65話 第七幕 ミカの情報屋 ④
「ノンタンはね、全国のママが集うSNSでも憧れの存在でね、レジェンドなのよぉ」
ヒデ子は、店のテーブルに立てかけた鏡を見ながら、電気カミソリで髭を剃っている。ギンコやセイコは、先ほどの騒ぎで散らかった店内を踊るように軽やかに動き回りながら掃除している。
「まさか、アンタがあの薄幸の黒猫のポスターを作った人だなんて、世の中狭いわよねぇ」
「あ、えっ、まぁ。あはは」
話を聞くと、全国のスナックやバー専用のSNSがあり、その中で谷中ののりこママとヒデ子は繋がっているとのことだが、なんとのりこママはその世界のインフルエンサーで、彼女の発言はかなり影響力があるらしい。
私が以前渡した迷い猫のプルートのポスターも、のりこママにより全国発信されて、成功できるビジネスモデルとしてこの業界に影響を与えたという。
「正直、あのミカは信用出来ないけど、ノンタンの知り合いなら信用度MAXだわ!!」
ギンコが、丸ごとの桃が突き刺さったピーチジュースをうやうやしく私のテーブルに持って来てくれる。さっきまでとはえらい態度の変わりようだ。
私は、のりこママに心の中でこっそり手をあわせる。ヒデ子は、先ほどの騒ぎなどなかったように私にふくよかな笑顔を見せた。
「私のことは、ヒデ子ママと呼んで♩あなたは?」
「あ、えっと、ルミです」
「よろしくね、ルミちゃん。
「えー」
何気なく怖いことを言うので、最後まで安心が出来ない。
「考えてみたら、私たちあのムカつく不良刑事ミカの被害者同士だからね、仲良くしましょうね」
ヒデ子が掃除をしていた2人に目配せすると、彼女たちは私の所に素早く近寄る。
「私のバディたちも改めて紹介するわ。こちらのデカイ子がギンコちゃん」
ギンコは、角刈りの頭に金髪のウィッグを付けながらお辞儀をする。
「先ほどは失礼しやした。ヒデさんの友人は俺の客人、どうぞよろしく頼みます」
「ホントに何年経ってもお馬鹿さんね!ヒデ子でしょ?!簀巻きにするわよホントに!」
ギンコは再びヒデ子ママにポカポカと頭を叩かれている。口調も何もかも男の中の男という感じの人だが、なぜワンピースを着てるのだろうと、ついマジマジと見ずにはいられない。
「そして、この子がセイコちゃん。ムカつくほど可愛いでしょ、私のトータルコーディネータよ」
セイコは美しくネイルの施された右手を口元に添えて、エレガントに首を傾げる。多分、歳はヒデ子ママと同じくらいだと思う……にもかかわらず、私よりも可愛いと感じられるのは如何なものだろうか……
「ルミたん、よろしくね。セイたんって呼んでも良いわよぉ」
「あははー、どうぞ宜しく」
ひと通り自己紹介を済ませると、ギンコはお店の開店準備に戻り、セイコはヒデ子のメイクを始めた。それにしても、ここに来る客は一体どんな人たちなのであろうか?
「──じゃ、ルミちゃんはミカから、警察がリストに挙げている容疑者の詳細を私に聞いて来いって言われたのね」
「そう、ヒデ子ママはミカから依頼されたんでしょ?容疑者の事を調べて欲しいって」
「まぁそうね、確かに言われたわよ。ムカつくけど調べたわ……先日の二股の先の事件も、メディアでは報道されてないけど知ってるわよ」
本当に、ミカはヒデ子ママとどんな取引きをしたのであろうか、とても気になる。私は、警察が捜査中の容疑者のリストを彼女に渡した。
「私たちが調べたのは、この中の
「どうだったの?」
セイコにメイクをされながら、ヒデ子ママが嫌な顔で吐き捨てるように言う。
「もう、どっちもキモいわ。ホントにキモっ!2人犯人で良いと思うのよ」
「いや、キモいで犯人にされたら……」
「だって、ホントキモいのよ。特にこの菊池ね!」
「どんな人なんですか?」
「このキモ男は調べるまでもなく、昼夜問わず大きなリュックを背負ってこの辺りをうろついているのよ。ダサい格好してさぁ」
セイコが合いの手を入れる。
「ヒーたんの苦手なタイプよねぇ。ハンディビデオを片手にブツブツ呟いてさ、怖っ!って感じ」
「そうそう、この間、夜中に
夜中に稲村ヶ崎公園に行くヒデ子ママとか、色々ツッコミ所が満載であるが、確かにこの3人はこの辺りの情報通なようだ。
セイコにマリーアントワネットのようなウィッグを付けてもらい、ヒデ子は鏡を見ながら前後左右、念入りに自分の姿をチェックしている。
「で、これが菊池の写真ね。あ、インターネットの動画サイトでキモくてショボイ番組作っているわよ、それも見てみると良いわ」
動画のURLをヒデ子ママから受け取ると、菊池の写真をジッと見る。どこかで見た顔だ。
「あ、この人!」
「何よ、知り合いなの?」
「この前、この先の二股の左ですれ違った男……!!」
