苦しい。


 まさに地獄絵図。私は必死で菊池に励ましの言葉をかけ続ける。もう演技している余裕はない。


「菊池さん‥…怖いですが大丈夫‥‥!一緒に頑張って脱出しましょう‥‥!!」

 


 しかし、菊池は完全に自分の世界にこもっているのか、同じ言葉を返す。




──殺さないで、殺さないで。



 逃げる意志と力が全く感じられない菊池を見て、さすがに絶望感に襲われる。


 彼を引きずっていた手にもう力が残っていない。喉がやられ咳き込み始める。頭が

クラクラとして来た。 


 そうか……そうなんだ。

 


 朦朧もうろうとした意識の中で私は悟った。

 

 菊池は……すでに……元の時間軸では殺されていたんだ……




 そこに……私は……タイムリープをして……


──それなら、ビデオだけでも持って帰るって言うのはどうだい?菊池は放っておく。そちらの方が簡単そうじゃないか…… 

 


 ミカが思い浮かび私に話しかける。……そんなの……できるわけないじゃない……


 

 煙はさらに濃くなり、私の意識が遠のいていく。


 


 さらに、ある人が語りかけた。



──さて、何が起こるのかしらね? 自然の摂理が何がなんでもあなたを排除しようとするか……

案外そうでないか。


 これは……先日の中山殺人事件で、ミカの試験をクリアするために、千駄木公園にタイムリープした時に現れたマユの言葉……



 千駄木公園……

 


 思い出した……先ほどの地震のような揺れ、あれは……千駄木公園で3人の私が同じ時間軸に現れた時に起こったものと同じだ。


 そうか、この火事は……私を再び排除するために起こったんだ……


 息が出来ない。視界がぼやけ、足元も力が入らず、ふらつく。もはや前に進む力も残っていない。


 あぁ……ここで死ぬの?


 意識がスッと遠のくのを感じた。

 


 お母さん……




──その時、何かがぐいっと私を引っ張った。

 


「えっ?」

 


 眩い光が風のように私と菊池を包み込む。見覚えのある光景だ。消えかかる意識の中で私は呟いた。


「これは……タイムリープ?」


 そして、どこかで、微かに猫の鳴き声が聞こえた気がした……



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 



──何が起こったのだろう。

 

 何も考えられない……死んだのだろうか?


 潮の匂い?波の音が聞こえる。

 あぁ、目が痛くて……涙が止まらない。

 


 生きてる……


 

 少しずつ目を開ける。

 目の前にキラキラと光る海が微かに見える。

 

 眩しい……でも、何か見える。辺りを見回す。


「えのしま……?」


 私の横には菊池雄一が、機材と一緒に座り、何やらブツブツ呟いている。よく見ると、彼は全身灰に覆われていた。

 


 なにあれ……どうしたんだろう?


 ふと自分の手を見る、そして全身を見回す。




「あれ、私も??」 

 


 私の全身も、もちろん着ていた服も灰まみれだった。


「あー‥‥これお気に入りだったのに‥‥赤いチェックのワンピース‥‥‥」


 そう呟いた瞬間、緊張の糸が切れ、私の目から次々と大粒の涙が溢れる。


「生きてる……良かった……怖かったよぉ……」

 


 恐怖からの解放感が入り混じり嗚咽おえつが漏れる。私はその場でしばらくの間、肩を震わせていた。


──先ほどの地獄のような火事の光景が嘘のように、波の音が静かに優しく響いていた。



── 第十二幕「証拠の映像」へ続く。 

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