63話 第七幕 ミカの情報屋 ②
店に連れ込まれた私は、男のオバさんにリュックごと持ち上げられたまま、そぉっと薄目を開けて店内を見回す。
開店前で薄暗いが、至るところにピンクのハートと虹が描かれていて、色とりどりの可憐な花が飾られているのが嫌でも目に飛び込んでくる。
カウンターには多種多様なお酒がずらりと並び、このお店が個性的なバーだと改めて理解出来た。
男のオバさんが、私をリュックごと掴んだまま店の奥に向かって野太い声で叫ぶ。
「ヒデさん!あの不良刑事ミカの仲間って奴がこの辺りをうろついていたので捕まえてきました!!ヒデさん!!」
私はあまりの声のデカさに耳を塞ぎながら、足をバタつかせる。
すると、店の奥から声がした。この男のオバさんよりも更に迫力のあるドスの効いた声である。情報屋ヒデの登場か。
声が徐々に大きくなり近づいてきた。私は身を固くして首をすくめる。
「オマエ、何度言ったら……」
恐る恐る顔を上げた私は、現れた声の主を見てポカンと口を開けた。
「何度言ったらわかるのよー?!私はヒデ子!!ヒ・デ・子よ!!」
「えっ?……ヒデ子?」
ヒデ──いやヒデ子は、ふくよかな身体をチェリーピンクのジャージに包み、両手にそれぞれレモンイエローとラベンダーの可愛らしいドレスをぶら下げている。
「もうギンコ!開店前の忙しい中うるさいわねっ!まだお髭も剃れてないのにっ!」
私は、自分をリュックごと持ち上げているワンピース姿の男のオバさんをまじまじと見て呟く。
「えっと、ギンコ?……あ、ギン子?」
ギンコはポッと顔を赤らめ、恥ずかしそうに私から目を逸らす。
「あ、いや。銀次って……名前あるんスけど。ヒデさんが……」
ギンコの声が聞こえたようで、ヒデ子はドスの効いた大声で怒鳴り立てる。
「ギンコ!何か言ったかしらね?もぅ可愛くないわね!早く開店準備しなさいよぉ!」
ギンコは先ほどの勢いが嘘のようにシュンとなった。おかげで掴まれていたリュックも放され、ようやく私の足は床に着地し自由になる。
「でぇ、セイコはドコ行ったのよ、今日は服のコーディネートとヘアメイクしてくれるって言ってたのにぃっ」
ヒデ子は、両手に持ったワンピースを取っ替え引っ換え体に合わせて腰をくねらせる。
「しょうがないわねぇギンコでいいわ!ドレスだけどさ、このパステルな黄色とラベンダーはどっちが映えるかなぁ」
その時、ふとヒデ子がこちらを向いた。目と目がバチッと合う。私はひどく動揺しつつも、写真のヒデの顔を必死で思い出す。
こけた頬と窪んでギラギラ光る瞳はどこへいったのだろう?丸い目に丸い鼻丸い顔、みずみずしくプルンとした唇と、どう見ても別人である。
「な!なによ?アンタは?!」
彼、いや彼女?の豊満なボディが揺れた。
ギンコは、再び目を輝かせてヒデ子に訴える。
「ヒデ子さん!コイツ、あの不良刑事ミカの仲間ですぜ!」
ヒデ子は、丸い目を更に丸く見開く。そして両手のドレスをその場に落として、私に近づき指を差す。
「ギンコ!ここに女がいるわよ……」
彼女はあまり人の話を聞かないらしい……
「だからヒデさん!こいつはあの不良刑事の仲間で……」
「もう!私はヒデ子!まったくもぅ、
「だからぁ、ヒデ子さん。こいつはミカの仲間ですぜ!」
「えっ!あのブスの?!」
「ブス??」
「あ、言っちゃった」
ヒデ子はふくよかな唇をプルプル震わせながら叫ぶ。ミカも言われたい放題だ、よほど悪い事をしたのだろう。
「聞いてないわ!ア、アンタ、あのミカの仲間なの??」
「う、うーん」
この場合どう言えば良いのだろう?写真が若い時のモノなのはわかっていたが、ここまで劇的な容姿の変化は聞いていない。
しかし忘れてはいけない。目の前にいるのは、警察にさえも恐れられた伝説の暴走族のリーダーの1人で、怒らせたら最も怖い男、ヒデなのだ。どう答えれば丸く収まるだろうか??
