21 最高の仲間

「学年中の男子の輪からは弾かれ、女子からは汚物のような扱い。そして後輩たちには語彙力ゼロのふわっとした風船のような伝聞が広がっていった。かくして友と語らい、見返りを求めない善行を積んだだけの守純少年は、学校中の生徒から孤立してしまったとさ。ザ・エンド」


「なんて残酷なお話なんだ……!」


 永峰は目頭を押さえている。


 苦いものを口にしたように、長城は唇を歪めた。


「しかし酷い話だな……女子はしょうがないとしても、男子も薄情な奴らばかりだ」


「みんなで楽しんでやったバカのツケを、守純ひとりに押し付けたようなものだろ? そんな生贄みたいな真似、俺だったらさすがにできんな」


「ほんとほんと。俺だったら守純みたいな奴は、絶対放っておかないけどな。おまえみたいなのがいたほうが、学校は楽しいだろ」


 心から俺の境遇に同情し、怒りすら覚えてくれる三人。これが本物の一軍男子。顔がイケメンなら、心までイケメンなのかと感動すら覚えた。


「ありがとな。でも、男子たちの気持ちもわかるんだ。ちょっと仏心を出したつもりで、教室での居場所を失うかもしれない。村八分に怯む心を弱いと責めるのは、さすがに酷だからな」


「守純、それはちょっといい奴すぎないか。シャレにならんイジメにあってるようなもんだろ」


 眉をひそめて永峰が言う。


「ま、俺のメンタルは大人並だからな。ただの無視で済んでいる内は、ノーダメみたいなもんだ。なにより先生方は、ちゃんと俺のことを評価してくれていたからな」


 強がりでもなんでもない、本音の思いを口にした。


「元々百合ヶ峰だって、さやか先生――俺のことを気にかけてくれていた先生が、今年度から共学化するからってどうだって教えてくれたんだ。同じ中学の奴がいない新天地なら、真っ白からスタートできるだろって」


「特に男子は、低レベルな人間は受からないしな。やり直すならうってつけな場所ってわけか」


 得心したように名川が言った。低レベルな人間とは、学力などのことではない。人間性を指してのことだ。共学化一年目だからこそ、そういった面は重視されている。


「お世話になっていた先生が、そこまで言ってくれたんだ。俺のことを誰も知らない新天地を求めて、こうして百合ヶ峰の門をくぐったというわけだ」


「それが建前というわけか」


「は?」


 長城からそんな風に言われて、口をポカンと開けた。


「建前って、なにがだよ?」


「自分のことを誰も知らない新天地を求めて、わざわざ選んだのが百合ヶ峰? たしかに理由のひとつではあるかもしれんが、そんなのはおまけだろ?」


「おまけって……他にどんな理由があると思ってるんだ」


「ここは部活の強豪校でもなければ、いい大学を目指すための進学校ってわけでもない。家が近いというだけで、ここでいいやって選ぶような場所でもないだろ。男がわざわざ百合ヶ峰を選ぶ理由なんて、たったひとつしかない」


「ひとつって、一体なにが――」


「無修正を先輩たちにもたらした神が、今更かまととぶるなよ」


 すべてはお見通しだと、男の顔が言っていた。


 中学校での過ちを繰り返すまいと、俺は猥談に首を突っ込まないよう己を律してここにいる。しかし陽キャの一軍男子から、ど真ん中ストレートを投げ込まれた。俺の半分も生きていない少年が、こうして欲望をむき出しに見せてきたのだ。ここで日和るのは失礼どころか無作法である。


「そうだ。新天地でやり直したいなんて、そんなのはついでだ。俺は……女の園を求めてここにきたんだ」


「違うだろ、守純」


「え?」


「俺たちは女の園を求めてここに来たんじゃない。女の園に足を踏み入れるのを許された、希少な男子になるためここに来たんだろ?」


「そうだ、そのとおりだ。俺は貴重な男子として、女子にチヤホヤされたいからここまで来たんだ」


 やっと本音を晒してくれたなと、差し伸べられた長城の手を握った。


 温かい。これが男の友情か。


「おまえたちだってそうだろ?」


「当たり前だ」


「むしろそれ以外の志望理由があるなら、教えてもらいたいもんだ」


 長城から目を向けられた永峰と名川が、男らしいイケメンの笑顔を晒していた。


 握手を交わしていた手を離すと、長城は視聴覚室内の男子たちを見渡した。


「そんなものに興味がありませんって顔をしながら、皆同じ理由でここにいる。まさに俺達は、同じ欲望こころざしを持つ仲間だ。


 だから守純、中学時代は大変だったかもしれないが、これだけは覚えておいてくれ。少なくとも俺は、みんなで散々楽しんでおいて、いざなにかあったとき、ひとりに全部押し付けるような真似だけはしない」


「長城……」


「もちろん、俺もだ。数少ない男同士、仲良くやってこうぜ」


「名川……」


「無修正の手に入れ方を手ほどきしてくれる神を、俺は絶対見捨てたりはしないぞ」


「永峰……」


 目頭が熱くなってきた。


 本物の一軍男子はここまで情に厚く、仲間を大切にする生き物なのかと初めて知った。そしてそんな彼らの仲間として扱ってもらえる今の自分に、誇らしさすら感じている。


 中学校の失敗は、ただ運が悪かっただけ。自分の取った行動事態は、間違ったものではなかったと肯定されたようで。恐れる必要はないと勇気づけられた。


 俺は今、最高の仲間を得たのだ!


