32話 第九幕 ~母の手掛かりと私の覚悟~ ②

4月09日 20時56分


「それなら東京とうきょうとか品川しながわに行ってタイムリープすれば安全じゃないのかな?」


 私たちの会話を一通り聞き、小首を傾げてサラッと言い放ったのはユッキーだ。


「あ、そっか!」


 私はその言葉に目からウロコがポロポロと何枚か落ちた気分だ。


 あの後私は谷中から神楽坂かぐらざかに帰り、閉店後の「ニケ」でアニとユッキーとテーブルを囲み、30分ほどあれこれ話し合っていた。


 話題はもちろん、刑事ミカから指示された谷中でのテストについてだ。テーブル上にはそろそろシーズンオフの桜型チョコが置いてある。


「──ユッキー、なるほど、そうだよね」


 私は素直に頷く。アニは腕を組み、何か反論しようと何か抵抗している。相変わらずアニは素直じゃない。


「まてまて、ん?いや?一言で谷中って言ってもだな、どこまでの範囲で空間がおかしくなってるかって話で……」


「アニさん。じゃ川崎かわさき横浜よこはま?それじゃ、今後あの鬼刑事の依頼受けられないよ」


 ユッキーがテーブルの上に置いたチョコを一つつまんでケタケタ笑い、アニを挑発する。アニは尚も抵抗した。


「うーん、確かに……ただ、谷中エリアでのタイムリープをこれ以上するのはリスクがある。これは確かだ。根津ねず日暮里にっぽりも怖い」


 それについては、私もアニに同意する。


「確かにそうだね。どこまでが安全でどこからが危険かって、知っているのはマユしかいないと思う」


「ルミ、マユに聞けないのか?」


 私の頭の中に、エキゾチックでクールな瞳のマユがゆっくりと首傾げる。


「えぇ?無理だよ、怖いし」


「今度会った時に聞いておいて欲しい」


「やだ、無理だよ。アニは会ってないから、そんな事言えるんだよ。言いたいこと言える感じじゃないし、第一もう会いたくないよ」


 ユッキーがチョコを何個かつまみ、叫んでいた私の口に入れる。


「それなら、ルミちゃんが例えば箱根はこねぐらいまで行って遊んだ後にタイムリープして谷中に行けば?そこまで遠かったら文句ないでしょ?」


 アニの眼鏡が光り動きが止まる。彼は大きく息を吐いた。


「──なるほど……ね」


「え?私、箱根行くの?」


 アニは口の中のチョコを一生懸命頬張って処理している私を見て吹き出し、首を横に振って笑いながら答える。


「いや、箱根に行く話じゃなくてね、今後タイムリープの使い過ぎからくる空間の歪みが起こった時は、安全圏からのタイムリープは戦略的に良い手だよねと」


 アニはユッキーの話に降参したようだ。私はチョコをモグモグしながらなるほどと頷く。ユッキーもそんな私を優しい笑顔で見やる。


「結局、ルミちゃんがどこからタイムリープすれば良いかってだけの話よね?」


「私、この前市ヶ谷いちがや近くでタイムリープしたけど、あそこは違和感じなかったし。あの辺りからで良いと思う」


「──そうか。ルミが言うなら、まずはそれで良いか。本当にタイムリープは手探りだな……少しでも違和感感じたら中止にしてくれよ」


「うん、市ヶ谷でタイムリープして3月8日に跳んだあと谷中に行って、浜田芳雄と中山浩司の喧嘩の様子の動画を撮る。この流れで行こう」


 私の話を確認しながら聞いていたアニは、何気なく店内を見回す。


「だけどさ、市ヶ谷で良いのなら、ここでもいいんじゃ?って思うけど。お客さんいない時にルミが跳んできても驚かないし」


 アニの話を聞いて私は一瞬考える。しかし、このお店で起きたあの異変を思い出し首を振る。


「私もそう思うけど、一応ね……」


 ここでの異変が、空間の歪みの蓄積の影響なのか、自分自身のタイムリープの蓄積ちくせきによるものなのかは不明だ。ただ、せっかく掴んだチャンスの第一歩、逃す訳にはいかない。


 アニはさりげなくチョコに手を伸ばそうとするが、ユッキーに阻止される。彼はおやつ抜き1週間の求刑を破り、刑期が伸びているようだ。


 アニは横目でチョコを気にしながら、もう一つ気になっていたらしい話題に変える。


「しかし、警察側も容疑者を浜田夫妻に絞って来たのかもね。夫妻揃って中本と関係がありそうってことだもんな」


「バーチャル不動産の名簿には二人は載って無かったのでしょ?」


「そうだね。知世は元恋人関係だったが、今、中山と接点があるのかは不明……彼女自身も行方不明だしね。そして芳雄はどんな関係なのか更に不明だよね」


 勢いよくそこまで言うと、アニは一つ大きく息を吐き、遠い目をする。


「──まぁ、それももう警察にお任せだけどね……」


 アニはアニで、探偵として受け持った事件を途中で手放すのは複雑な心境なのだろう。彼の気持ちは痛いほどよくわかる。私はチョコを一つつまむとアニの口元に寄せる。


「お?良いのか?ルミも同罪になるよ」


 ユッキーが席を外しているのを確認してからアニが小声で囁く。私はチョコをつまんだ指でOKを作り、笑顔で囁き返す。


「アニとは一蓮托生いちれんたくしょうだよ──」


 チョコをそのまま咥えたアニは、ユッキーに見つからないように嬉しそうに食べていた。


 私はそんなアニの顔を眺めながら、ミカのテストについて思いを巡らせていた。


──何事もなくテストが済めば良いけれど……

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