20 あまりにも酷すぎる
俺が人の道を踏み外し、神という枠に祀り上げられてしまった最大の敗因は、葉那以外の友達がいないことにある。
ワンクリ詐欺に引っ掛かり、絶望の淵に立たされてきた者たちに、見返りを求めず救いの手を差し伸べ続けてきた一学期。俺の救済は百合ヶ峰中に知れ渡り、男子から多くの感謝や敬仰を集まると同時に、女子の間でそれ以上の嫌悪と侮蔑が蔓延することとなった。えっちなものに詳しすぎる男は、女子にとってそれだけで吐き気を催す汚物であり、コミュニティからの迫害対象なのである。
知らぬ内に百合ヶ峰のエロ神様に祀り上げられてしまったわけだが、こちらの言い訳も言い分も、彼女たちの耳には届かない。それこそ神がどれだけ意思を示し、言葉を尽くそうとも、人の身ではそれを解することができないのだ。
神が示した意思や言葉を一般民衆に広めるのは、いつだって巫女のような存在である。かの者は祟り神でもなければ穢れ神などではない。悪しきものの罠にかかり、絶望した無辜の民を捨て置けないだけの、善良なる賢者なのだと。
守純愛彦は、本当は不本意な神の座に祀り上げれてしまったただけの男の子にすぎない。俺を恐れる女子たちにたった一言、「守純はただのパソコン博士なだけだよ」と伝えてくれる男の友がいれば、俺は今頃スクールカーストから弾かれた神ではなく、ただの百合ヶ峰一の優等生男子として、日夜女子たちにちやほやされた先で、上透里梨という最高の彼女を得られたはずだった。
それは決して幻想ではない。守純愛彦一軍男子ルートは、たしかにあったのだ。
入学式の次の日、俺は百合ヶ峰三大一軍陽キャ男子たちと盛り上がり、たしかな手応えを得たのだから。そしてその放課後に、人の道を踏み外す、最初の間違いを選択してしまったのだ。
◆
学園生活二日目。
早速今日から授業が始まるということはなく、新入生オリエンテーションが行われた。
一時間目は体育館に集められ、改めて入学おめでとうから始まる学園長たちからのありがたい激励のお言葉。二、三時間目はみつき先生からの挨拶や紹介などを受けた後、クラスでの自己紹介タイムが行われた。
そして四時間目。今年度から共学化したということで、百合ヶ峰学園生としての心構えや注意事項などのガイダンスを、男女別で行われた。社会の常識を照らし合わせて、当たり前のことを当たり前に聞かされるだけの、面白みを見出すのは難しいガイダンスであった。
残り五分を残して、ガイダンスは終了した。チャイムが鳴るまで視聴覚室を出るなと告げられたが、お喋りまでは止められなかった。ちらほらと周囲から声が上がる中、俺はひとつの会話に聞く耳を立てていた。
後方と、通路を挟んだ右と斜め後ろにいる三人の会話だ。別段気になることを話しているわけではない、ただの世間話だ。
「ってなわけよ。信じられるか?」
「マジかよ」
「ひっでーな」
ガイダンスを進行していた教師は先立って退室していたから、盛り上がる声に遠慮はない。愉快な男子たちの交流である。
なぜ、ボケっと頬杖をつき時計を眺めたふりをしながら、彼らの会話に聞く耳を立てているのか。理由は単純明快。混ざれるキッカケを探っているのだ。自らに課した百合ヶ峰最初のミッションは、彼らと仲良くなるである。
なにせ彼らは揃ってイケメン。俺が川で拾った形のいい石を磨き上げた物だとするなら、彼らは正しくカッティングされたダイヤモンドである。己の輝きを正しく理解しており、自信が立ち居振る舞いに溢れている。
各々の中学校で、一軍陽キャ男子のトップを勤め上げたに違いない。全員別クラスで初対面であるにも関わらず、もうこうして打ち解けている。これが一軍陽キャのコミュ力かと、恐れ慄いてすらいる。
彼らと仲を上手く築くことができれば、俺の学園生活は間違いないものになる。特に長城はクラスメイトだ。彼と仲を深めれば、クラスの二番手という地位は約束されたようなものだ。
絶対彼らと友になりたい。ただ、中学時代の失敗もあることから、二の舞いにならないよう気をつけなければならない。安易な猥談にはもう、釣られないと固く誓っている。
慎重に聞く耳を立てていると、思いがけない言葉があがった。
「あ、そういやさ、守純って男子、どっちかにいたりしない?」
「うちにはいないな」
「あ、いるいる」
長城が今にも手を上げそうな声で言った。
「守純っていったら、うちのクラスの奴だわ」
「へー、どんな奴だった?」
「どんな奴って――おっと、こんな奴だ」
長城は手間が省けたような声を出す。通路を挟んだ隣の席から、片手でこちらを指し示している。
仲良くなるキッカケを掴みたいとは思っていたが、こういうふりは望んでいなかった。呼ばれた理由に思い当たりがないと臆してしまう。
ただこう示されてしまったからには、すぐに応じなければならない。ここでびくついた態度を見せれば、陽キャの仲間に入ることはできない。
「俺が紹介に預かった守純だが……どこかで会ったっけ?」
俺の名を訪ねた陽キャに振り返る。
まさか目の前にいたとは思わなかったのか。かの陽キャは、心の準備ができていないような笑いを取り繕った。
「あ、おまえがあの守純だったのか」
「あの……?」
嫌な予感が片眉を上げた。
「ひとつ下の従兄弟がさ、守純と同じ中学なんだよ」
「ひとつ下の後輩に顔見知りはいないな」
「一方的に向こうが知ってるだけだ。うちの中学から守純ってやば――凄い奴が百合ヶ峰に行くらしいって聞いたんだ」
今、『やばい』と言おうとしなかったか?
