21 イベント発生

「ごめん、待たせちゃったかな」


「いえ、わたしも今着いたところですので」


 待ち合わせの定番。お約束の台詞。一度はやってみたかった憧れをついに叶えてしまった。それも相手は真白百合という最高の美少女。あの日真白を救ってから、人生の幸福度は右肩上がりである。


 ここは最寄り駅から一番近い、三大副都心のひとつ。その駅構内で真白と待ち合わせをしていた。


「ごめんなさい守純さん。わたしの都合に合わせて、こちらまで出てきてもらうことになって」


「気にしないでくれ。俺もこっちに出てきたかっただけだから」


 申し訳無さそうに眉根を下げる真白に、にこやかな微笑み返した。


 昨日の騒動についての話をするため、真白に連絡を取ったのが十一時頃。このくらいの時間だったら常識的だろうと電話をした。そう、葉那と母ちゃんだけだった電話帳に、この前真白の連絡先が追加されていたのだ。


 電話を出てくれた真白は、どうやら丁度家を出ようとしたところ。参考書を求めて大型書店に足を伸ばそうとしていたのだ。こちらに合わせてくれる申し出を断って、こっちで会おうという話をつけた。昨日の騒動の話にかこつけて、真白をランチに誘おうと目論んだからだ。


 白いコートにピンク色のマフラーを巻いた真白の姿は、人混みの中でも一目でわかった。


「ふぁ……」


 至福を目から取り入れながらも、口から漏れたのはあくびであった。


 普段学校で見られない姿が退屈だったわけではない。


「守純さん、ちょっと眠そうですね」


「ああ、昨日は遅くまで葉那の相手をしてたから。少し寝不足なんだ」


 昨日、イキったメスガキをわからせるため、スマ○ラで99ストック、アイテムなしの勝負で散々なぶった。


「はい、雑魚死おつー」


「きぃいい!」


 こちらが一回落ちるまで、葉那は十ストックを失っている。悔しそうに顔を真っ赤にしながらキーキー叫ぶ様は、まさに見ものであった。これだから雑魚狩りは止められない。その後は昔のゲームなども引っ張り出し、わーわーやっている内に丑三つ時。


 目が覚めたらベッドの上で、葉那が俺の腕を抱いて眠っていた。そうやって幼なじみと朝チュンを決めた後、こうして真白とランチを目論んでいる。起きた出来事を羅列したら、まるで俺が最低野郎みたいである。


 葉那の名前を聞いた途端、真白の顔に陰が差した。


「あの、廣場さんのことですけど……」


「ああ、大丈夫。もうこんなことが起きないよう、きつく言い含めたって言ってたから。自分たちの事情に巻き込んでごめんって、改めて謝っておいてくれってさ」


「いえ、昨日のことについては気にしていません。あの人たちのことはいいんですけど……」


 真白は顔を伏せた。考え込むような間を置くと、覚悟を決めたよう顔を覗かせた。


「やっぱり廣場さん、守純さんのこと……想われてるんじゃないですか?」


「あー、それはないない。俺たちはどこまでいっても友達だから」


「ですけど」


「そもそもあいつの好みは、年上のお姉さまだからな」


「……へ?」


「葉那が好きになれるのは女だけ。男である時点で、俺のことを好きになるなんてありえないんだ」


 ぽかんと小さな口を開く真白。言葉の意味を理解するのに、時間を要しているようだ。


「廣場さん……わたしと同じだったんですか?」


 面食らった真白は、驚きを抑え込むように口元を抑えた。


「んー、同じかって言われると、また違うんだよな」


「違う?」


「真白さんたちの場合は、ただ好きになってしまった相手が、女だったっていうだけの話だろ。一方葉那の場合は、俺が可愛い女の子と付き合いたい。そう思う気持ちと一緒で、最初から女の子しか好きになれないんだ」


「あー、そういうことだったんですね」


 納得したように真白は頷いた。その目には葉那への侮蔑は欠片も浮かんでおらず、ただ腑に落ちた様子だ。


「あの……そんな話、わたしにしてもよかったんですか?」


「うん。真白さんには迷惑かけたからって、このくらいは言ってもいいってさ。なにより君の人間性を葉那は信じてるんだ」


「も、もちろん誰にも言いません!」


「そっちの心配じゃない。この話を聞かされても、葉那のことを嫌な目で見ないってことさ」


「それも、もちろんです。守純さんはわたしと違うとは言いましたけど、事実だけを見ればやっぱり同じなんです。こんな近くに仲間がいたんだなって知れて、わたし、すごく嬉しいです」