「聞いてるでしょ!アンタあのミカの仲間?!答えないと、簀巻きよ!簀巻き!」
「み、皆さんこそ、ミカの情報屋で仲間って聞いて……きたんですケド……」
「失礼ね!あんなムカつく女の軍門に降った覚えはないわよ!」
「ムカつく女の軍門??」
私が聞き返すと、ヒデ子はあわわとした顔で口を押さえる。
「あら、また本音がっ!とにかく、ここに来るなんて話も聞いてないし!信用出来ないわ!!」
話が違い過ぎる……少なくともミカにはこれっぽっちも良い印象がないようだ。
ギンコがフリルのワンピースの袖をまくり、ボキボキと指の関節を鳴らしながら、私に睨みをきかせる。
「ヒデさん、怪しい奴ですぜ!ミカの仲間なら尚更です!簀巻きで
私の身体が固まる。この人たちは簀巻きが相当好きらしい……
「ギンコ!!もう、だからぁ!ヒデ子よ!!何年経っても覚えられないおバカちゃんね!」
ヒデ子に頭をポカリと叩かれ、ギンコが再びシュンとなる。
「は、話が違い過ぎるよ!私、帰らせて頂きます!」
私はこの隙に走って逃げようと、くるりと2人に背を向け、入口のドアにダッシュしかけた──その時。
突然ドアが開き、日傘を持った一人の女性が颯爽と入ってきた。白いワンピース姿にロングヘアーをなびかせた綺麗な女性である。
「ひゃっ!!」
私はその女性にまともにぶつかり、床に尻もちをついた。女性は倒れた私を見ると、睫毛の長い目をしばたたかせ、優しく話しかけてきた………野太い声で。
「あらぁあらぁ、ごめんね。怪我はなかった?」
女性は目の前でしゃがみ、私の顎を人差し指で持ち上げてまじまじと顔を見る。
「あらららぁ。珍しいわねぇ、このお店に女の子が来てるわよ。ヒーたん趣味変えたのぉ?」
「セイコちゃん、違うわよ!この小娘はミカの情報屋って嘯く怪しい奴よ!今、簀巻きにしようかと話してたトコ!!」
セイコと呼ばれた女性?は、ハッとした顔になりヒデ子に顔を向ける。
「やだぁ、セイコ忘れてたわ!あのムカつく女から連絡があったのよぉ!情報屋を送るから相手しろって!」
その言葉に、ヒデ子は目を丸くして私を見、ぽちゃぽちゃした両手を開いた口に当てて叫ぶ。
「あらやだ!アンタ、ホントにあのムカつくアバズレ女の仲間なの?!」
「だから、ヒデさん最初から言ってるじゃないですか!──
どうやら、セイコの本名は誠二というらしい。しかし声以外はどう見ても女性にしか見えない……
私は思わずセイコをまじまじと見つめる。
「もう、ごめんねぇ!私ってドジっ子だからぁ」
彼女は自分の頭を日傘でポンポンと叩き、可愛く舌を出して見せる。ヒデ子は間髪入れず、セイコの頭をポカリと叩く。
「ドジっ子だからぁ……じゃないわよ!思わず出た本音を情報屋に聞かれちゃったじゃない!もう、こんなこと、ミカに知られたら……」
ヒデ子は、丸い目を見開きブルブルとふくよかなボディを震わせる。3人は目配せして私を取り囲み、お互いに頷き合う。
「しょうがないわね……」
「え?」
「こうなったら、情報屋はここに来なかった、ってことにして、稲村ヶ崎公園の上から簀巻きで……」
ヒデ子がそう言うと、3人は一斉にこちらに詰め寄ってきた。
「その後はトンビの餌になるのよ!」
その言葉に私の血の気がサーッと引いた。
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