そう、あの事件の日、二股の道の先を
「そんな所で何をしてたのかしらね!──で、コイツはあの殺人事件の被害者と以前にトラブルを起こしているの」
「確かに怪しいかも……」
「でしょ、犯人よ!キモいもの!!」
興奮気味に腰を浮かせるヒデ子ママに、メイクを施していたセイコが苛立った声を上げる。
「あーっ!もうぉ、ヒーたん大人しく座っていてよ!メイクが出来ないじゃない!」
よく見ると彼女のピンクの口紅が右端だけ跳ねてしまっている。
「セイコぉ、ごめんねぇ。怒らないでよ、開店まで時間ないし」
ヒデ子ママがシュンとして小さくなっているのを横目に、セイコは私を見ると軽く息を吐く。
「もうぉ、ルミたんには私が話すから、ヒーたんは黙っていてよね」
「うん。わかったわよ、セイコ」
彼女は、セイコに全てを委ねるように、目を閉じプルンとした唇を突き出して座り直した。
セイコのメイクのセンスやテクニックは、横目で見ているだけでも、教えて欲しいくらいの腕なのはわかる。
セイコは、ヒデ子ママのメイクをやり直しながら私に話しかけた。
「ルミたん、もう1人の容疑者の神崎敬三は昔からこの稲村ヶ崎に住んでいて情報通よ。気に食わない奴だけどね」
「この人と知り合いなの?」
「知ってるも何も稲村ヶ崎の主だからね、知らない人はいないわよ」
「稲村ヶ崎の主……」
その言葉で、定食屋さんで話しかけてきた
──そうそう、神崎さんよ!神崎さん。お顔が怖いからちょっと取っ付きづらいし、変わり者だけどね、稲村ヶ崎の主なのよ──
「稲村ヶ崎の主って……あぁ!」
「何よ!ルミちゃんも知り合いなの?」
ヒデ子ママが、目をカッと見開いて私の言葉に食いつく。
「もぉ!ヒーたんは黙っててったら!簀巻きにするわよぉ!」
「やだ、怖い!……ごめんごめん」
セイコに野太い声で一喝され、ヒデ子ママはシュンとなる。この3人の力関係が何となくわかってしまった……
セイコはコホンと咳払いすると、再び話を続ける。
「でねぇ、神崎も以前、今回の事件の被害者とトラブルがあったみたいでねぇ。動機はあるのよぉ。で、今は行方不明でしょ」
セイコはセクシーに開いた胸元からサッと神崎の写真を取り出し、私に手渡した。
「これが神崎よ。イケおじで私のタイプの顔だけど、無愛想で辛気臭いのぉ」
神崎はでシルバーグレーで彫りが深く、鋭い眼光に口は見事なへの字口。
ヒデ子ママの若い頃にどことなく似ている雰囲気だ。そして、玉子やセイコの言う通り、取っ付きにくそうな顔立ちではある。
菊池雄一も神崎敬三も、以前にあの殺人事件で被害になった家族とトラブルを起こしていて動機はある。そしてあの殺害日当日から姿を消して行方不明だ。
ミカの依頼は、この2人のアリバイをタイムリープで調べて欲しいというものだ。
本当は殺害日当日が良いのかもしれないが、私はその一日前にタイムリープで跳び、2人に接触することに決めた。
「菊池はいつも、海岸沿いの「南国ベイビー」ってバーに入り浸っていたわ。そこの店員に詳しいことを聞いてみると良いかもね」
──レモンイエローのドレスにマリーアントワネット調のウィッグ、ピンクの口紅と、セイコのトータルコーディネートで完璧に決めたヒデ子ママは、同じくフルメイクで決めた2人と共に開店準備を整える。
「さぁ、そろそろピンクハートの開店の時間よぉ♩」
ヒデ子ママは可憐な香水の香りを漂わせ、私の手を熱く握ると顔を近づけて囁く。
「まぁ、色々あったけど迷うことがあったらまた来なさいね。私たちはもう仲間だから♩」
「な、仲間??あ、えっと。はい」
私の言葉に、ヒデ子ママのプルンとした唇がニンマリ微笑む。何だかんだで、妙に気に入られてしまったようだ。
セイコも私をギューっとハグして野太い声で叫ぶ。
「ルミたん、ファイトよぉ♩あの不良刑事にいつかギャフンと言わせようね!」
そして、ギンコも反対側から私をハグする。
「ヒデさんの友人は俺の客人、どうぞ宜しく頼みます」
「あははは、はい。ちょっと酸素が……」
──その時、お店のドアが開いた。
「あらぁ、いらっしゃーい♩ まーくん。いつもありがとうねぇ。お気に入りのギンコちゃん居るわよぉ」
ヒデ子ママが両手を叩き腰をクネクネさせて、しかしドスの効いた声で常連客を迎える。
「ギンコちゃん、会いたかったよ、相変わらず可愛いねぇ」
客のデレッとした声に、好奇心のあまりそっとそちらを振り向き、私は大きく目を見開いた。──常連客は、先ほど道を教えてくれた親切なパン屋の主人であった。
──第八幕「事件前日へ」へ続く。
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