03 制服デート

 それからはあっという間だ。クラス替え初日のようなノリで、三人は歓談しながら打ち解けていった。女三人寄れば姦しいとまでは言わないが、少なくとも男子の入る隙間はないようだ。


 会の主催者たる俺は、まるで蚊帳の外。でも、疎外感を覚えたわけではない。覚えたのは肩の荷が降りたような安心感だ。葉那と里梨は放っておいても上手くいくのは見えていたが、百合のことはやはり心配だった。


 なにせ百合が入学時からひとりであり続けた原因は、クラスメイトとの歓談、お喋りが不得意なコミュ障である。圧倒的な経験値不足により、クラスメイトとのコミュニケーションが上手く取れないでいた。


 そんな百合が葉那相手にやっていけている。それは単純に、里梨と俺から経験値を稼いだ成果だけではないだろう。相手と仲良くなりたい、相手のことを知りたいという強い思いが生み出したのだ。


 ふと、かつての葉那の言葉を思い出した。


『人生二周目が聞いて呆れるわ。ヒコのそれは、相手を理解することを初めから諦めてるだけじゃない。たとえつまらなく見えても、それを大事にしている相手に興味を持つ。そんな簡単なことができないのは、ヒコ自身がクラスメイトに興味がないから。心を繋げるよりも、身体が繋がることばかり追い求めてきた結果が、今のあんたよ』


 やっぱりあの仕打ちは、ただのロジハラだったな。


 今の百合を見ていると、強く身にしみてきた。


「あ、そういえばさ」


 三人の背中を追いながら横断歩道を渡り終えると、葉那がふいに言った。


「なんで今日って制服なの?」


 葉那は百合から里梨に目を移していき、そして最後に自分の姿に目を落とした。


 今日の格好は俺を含めて全員、百合ヶ峰指定の制服である。


「昨日になって、ヒコに言われたからとりあえず着てきたけどさ」


「私も私も。よくよく考えたらなんでだろ」


「この後なにかあるんですか、愛彦くん?」


 疑問に満ちた美少女三人の瞳が、一斉に振り返ってきた。


 逃げるように目を逸らす。咄嗟にこんな行動を取ったのは、後ろめたいことがあるからだ。少なくとも葉那はそれに気づいただろう。


「ったく、余計なことに疑問を持ちやがって」


 だから取り繕うことなく舌打ちをした。


 葉那はそれだけで答えにたどり着いたようだ。呆れたように眉をひそめた。


「なるほど、ふたりの制服姿が目的なのね」


「私たちの制服姿? 私服が見たいならわかるけど……」


「制服だったら、学校でいつも見てますよね?」


 理解が及ばぬ俺の真意に、里梨と百合は不思議そうに首を傾げる。


 純粋なふたりの目を前にして、俺はこれ以上邪な思いを隠し続けるのを諦めた。


「俺は一度でいいからさ、制服デートをしてみたいんだ」


「制服デート、ですか?」


 百合は復唱するも、その目はピンときていない。


「ほら、私服でデートなんて大人になってもできるけど、制服を着てデートできるのは学生の内だけ。人生でたった六年間だけ許された、期間限定のイベントなんだ」


「大人でも着ようと思ったら着れるでしょ。人前に出られる度胸さえあればだけど」


「それはただのコスプレデート。制服デートとは別物だ。学生が制服を着ていることに意味があることくらい、文脈で理解できるだろ」


「お金払えば相手してくれる子なんていくらでもいるでしょ」


「食い下がってくるな!」


 ハッキリとはねのけると、葉那は納得いかないと渋い顔をする。


 いつもであれば乗ってやるところだが、TPOというものがある。ここで汚い男の欲望話で盛り上がろうものなら、やっぱりマナヒーはエロ神様だねと言われるのがオチである。


「俺はそんないかがわしい交際をしたいんじゃない。手を繋ぐだけで満たされるような、甘酸っぱい青春を味わってみたいんだ」


「ドラマやマンガみたいな青春を経験したいってこと?」


「そうだ。里梨も青春的なシチュエーションに憧れたことはないか? たとえば……ママチャリの荷台に乗って、男子と二人乗りとか」


「あ、なんかわかるかも」


「俺にとってそれが、好きな子との制服デートなんだ」


 得心がいったように里梨は両手を合わせた。


「そういった憧れがさ、一度でもいいんだ。叶えることさえできたら、大人になったとき青春を満喫している若い子たちを見て『俺にもこんな時代があったな』って微笑ましく思えるんだろうな。……でも、そういった経験が一切ないとな、まず生まれるのが嫉妬なんだ。そして学生時代に戻れない現実に、『どこで人生失敗したんだろ……』って思いながら寝る前にあのときああしていたら、こうしていたらとぐるぐるぐるぐるぐるぐると考えちまうんだ。朝起きたら小学生の頃に戻ってないかなー、異世界転生しないかなー、って現実逃避がクセになって……それが毎日毎日毎日毎日毎日続いて、気づけば家での口癖が『あー、死にて』になってるわけだ」


