43 先生が教えます
愛彦のことは特にお気に入りで、何百回も手を出そうとしたが堪えてきたらしい。どれだけ不当な扱いを受けても、腐らず真っ直ぐ育っている彼の人生を、自らの手で歪めるわけにはいかない。そんな人間らしい心が、三坂にはあったのである。
それが向こうから教えてくれなんてやってきたら、秒で手を出すに決まっている。そうなったときの三坂の教師としてのモラルなど、美月は信用していなかった。
そうなったら最後。一度だけでは関係は終わらず、教師との性にまみれた三年間を愛彦は送ることになるだろう。それだけは見過ごすことができなかった。
葉那は恋仲になるような相手ではないと言っていたが、それは照れ隠しなのかもしれない。お互いそういう気持ちがあるはずだ。そうでないと葉那も、愛彦に身体を許すはずがない。だが初めての性交渉に失敗し、ふたりの関係は気まずいものとなった。
葉那との関係が修復し、高校生らしい青春を送ってもらうためには、ここで愛彦を引き止めねばならない。けど愛彦が学びを必要としているのもまた事実。その機会をダメなものはダメだと取り上げ、代案を示さないのは無責任かもしれない。
三坂に任せると道を踏み外すというのなら、正しく導けるものが監督しなければならない。そしてそれが今できるのは、自分しかいなかった。
教師として決して許されない行い。身体を張って、愛彦に学びの場を提供するか。
教師として決して見過ごすことができない行い。三坂のもとへ向かう愛彦を、指をくわえて見ているか。
究極の二択。美月は人生最大の修羅場を迎えていた。
沸騰しそうな頭で悩みに悩んでいると、
「みつき先生?」
不思議そうに愛彦の顔。急に押し黙ったからか、その表情はどこか不安そうに映った。
庇護欲が掻き立てられた。
「……わかりました」
三坂の魔の手にかかるくらいなら、自分がどうにかしてあげたい。
「先生、覚悟を決めたわ」
「覚悟?」
「三坂先生に任せるくらいなら、先生が守純くんに教えます」
「いいんですか?」
急な方針転換に、愛彦は呆気にとられたように目を点にした。
「先生に二言はありません。責任持って最後まで、守純くんに付き合うわ」
「みつき先生、ありがとうございます」
愛彦はホッとしたように明るい笑顔を浮かべた。
ここまで言ったからには、もう引き下がれない。
ただ、不安はあった。
(教えるなんて大口叩いちゃったけど、そもそもわたし、男性とそんなことしたことないし。知識は、知識はあるんだけど……初めてはやっぱり痛いらしいから、取り乱さずちゃんと受け入れて上げられるかな。……いや、そもそも最後までする必要はないような。守純くんもきっと、初めてはちゃんと廣場さんとしたいだろうし。でも折角の機会だし……折角?)
教師のモラルとして、これからする行為に罪悪感はある。でも、愛彦に初めてを捧げること自体には、忌避感はなかった。それどころか前向きな自分に気づいてしまった。
教師と女としての狭間、その二律背反に悩んでいると、
「いやー、本当に助かります。さすがに教師相手とはいえ、女性に生理のことを教えてくれなんて、不味いかなって思ってたから」
「……え、生理?」
相手に聞き取れない小さな声で、美月はポカンと呟いた。
最も身近なものでありながら、その言葉の意味を正しく理解するまで、美月は時間を要した。
すべてを理解した瞬間、
「そうね。やっぱり、男の子もちゃんと理解したほうが、いいことだからね」
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)
棒読みとは裏腹に美月の内心は羞恥心と罪悪感に支配された。
顔を覆って崩れ落ちそうになるのを美月は堪えた。
行動にまだ移していないとはいえ、生徒とそういう関係になろうと覚悟を決めた自分を、ただただ美月は恥じ入った。今の自分はもう、最後まで手を出さないと貫いた三坂以下の存在だと。
(ダメな先生でごめんなさい守純くん……もう二度とそんなこと考えないから)
改めて美月は決意を固めた。
絶対に自分は、生徒に手を出すような教師に堕ちない、と。
知らぬ間に手繰り寄せたチャンスを逃しただけではない。愛彦の努力は、絶対に実らないと確定した瞬間だった。
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