「なんでも守純って、三年間ずっと学年一位だったらしいじゃん。どんなガリ勉なんだろうって思ってさ」
「へー、すげーな守純」
「全然そういう風に見えねー」
「見えなくて悪かったな」
長城を横目で見た。
「なに、いい意味でだよ、いい意味で」
「さてはおまえ、失言したときいつもそうやって切り抜けてきた口だな」
「あ、バレた?」
わざとらしい顰め面を作ると、長城はおかしそうに笑った。
歴戦の陽キャ相手に、俺はしっかりついて行けている。このまま上手くいけば、一軍男子の仲間入りだ。
そんな自信がついたが、まだ油断はできない。
ただの勉強ができる凄い奴、とだけ伝えられていないのは明白だ。俺のいないところで長城たちに、『あのときは本人がいたからああ言ったけど、実は――』と話されたら俺の一軍男子の道は閉ざされる。
こうなったら自分から切り込むしかない。
「長城とは後でゆっくりお話し合いをするとして――ええ、っと」
「ああ、
「俺は
名前を知らず言い淀むと、永峰と名川は名乗ってくれた。
「おう、よろしく。――それで永峰、さっきヤバい奴、って言おうとしただろ?」
「う……あ、ああ。従兄弟からそう、聞いててさ」
本人の前でヤバい奴とハッキリ口にするのは、さすがに憚れたのか。永峰は居心地悪そうに頭を掻いた。
「ヤバい奴?」
「どういうことだ?」
なにも知らぬ長城と名川は不思議そうな顔をする。
「俺のこと、なんて聞いてるんだ?」
「それは、その……」
「自分から聞いといて怒らんから話してくれ。その後でちゃんと、こっちの言い分も話すから」
「まあ、本人がそういうなら。――三年には守純ってヤバい奴がいて、すべての生徒から嫌われてる。とくに女子からの評判は最悪。守純に声をかけるのはもちろん、声をかけられただけで女子の敵認定される。守純の同類とみなされたくなければ、守純には決して近づくな。とにかくヤバい奴だから。本当守純と関わることだけはヤバいから。――と、誰かに教えられたわけでもないけど、気づけば学校中のみんなにそう伝わってるらしい」
「なんだその語彙力ゼロの伝わり方は。それで学校中の嫌われものとか、俺が可哀想すぎるだろ」
そんな風にふわっと伝わってるだけで、俺は後輩たちからヤバい奴扱いされているのか。あまりの酷さに愕然とした。
永峰は眉をひそめた。
「守純……おまえ、女子になにかしたのか?」
「なんもしてねーよ」
「いや、この扱いでなにもしてないはないだろ。まさに学校の問題児だ」
「言っとくが俺は、教師たちからは一番の優等生扱いだからな。でないと百合ヶ峰に受かる前に、まず推薦を貰えないだろ」
「それもそうだな」
俺がここにいる意味をわかってくれたのか、永峰は納得げに顎を擦った。
名川は頬杖をついたまま、こちらに目を向ける。
「結局、なんでヤバい奴扱いされるハメになったんだ? なにか深いわけでも?」
「深いどころか、つい躓くような浅い浅い話だよ。猥談で盛り上がってるのを見たら、女子はどういう反応すると思う?」
「男子ったらサイテー。しんじらんなーい。あいつらと関わるのはやめとこー」
長城が中途半端な裏声を出した。
「俺だけが、そんな目にあったんだ」
「は?」
「その手の話に何度か混ざっただけでさ、俺に話しかけられた奴はそういう話をしている奴、と女子の間で広まったんだ。以来俺は、男子からも避けられるようになった」
「いくらなんでも、それは可哀想だろ……」
長城は信じられない顔をする。
「わかってくれるか。 そう、俺は可哀想なんだ」
「でも、本当にそれだけなのか?」
半信半疑とまでは言わないが、まだあるんじゃないかと永峰は聞く。
「永峰」
「なんだ?」
「……無修正は、嫌いかい?」
「そんなの嫌いな奴とかいるのか?」
永峰は不思議そうに問い返してきた。下半身に素直で結構である。
「じゃあ、インターネットでその手の画像の手に入れ方を、手ほどきしてくれる奴のことはどう思う? しかも見返りは求めない」
「そんな神のような存在がいたら、拝んてみたいものだな」
「当時一年だった俺は、先輩たちにとって神のような存在だったんだ」
「神は目の前にいたのか」
目を見開きながら永峰は感嘆する。
名川は目を細めながら言った。
「だったら、先輩たちから可愛がられたんじゃないか? 後輩にそこまでヤバい奴と伝わるほど、大事になならないような……」
「たしかに先輩たちからは感謝された。それこそ俺の名が、先輩たちの間で知れ渡るほどにな」
「だったら」
「女子の間にもだ」
「あ……」
「以来俺に話しかけた奴は、そういうものを求める奴だと認識されるようになった」
「酷い……あまりにも酷すぎる……!」
悲劇を目の当たりにしたように、名川は顔を覆った。
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