20 立場逆転
「でも、ヒコだって悪いのよ。ちゃんとクラスメイトと交流して、友達さえ作っていれば、守純愛彦はそんな人間じゃない。これが誤解だってみんなわかってくれるんだから」
「作るもなにも、人が寄り付かないんだ。神様に祀り上げられちまったばかりに……」
「だからさ、その前の時点で作ってこなかったのが自業自得なのよ。ただのパソコン博士で解決する問題なのに、それを信じるどころか話を聞いてくれる友達もいないじゃない」
それを言われたらぐうの音も出ず、怯んでしまった。
「覚えてる? スマ○ラで調子に乗って、誰も遊んでくれなくなった小学時代のこと」
もちろん覚えている。誰もが自称スマ○ラの名人であったあの時代。コントローラーひとつ壊したことのないクソガキ共に、社会の厳しさというものを教え込んだのだ。名人の中でも更に名人、別格扱いされていた田尻くんを何度も完封した結果、
「はい、クソ雑魚おつー」
「うっ、うっ……」
ついには泣かせてしまったのだ。
以来、あいつがいるとつまんない、と誰も俺を家に呼んでくれなくなった。手を差し伸べてくれたのは葉那だけである。
今思えば、子供相手に大人気なかったと反省している。スマ○ラのことになると熱くなるのは俺の悪い癖。雑魚狩りが楽しすぎたのだ。
「小学生にとって同性の子たちが遊んでくれないって大事件よ。それも気にせず、女子とばっかいるようになって。後ろ指さされて笑われても、屁でもないって顔してさ」
「まあ心の中で、彼女たちの価値もわからんクソガキ共め、って嘲笑ってたからな」
「でもいつの間にか、その女子とも距離を置いたじゃない。あれはなんだったの?」
「俺の目が怖いって、女子たちが担任に相談したんだ。遠回しに女子と距離をおけって言われちまった」
「……その意味、今ならわかるわ。で、そうやって女子からも相手にされなくなったのに、それでもなんてことのない顔してたじゃない」
「どうやれば担任とのおねショタができるかばっか考えてたからな」
「中学に上がってからも、私以外友達いなかったのに同じ顔してさ。クラスで孤立してるのに、なんでここまで平然としていられるか。ずっと不思議だったわ」
「あのときは数学のさやか先生といい感じだったからな。たとえクラスで孤立してても、そっちで報われればおつりがくる」
「そうやってクラスメイトとの交流よりも、先生の好感度を上げることばかりかまけてきた。高校に入ってからも、さつき先生の胸ばかり追い求めてさ。クラスで友達を作る努力をしようとしないで、また同じことを繰り返してる」
「し、仕方ないだろう。世間の流行りの映画やドラマなんてのは、俺にとっては過去の産物。ヒットチャートにいたっては、ただの懐メロだ。それで盛り上がってる輪に入って、共感することなんて俺にはもうできない。今どきの若い子がなにを考えているのか、マジでわからないんだ」
「人生二周目が聞いて呆れるわ。ヒコのそれは、相手を理解することを初めから諦めてるだけじゃない。たとえつまらなく見えても、それを大事にしている相手に興味を持つ。そんな簡単なことができないのは、ヒコ自身がクラスメイトに興味がないから。心を繋げるよりも、身体が繋がることばかり追い求めてきた結果が、今のあんたよ」
「ぐ……ぐぐ」
反論できる余地が微塵もないほどの正論だ。こんな仕打ちはもう、ただのロジハラではないか。
「うん、改めて考えたら私って、やっぱり悪くないわね。謝って損したわ」
ポン、と葉那は手を叩いた。完全に怯んでいる俺を見て、自分のやってきたすべてを棚に上げ始めた。
「三十三年も生きてきた記憶をもって、小学生からやりなおした。そんなアドバンテージを持ってるのに、なんで堅実に彼女のひとつ作ろうとしないの? 大人の経験値があるなら簡単じゃない」
