43話 第十二幕 ~エピローグ:そして湘南~

4月20日 14時30分


 私は弁天橋べんてんばしの船着場から、江ノ島の裏手にある岩場に1人降り立った。


 探偵の仕事はしばらく休むことに決めているが、亡くなった知世ともよにどうしても花を供えたくてここまで来たのだ。


 辺りをゆっくりと眺めてみる。江ノ島の裏の岩場には観光で有名な洞窟もあり、ゴールデンウィーク前ではあるが家族連れやカップル、そして磯釣りの客で賑わっていた。


 知世が発見されたとされる場所はそんな賑わいとは無縁の、ポツンと目立たない岩場の影だった。


 テレビの報道などで見たのであろう、そこには綺麗な花やお供え物が置かれていた。胸が詰まる思いで、私も持って来たユリの花を供えると手を合わせて目を閉じる。


 知世は、初めて浜田はまだ邸を訪れた時に見せた清楚な笑顔が印象的な女性だった。


 派手さはないが整った可愛らしい顔立ち。ただ、どこか影があったのは今思えば、中山なかやまに散々振り回された苦労の跡だったのだろう。


 芳雄よしおと出会い一緒になって3年、本当なら今が一番幸せな時期だったはずだ。何が彼女たちの運命を狂わせたのだろうか?


 もしかして、知世の死もタイムリープによる事実の改変なのでは……


 私はゆっくりと首を左右に振る。


「知世さん、安らかに眠って下さいね……」


 じっとそこに佇んでいると、波が岩場にぶつかり水飛沫をあげる音と、トンビが獲物を狙うように飛びまわる鳴き声だけが響いている。


 私はそれらの音を聞きながら大きく息を吐く。



──その時。


「えっ?」


 どこからか私をジッと見つめる鋭い視線を感じる。


 私は背中にゾクっとした寒気を感じ、反射的に振り返る。


 しかし、視線を感じた先には何も変わったものはなかった。


 ——あの気配は……人?

 

 いや……アレは……


「!!」


 今度は視界の隅に何かが映った。ドス黒いナニかだ。

 

 再び視線をそのナニかに向けようするが、今度は私の本能が振り向いてはいけないと警告していた。


 感情が感じられず、何かを見抜こうと観察しているような冷たい視線。

  

 あれは……黒猫?


『——プルート?』


——あれは、ただの猫じゃない。プルートは漆黒の白猫なんだ。


 千駄木せんだぎの公園で芳雄が朦朧とした中で呟いていた言葉を思い出す。


 息苦しく心臓の音が危険を感じるほど早まる。私はもう一度花が供えられた岩場に一礼すると、足早にその場を後にするが、冷たい視線がずっと付いてくる気がする。


 後ろを振り向かず、足早に奥津宮に続く急な階段を登る。そして昔ながらのお土産屋さんを通過して、江ノ島の象徴である展望台「シーキャンドル」のあるサムエル・コッキング苑前まで歩いて来た。


 先ほどの危険な気もなくなり、気持ちに少し余裕が戻って来た。 アレは何だったのだろう?