「ま、愛彦くん?」


「ま、マナヒー?」


「ん、なんだ?」


 百合と里梨の動揺した声に、微笑み返した。


「その……大丈夫、ですか?」


「やけに実感がこもってるようだけど……」


「なに、かつてそんな男がいたから、同じ轍を踏みたくないってだけの話さ」


 危ない危ない。弱者男性時代の闇が漏れ出してしまった。


「つまり青春時代に満たされなかった感情を成仏させたいわけね」


「ま、そういうことだ」


 葉那の的確な表現に頷いた。


「でも今日は四人もいるのよ。デートにならなくない?」


「正直、制服デートの夢はもう諦めてる」


「あれだけ熱く語っておいて?」


「百合と里梨に沼りすぎて、彼女の前に他に好きな子ができる気がしない。そしてこのままでいいと思ってる自分がいるんだ」


「言ってる側から、同じ轍を踏んでるじゃない」


「いやー、推し活が満たされすぎるのも考えものだな」


 ヒィたんにガチ恋しているときのことを差しながら、葉那は呆れたように口元を歪めた。


「好きな子と制服デートができないならせめて、好きな子たちと制服のお出かけで思い出を作りたかったんだ。ふたりともごめん、騙し討ちをするような真似をして……」


「いいんですよ愛彦くん。みんなでお揃いの格好でのお出かけは、わたしにとってもいい思い出になりますから」


「そうそう。みんなお揃いでいいじゃん。特に百合ヶ峰うちの制服は可愛いし。こういうのは全然ありあり」


「ふたりとも……ありが――」


「マナヒー、財布を出そうとしないで」


 おっと、無意識の内にボディバックのチャックに手をかけていたようだ。感謝を赤色で示し続けてきた三年間のクセは、簡単に抜けないようだ。


 そんな俺たち三人を見ていた葉那は苦笑した。


「百合も里梨も、ほんとヒコに心を許してるわね。ヒコがふたりに向ける感情は、普通だったらドン引きものよ」


「ま、こういうところを含めてマナヒーの味だからね。悪い気はしないかな」


「初めてお友達になったときからずっと、愛彦くんは愛彦くんですから」


「そう。だったらその内一回ずつ制服デートでもしてあげて。そうしたらこの青春に囚われた地縛霊も、成仏すると思うから。そういう意味では、ヒコに真っ当な人生を歩ませてあげられるのはふたりだけね」


「百合。どうする?」


「里梨が許すことはなんでも許しちゃいます」


「だってさ。マナヒーの青春が報われるかは、全部私の手のひらの上だって」


 百合と里梨は顔を見合わせた後、こちらに向かって含みのある笑みを向けてきた。


 そんな里梨に向かって、葉那は口元をニヤニヤさせた。


「ヒコのことだから、お礼に諭吉数枚もらえるかもよ」


「マナヒーは本当に出してくるから怖いんだけど」


 里梨は苦い顔を浮かべた。


「あのなー、さすがの俺もそんなことだけはしないぞ」


「あら、以外ね。ふたりとデートできるならバイトを始める、くらい言うと思ってたわ」


「女子高生に制服デートをしてもらうためにお金を払うとか、まるでレンタル彼女……いや、パパ活じゃないか。俺の欲望を叶えるために、ふたりをパパ活女子にするわけにはいかないだろ」


「またわけのわからない言葉を使ってるわねね」


「ああ、すまんすまん。まずパパ活っていうのは――」


「説明しなくていいわよ、どうせろくでもない言葉なのはわかるから」


 煙を払うように葉那は手を振った。


 たしかにお花畑の妖精のようなふたりの前で、口にしていい言葉ではなかった。イチゴといえば一万五千円な汚れた大人の世界を知るには早すぎる。いや、一生知らなくていい。ふたりにはずっと、苺は美味しいね、とだけ笑っていてもらいたいのだ。

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