「それ……は」
嫌なところを突かれて顔を背けてしまった。
それなのにニヤニヤしているその顔が頭に映し出されている。
「あー、そうだったそうだった。ヒコってば女の子の経験値がゼロの、よわよわな大人だったんだもんね」
「やめて……それ以上は、言わないでくれ」
心が軋んだ音が口から漏れた。でも、その音こそが悪魔の好物のようだ。一口で足りるほど悪魔の胃袋は小さくない。
「心は大人のくせに女の子の扱い方がわからない。だから大人の女に逃げたのよね? 女の子を知らないだめだめでよわよわな大人だから、先生のレッスンでも受けたかった?」
悪魔は的確に心の闇をついてくる。
いたたまれずにいる俺の顔を、悪魔は下から覗き込んできた。
「けどね、当時の担任も、さやか先生も、そしてみつき先生も、ぜーんいんヒコより年下なんだよ?」
悪魔は心からの愉悦を感じながら、口に平手を添えた。
「そんな相手に子供の真似して取り入ろうなんて、ヒコってばなっさけなーい!」
「も、もう止めて! 止めてくれ……」
「そんな惨めな男だから、私以外友達がいないのよ」
「い、いるもん、友達……真白さんがいるもん!」
「そうだった。ヒコってば友達ができたんだった。でも、そこから先はないよね?」
その目は俺の下腹部を見た。かつて自分を失ったものを目にしながら、悪魔は憐れむように、そして悦ぶように鼻で笑った。
「それを使える予定はないんじゃないの?」
「コロシテ……モウコロシテ……」
「三十三年間、日の目を見ずに終わった未使用品。これからも一生、使い道なんてない。一生童貞。ざーこ、ざーこ」
両手で作った輪を通して、悪魔は心ない言葉を浴びせかけてきた。
そんな姿の悪魔に、俺は慄き震えた。ただ、ひどい言葉をかけられたからではない。
メスガキの概念を知らないはずの悪魔が、メスガキ化したからだ。
どういうことかと戸惑ったが、すぐそれに思い至った。
成長したんだ。自分のことを棚に上げて、すべての問題を押し付け、俺を煽り倒せる
「俺が手を出せないと思ってイキりやがって」
よりにもよってメスガキ化とはいい度胸だ。
「言っとくがな、俺は女体化した友人もので散々抜いてきた男だぞ」
「へ……?」
「悲劇のヒロイン扱いされて満たされた? いいだろう。だったら俺が、おまえを
メスガキの両肩をがっしり掴んだ。
いきなりの立場逆転に、メスガキの皮を被っていた悪魔は動揺した。
「ま、待って、待って。ヒコは……いつも言ってるじゃない。かわいそうで抜けるのは、二次元とAVだけだって」
「そうだな。リアルでかわいそうはさすがに抜けない」
「だ、だったら――」
「安心しろ。おまえはかわいそうでもなんでもない」
「ひぃ!」
逃げ道がないことを悟って、葉那は喚いた。
嫌だ嫌だとする身振りを、がっちり両肩から押さえつける。非力な身体では男に勝てない。それを身体にわからせて絶望させるのだ。
「待ちな愛彦」
「あ、おばさん、助けて!」
救われる道はあったと、葉那の顔には希望が宿った。
「母ちゃん、初孫は女の子がいい」
「OKマイマザー。十月十日後を楽しみにしてくれ」
希望はあっさりと打ち砕かれ、その目からは光が失われた。まさかリアルでレイプ目を拝めるとは思わなかった。
いいものを見られたと笑いながら、葉那の二の腕を掴んだ。
「来い、メスガキが! 大人に舐めた口を利くとどうなるか、たっぷりとわからせてやる!」
「やあああああ! 三十八歳の童貞だけは絶対にいやああああああ!」
この後、メチャクチャわからせた。
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