 ハンカチを取り出し汗を拭き、何度か深呼吸をして辺りを見回す。


 以前、ここには友人と遊びに来たことがあるが、前と変わらずパントマイム芸人が観光客を集め注目を浴びている。


 家族連れやカップルに混じり、彼らの芸を一緒に楽しもうとするが、先ほどの事もありどこか乗らない自分がいる。


「やっぱり何か身体が重い……本当にどうしたんだろう? 1人じゃなくて、ユッキーを誘えば良かったな……」


 私はベンチに座り一息つくと、名物のタコせんべいを両手で持って端からポリポリかじりながら空を仰ぐ。


「せっかく来たんだから、もう少しぐるっと周ってみようかな……」


 タコせんべいで少し元気を取り戻した私は、中津宮を通過して江ノ島神社の近くまで来てみた。


すると、地元の住人が使うのであろう、緑に囲まれた小道があるのに気づいた。


 何か惹かれるものを感じて、本道を曲がりその小道を進む。観光客が来ないこの道では、あちこちで猫が気持ちよく日向ぼっこをしている。


 さすが江ノ島も猫島と呼ばれるだけのことはある。私は緑豊かな小道を歩いて行く。すると小さな石祠せきしがあるのを見つける。


「何かの道祖神どうそじんかな?」


 石祠に近寄ってみると、周りには木漏れ日を浴びてのんびりと寝ている猫が数匹。そして、今さっき添えられたらしいマーガレットが数本飾られていた。


 その光景を眺めていると心が和み、思わず笑みがこぼれる。私は構図を決めてスマホを向け、一枚だけ写真を撮った。


 キラキラした木漏れ日と猫が良い感じに写り、満足のいく写真が撮れた。


 ふと石祠を見ると、古い立札が差してあるのに気付く。立札に書かれた文字を見て、私は目を丸くする。


──江島御猫祠跡えのしまおねこほこらあと──


「御猫……祠?」


 反射的に谷中やなかの御猫神社を思い出し、再び辺りを見渡してみる。

ここは先ほどのような危ない気は感じはしない。


「──やっぱりこの辺りは漆黒の白猫と何か関係があるのかな?」


 スマホで検索してみるが、何も出てこない。谷中の御猫神社に関連があるなら、ここにも漆黒の白猫プルートが……そしてもしかして母も……??


『それならアニに連絡を入れて……』


 そこまで考えて、大きく息を吐き自分の頭をペシッと叩く。


「こら、ちゃんと休もうよ……」


 私は無理やりテンションを上げ、黒猫のタンゴな歌を口ずさみながらその先の小道を歩き、急な階段を降りる。


 突然の闖入者に、うたた寝をしていた三毛猫がうるさいと抗議してミャーッと鳴いた。


 階段を下り切るとT字路にぶつかる。案内板があり、左に行けば江ノ島神社の参道に行けるようだ。どうやら反対側にも違う神社がある。


神江島かみえしま神社?……聞いた事がないな」


ふと、その神社に足を向けようとするが、疲労を感じ立ち止まる。


「──用事も済んだし、あとは夕陽でも見て家に帰ろう……」


 自分に言い聞かせるように呟く。地元の住人が使う商店街は、すでに西日に染まっていた。


──片瀬西浜海岸かたせにしはまかいがんステージの階段には、海に沈む夕陽を見ようとたくさんの人が思い思いに腰かけている。


 私もその傍にある砂浜で、オレンジ色に輝く夕陽と富士山のシルエットを見つめていた。夕陽の色が、私の胸にくすぶっっている何かに訴えかけて来るようで、心が昂るのを止められなかった。


 私は江ノ島と海を背景に赤い手すりのあるベランダで微笑む母の写真を取り出し眺め、大きく息を吐いた。


 近々調査を再開し、真実を解き明かす。そして必ず母を見つける── 私は心の奥で決意した。


 母の写真をそっと胸に抱きしめる。


「──会いたいよ、お母さん!!」


 私は夕陽に向かって思いっきり叫んだ。

 応えるのは静かな波の音だけだ。


 そんな私の姿をステージの上から見つめる一人の女性の姿があった──



 ──次章「赤いベランダの家編」に続く。



【予告】赤いベランダの家編 


 行方不明の母を探し、ルミが再び立ち上がる。母と黒猫プルートの謎を解明するため、赤いベランダの家を探しに湘南・稲村ヶ崎へと向かうが事件は思わぬ方向へ……


——そこには惨劇の光景が広がっていた。大きな血塗れの塊が二つ、小さな塊が一つ。壁もどこも真っ赤な血が飛び散っている。耐え難い血の臭いが鼻を突き刺す。私の心臓が高鳴り、息苦しく血の気が引いていく。


——「そう言えば、キミはこの時間軸……時空の人じゃないだろう?」私は口に含んでいたモヒートを思いっきり吹き出した!


——マユはとても怖い目で私に呟く。「アニやあなたの周りの人々にも迷惑がかかるから……やめなさい」マユの言葉に息を飲んだ


——「ルミ!振り向かないで!」

私は勢いで振り向いてしまったが、咄嗟に目を瞑る。その瞬間、猫のシルエットが見えた。


——緊張の糸が切れたのか、私の目から大粒の涙が溢れる。

「生きてる……良かった……」「怖かったよぉ……」


【タイムリープ探偵ルミ第2章 赤いベランダの家編】


乞うご期待!!


――あとがき――

タイムリープ探偵ルミ第1章を読んでいただき本当にありがとうございます。フォローやコメント、★でのご評価を頂けたら創作のモチベーションも上がり嬉しく思います♪今後ともどうぞ宜しくお願いします。







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