 真白は心の底から込み上がる感動で顔を咲かせた。


「その、わたし……廣場さんとお友達になれますかね?」


「俺としては、おすすめしないな」


「やっぱりわたしなんかとは……ダメ、ですよね」


 途端にしゅんとした真白。俺なら大丈夫だと言ってくれているのを信じていたのかもしれない。


 彼女が思っている意味ではないから、その顔が少しおかしかった。


「なにせあいつは悪魔だからな。あんな悪魔が側にいたら、君の心が汚れてしまう。悪影響でしかない」


「ふふっ。お友達に対して酷い言いようですね、守純さん」


 俺がふざけているのだとわかって、すぐに真白の笑顔は吹き返した。


「昨日の騒動はさ、あの悪魔の悪ふざけがキッカケで起きたことだ。しばらくあいつの周りがバタつくかもしれないから、それが落ち着いたら紹介するよ」


「ありがとうございます、守純さん」


 新しい友達ができる喜びに、真白は顔を綻ばせた。


「あ、でも……」


「どうしたのかな?」


「廣場さんが守純さんのことを好きにならない理由はわかりました。でも、あんな魅力的な女性が側にいるのに、好きになってはいけないって……お辛くないんですか?」


 ふと浮かんだ疑念をこぼした真白。たしかに葉那が俺を好きにならないのと、その逆は別問題だ。これについては葉那の生い立ちに触れなければならず、それを話せないからこそ難しかった。


「そうだな……なんていうか、好きになっても報われないから、友達でいることを選んだんじゃない。ずっと友達でいるって決めたから、葉那は恋愛対象じゃなくなったんだ」


「好きになる前に、そう決めたってことですか」


「うん。実は俺さ、真白さんと付き合いたいってずっと思ってきた」


「……え、え」


 急な告白に真白は狼狽える。赤くした顔の可愛さに釣られて、口端が上がってしまう。


「でもそれは、真白百合という女の子を好きになったからじゃない。こんな可愛い子と付き合ってみたいってだけの……ちょっと嫌な言葉を使うなら、男の欲求、その矛先を向けていただけなんだ」


「あ、そういうことだったんですね」


 どこかホッとした様子の真白。俺に好意を寄せられるのが嫌なのではなく、折角できた友達が自分を好きであることに困ったのだろう。


「どれだけ理想的な見た目をしていても、葉那はその矛先を向ける対象にはならない。男友達のようなものなんだ」


「素敵なお友達のあり方ですね。わたしも守純さんとは、そんなお友達になりたいです」


 胸元で五指をあわせながら、真白はキラキラと夢見るような顔で語る。


 それっぽい話で納得させて本当に申し訳ない。俺と葉那のような関係を、真白と築くのは絶対に無理である。なにせこの友情は、葉那が男として生きてきた土台の上で成り立っている。真白のような可愛い女の子を恋愛対象から外すのは無理。我が欲求の矛先を真っ先に向けている対象だ。


 今日会う目的という名の些事を終えたところで、俺は本題に入ることにした。


「そういえば真白さんは、この後本屋に行くんだっけ?」


「はい。でも買うものは決まってないんです。なにかいい参考書などないかなって」


「そっか。だったら……」


 わざとらしく腕時計に目を落とす。


「その前に一緒ご飯でもどうかな? ほら、いい時間だしさ」


「わっ、本当ですか。是非ご一緒したいです」


 サプライズを喜ぶ子供みたいに真白ははしゃいだ。


 心でガッツポーズを決めると、今度は俺がサプライズを決められる番だった。


「あの、この後の守純さんのご予定は?」


「とくに目的はないよ。行き当たりばったりにぶらぶらするだけだ」


「もし、その行き当たりばったりに邪魔にならないのなら……わたしもご一緒していいですか?」


「もちろんだ」


 その意味を理解する前に、反射的に答えた。


 俺にぶらぶらにご一緒したいとは、一体どういうことか。悩んだ末に行き着いたのは、ご飯を食べた後も一緒に、街をぶらぶらするということ。まさにそのままの意味合い、そこに裏などない。


 つまりこれは、


「やった。お友達と休日を過ごす予定ができちゃいました」


 推しとのデートイベントが発生したのだ。

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