22 推しとのデート

 失って初めてそれが大切なものであったと気づいた。とまではいかないが、スマホの偉大さは失って初めて気づいた。


 どこが美味しい店なのか。はたまた明らかな地雷なのか。出先でその判断を下すとき、スマホに頼り続けてきた。いざ女の子とランチをするとき、どこへ向かえばいいのか。その道標が失われたのだ。


 でも、今回ばかりはそれがよかった。


 まずはどこでご飯を食べようか。ぶらぶら道中ランチ探索が始まったのだ。


 真白と肩が触れ合う距離で、早速ぶらぶらと始めた。こうして歩いているだけで楽しいと示すように、真白は終始ニコニコとしている。


 今求められているのは男としてエスコートではない。友としての共感性である。


「あ、守純さん、あのお店とかどうですか?」


「ん、どれどれ?」


「あの黄色い看板のラーメン店です。いっぱい並んでいるってことは、きっとすごい美味しいお店なんでしょうね」


「あー……あれかー」


「わたし、お店でラーメンって食べたことないんです。ひとりじゃ中々入りづらくて……男の子が一緒にいるなら大丈夫かなって。どうでしょうか?」


「いや、止めておこう。なにせあの店の客は軍隊のような規律を求められる。私語は厳禁。ふたりで入店しても、隣に並ぶなんて甘えは許されない。食べるのが遅いとお店の回転効率の低下と、ロットを乱したとされギルティを食らう。なんというか、遊びじゃないんだよな、あそこは」


「そ、そんな怖いお店なんですか……?」


「なんでもこんなのが出てくるらしい。さすがの俺も怖くて、あの店には足を踏み入れたことがない」


 どんぶりの上に積み上がるチョモランマを手で表現すると、口元に両手を当てるほどに真白は驚いた。からかい半分、本音半分。真白のような子を連れて、きゃっきゃうふふできる店ではないのは確かである。


 そうやってああだこうだと、会話を楽しむこと二十分。結局ハンバーガーチェーン店に落ち着いた。休日の昼時で混み合っていたので、注文は俺ひとりで行って、真白には席の確保をお願いした。


「守純さん、こっちです、こっちー」


 混み合っていてもよく通る声で、主張高らかに真白は手を振った。その声に引き寄せられ、チラ見した多くの男たちは二度見した。アイドル顔負けの美少女に目を奪われたのだ。そこに俺が颯爽と現れると、あの男が彼氏なのかと羨ましそうかつ、嫉妬の視線を浴びるのだ。


