64話 第七幕 ミカの情報屋 ③


「やだやだやだ!!」


 3人が私に飛びかかる気配を見せると、私は辺りにある花を投げつけながら店の中を逃げまわる。


走り回りながら必死に逃げ道を探すが、3人の背後に出入口のドアがあるのでそちらには逃げられない。


『どこかに裏口があるはず──』


「大人しく捕まりなさいよ、この小娘!!セイコ!簀巻きを持って来なさい!!」


「ヒーたん、わかったわぁ」


「ちょっと可愛いお花を投げないでよ、このブス!!」


「もうやだ!このこのこの!!!」


「何この小娘は、野蛮だわ!野蛮よ!!」


 私は辺りにある物を手当たり次第に投げつけながら店の中を逃げ回るが、徐々に間合いを詰められる。


「フゥフゥ、この湘南しょうなんで戦い抜いて来た私たちから逃げようなんて、100年早いのよぉ」


 ヒデ子も少し息が上がっているようだが、そう言うだけのことはある。私はやがて、確実に逃げ場を失ってしまった。


「やだどうしよう、裏口が見つからない!!」


 私は万策尽きて、追い詰められるのがわかっていながらカウンターに逃げ込む。ギンコはそれを見ると、可愛いワンピースを翻しニヤリと笑う。


「自ら袋小路に入るなんてな。ゲームオーバーだ」


「野蛮な小娘、簀巻きよ!簀巻き!久々だわぁ。トンビの餌になれぇ」


 私は涙目で辺りを見回す。棚に飾ってある酒瓶が目についたので、それを咄嗟に両手で掴み、投げつけるポーズをとった。


『これを投げつけたって、彼女たちには何のダメージにもならないよね……でも、時間かせぎくらいにはなるかも…ともかく簀巻きでトンビのエサはいやだよぉ……』


 すると、私の握りしめた酒瓶を見て、ヒデ子の顔がサッと青ざめた。豊満な唇をプルプルと振るわせる。


「あぁ!!いやぁ、それだけは……!!」


「え?」


 ヒデ子は哀願するように、震える両手を私の方に差し出す。


「野蛮っ子!お願い、その酒瓶だけは、投げつけないで!!私の、私の大事な宝物なんだからぁぁ」


「へ?」


 意外な展開に驚いた私は、手にした酒瓶を見る。中には真紅のリキュールが入っているが、ラベルにプリントされた女性の後ろ姿に妙に既視感を覚える……


「投げないでぇ、もう何でもするからぁぁ!!ノンタンから貰った大事な大事なお酒なのよぉぉ」


「ノ?ノンタン??」


 簀巻きを持ったセイコも、腕まくりしたギンコも、ヒデ子の狼狽うろたえように驚き固まっている。


 目が点になった私は、試しに瓶を投げる素振りをしてみた。


「きゃーぁぁぁ!!やめてぇぇ!!秘めた情熱の炎を刺激するクランベリーサワーが!!」


「!!」


 ヒデ子は貧血で倒れるように、か弱く可憐に床にひれ伏した。


「ヒデさん!」


「ヒーたん!」


 セイコとギンコが彼女にすぐさま駆け寄る。私は唖然としながらも、手に持った酒瓶をまじまじと見つめた。ヒデ子が叫んだお酒の名前に聞き覚えがあった。


「これ…」


 思わず生唾を飲み込んだ。


「これ、のりこママの占いのお酒?!なんでここに??」


 もう一度よく見れば、ラベルの女性の後ろ姿は、どう見ても華麗にポージングを決めたのりこママだ。


 すると、倒れていたヒデ子からドスの効いた声が上がった。


「えぇぇ!」


 2人に肩を抱かれながらむっくりと起き上がったヒデ子は、驚愕に見開いた目で私を見つめて声を絞り出す。


「ア、アンタ……ノンタンの知り合いなの??」


「ノンタンって……??のりこママの事??」


「……信じられない……この野蛮っ子がレジェンドノンタンの知り合い……」


 私が両手に持った酒瓶をカウンターに置くと、ヒデ子の潤んだ丸い目から涙がこぼれ、プルプルした唇に笑みが溢れる。彼女はやがてゆっくりと頷く。


 一瞬にして、彼女から敵意が消えるのを感じる。どうやら、簀巻きでトンビの餌になるという最悪の事態はまぬがれたようだ。


「はぁぁ…よくわからないけど、助かったぁ…」


 私はその場にしゃがみ込み、天を仰いだ。

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