 まさか半年後、そんな仲間から守純さんと呼ばれるはめになるとは、このときの俺は思いもしなかった。


 昼休みを告げるチャイムが鳴った。


 真の仲間たちと食堂を目指し、二階まで降りたところ、


「あ、ヒコ」


 丁度一階から上がってきた葉那と遭遇した。


「おお、葉那か」


「丁度よかったわ。お昼いかな――え?」


「うん?」


 信じられないものを目の当たりにした顔をする葉那に、俺は首を傾げた。


 なにか顔についているかと思ったが、葉那は俺を見ていなかった。その視線を迷うように彷徨わせ、ひとつの顔を捉えた。


「えっと……永峰くん、でいいんだよね?」


「廣場さん、俺の名前、覚えてくれたんだ」


「自己紹介のとき、一番目立ってたからね」


 永峰は嬉しそうにイケメンの笑みを浮かべている。無闇に女心を貫きそうなその笑顔は、葉那の気を引くことはなかった。


 葉那は狼狽えるように、もうふたりに目を向けた。


「あ、俺は名川。よろしく」


「俺は長城。守純とは一緒のクラスだ」


 まるで仲を示すように、長城は俺の肩に手を回してきた。


 三人のイケメンたちの笑顔を一身に集めた葉那は、やはり信じられないものを目にするように、顔を左右に動かしている。


 ようやく心が追いついてきたのか。目を潤ませた葉那は、口元を覆うように両手を置いた。


「ヒコ。ついに友達ができたのね。それもこんな凄そうな人たちと」


 葉那は居住まいを正すと、三人に向き直った。


「ヒコはとてもいい子だから。仲良くしてあげてね」


「おまえは俺の母ちゃんか」


「今夜は御赤飯を炊かないと」


 芝居かかったように、葉那は献立を思い馳せる顔をした。


 そしてこちらもまた、今の言葉に思い出すことがあった。


「そうだ。今夜といえば、母ちゃんが飯食いに来いってさ。どうする?」


「いいの? だったらご馳走になるわ。ちなみに献立は?」


「チキン南蛮だってさ」


「やったー。おばさんのチキン南蛮、大好きなのよね」


「うちの飯はいつも七時くらいだから、それまでに来てくれ」


「だったら、その前にお風呂でも入ろうかな。……ううん、やっぱ面倒だし、今日はシャワーでいっか」


「だったら、うちで入っていくか?」


「ほんと? だったらお風呂も頂いちゃおうかな」


「おう、頂いとけ。――と、そうだ、さっきなにが丁度よかったんだ?」


「お昼一緒にどうかなって思ったけど、やっぱりいいわ。折角お友達ができたんだから、四人でお昼を食べてらっしゃい」


「だからおまえは俺の母ちゃんか」


「じゃ、また夜にねー」


 ひらひらと手を振りながら、葉那は上がってきたはずの階段を下っていった。


 本当に俺を昼に誘うためだけに、上ってきたのだろう。入学してすぐ、お昼でボッチにならないよう気を使ってくれていたようだ。おそらく女子の誘いを断ったに違いない。


 やはり友情は素晴らしいと感動していると、


「ぐえっ!」


 急に首が絞まりブサイクな声を上げた。


「もーりーずーみーくーん」


 肩に回されていた手がするりと懐まで伸びたと思ったら、そのまま長城の腕が俺の首を締めたのだ。胸元に引き寄せられ、ヘッドロックをかけられた。


「聞いていた話とはだいぶ違うようだけど、一体どういうことなんだ?」


「どういうことって、なにがだ?」


 長城の腕をタップしながら問う。


「中学時代はずっと孤立していた。ここは誰も俺のことを知らない新天地だ。俺はそう聞いたつもりだが?」


「あんな可愛い子相手に、うちの風呂に入ってけだって? おいおい、やるねー」


「廣場さんを狙っていた身としては、納得いく説明がほしいところだな」


 名川と永峰から、罪人を取り調べるような声が上がる。


 そうか。葉那は男子にとって垂涎の巨乳美少女。あれだけ親しい仲を見せつける形になったら、イケメン三人衆といえど嫉妬をしても仕方ない。


「おいおい、嫉妬は止めてくれ嫉妬は。あいつとは嫉妬されるような仲じゃないんだ。だから早く、嫉妬と一緒にこの腕を引っ込め――ぐえっ!」


 ヘッドロックに更なる力が加わった。


 首根っこを引き抜くように、長城は俺を引きずっていく。


「よーし守純。これからカツ丼を食べにいくぞー」


「聞きたいことは沢山あるからな」


「一杯食べて、一杯吐くんだぞ」


 こうして俺は三人にされるがまま、学食へと連行されるはめとなった。


 まるで針の筵に立たされたような目にこそあっているが、俺は今この瞬間、満足感に包まれていた。


 彼らに引け目を覚えることもなければ、卑屈になることもない。これが一軍男子たちとの対等なじゃれ合いかと、世界ランクが急上昇するファンファーレが聞こえてきた。俺は今まさに、スクールカーストの天上、一軍の中の一軍に身を置いているのだ。


 今振り返ればこの瞬間が、スクールカーストの絶頂期であった。


 ここが絶頂期ということは、後は堕ちるだけということだ。


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