 今日も溢れんばかりに器は満たされて、その中でじゃぶじゃぶと水遊びに励んでいた。


「ありがとう、席を取ってくれて」


「守純さんもありがとうございます。代わりに並んでもらってしまって」


 真白が取ってくれたのは、道行く人たちを覗ける窓際席だ。チラッとこちらを見た人たちは必ず二度見してくる。水遊びが楽しくて仕方ない。


 真白が注文したセットのトレイを渡す。内容は超絶エビバーガー、フライドポテト、アイスティー。一方俺は、至高のチーズバーガー、オニオンリング、アイスコーヒーだ。


「ん。美味しい」


「人の食べているのを見ると、ついそっちにしたらよかったってなるな」


 そう言ってチーズバーガーを一口食べると、


「でしたら、一口どうですか?」


 真白はエビバーガーを差し出した。どうですかと言いながら、食べさせるのは決定事項なのか。欠けた部分を向けてきた。


 ハンバーガーでのあーんである。


 無垢なる微笑みが眩しすぎて、この情欲の浅ましさに恥じ入ってしまった。こんな信頼のすべてを委ねてくれる真白を、今日まで性的搾取してきた自分がただただ情けなかった。


「うん、こっちも美味いな。よかったらこっちもどうかな」


「はい、いただきますね」


 それはそれとして、喜んで頂かしてもらった。なによりの美味なスパイスは、彼女の食べかけというトッピングである。


 その後もポテトフライとオニオンリングの交換であーんをし合ったり、至福の時間を過ごしていた。席を立つ最後まで、


「あ、守純さん口元汚れたままですよ」


 とナプキンで拭ってくれたのだ。まさに俺たちはこの店内に舞い降りたバカップル。浴びせられた嫉妬が気持ちよすぎた。


 食後もぶらぶらと街を歩いた。真白の目的でもあった本屋に寄れば、参考書から話が咲いて今度一緒にテスト勉強をすることになった。たい焼きを見つければ半分にして分け合った。ゲームセンターでは目を輝かせた真白と、全フロアを横断した。結局やったのはレトロゲーで、ひとつの筐体で肩を寄せ合い興じていた。


 とにかく幸せいっぱい夢いっぱい。こんな青春を送りたいだけの人生だった、を今この瞬間真白が叶え続けてくれたのだ。


 そりゃUFOキャッチャーを覗いて、「この子可愛い」と言われれば連コインもするだろう。真白にはいいですからと止められたが、これで取らねば男が廃る。店員を呼んで場所をずらしてもらいながらも、なんとか三千円をかけてゲットすることができた。


「よかったら貰ってくれないか?」


「守純さん……ありがとうございます」


 顔がキョトンとしているラッコの人形を、真白は抱きしめ笑顔を咲かせた。


 これを見られただけでも三千円の価値はあった。ヒィたんに費やしてきたものと比べれば安いものだ。


 そろそろ帰ろうかと一階に降りたところで、真白はふと足を止めた。


「守純さん、あの」


「どうしたんだい?」


「あれ、一緒に撮ってくれませんか?」


 真白の指差すほうを見ると、写真シール機の筐体があった。


 どうやら推しと写真撮影できるイベント、チェキ会が発生したようだ。


「もちろん、喜んで」


「やった」


 真白は手を合わせて喜んだ。


 早速筐体の中に入ると、真白はショルダーポーチからサイフを取り出そうとした。


「いいよ、俺が出すよ」


「いえ、わたしに出させてください」


「さっきのお礼だっていうなら――」


「これはお礼なんかじゃありません。わたしが守純さんと一緒に撮りたいんです」


 だからというように、真白は微笑んだ。


 そんなことを言われたら、もう俺にはなにも言えなかった。ただこの幸せを享受する。それが彼女のなによりの望みだから。


「ほら、もっと寄ってください守純さん」


 お金を入れて設定した真白は、俺の腕に手を回した。


 目の前の画面には、腕を組んでいるカップルが映し出されていた。それ以外なにものでもない光景が広がっていたのだ。真白ははにかみながらピースをして、恋人との時間を幸せそうに過ごしていた。


 俺もこんな恋人ができて、本当に幸せであった。


 百合を必ず幸せする。恋人との幸せな時間を噛み締めながら、改めて誓ったのだ。そう、伝説の樹の下で百合に告白して、気持ちが通じ合ったあの日のよう――


「あ……」


 最後のポーズを決めるとき、現実を思い出してしまった。


 真白百合は俺の恋人ではない。ただの推しである。


 今日一日、あまりにも幸せな時間過ぎたから、つい現実を忘れてしまっていた。


 真白には愛する人がいるのだ。どれだけ彼女を想おうが、その気持ちが報われることはない。


「真白さん、最後は親指を立てて貰っていいかな」


「わかりました」


 真白は俺の頼みを聞いて、親指を立ててくれた。


 俺はそんな真白の親指に、とある形を手で作り合わせた。


「守純さん。言い出した本人が、手の形間違ってますよ」


 プリントされた写真を見た真白は、おかしそうに吹き出した。


「いや、なにも間違ってない。これでいいんだ……これで」


 最後のポーズ。親指を立てている真白の隣で、俺の手は半分のハートマークを作っていた。これ以上ない、俺たちの関係を表している写真であった。


 腕を組まれて有頂天になってしまったが、あれはきっと、かつて上透と写真を撮ったときにされたことだろう。真白の友達との接し方は、上透に学んできたもの。それを実践されて、つい舞い上がってしまった。

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