47 いいところの
百合が提案したゲームは、王様の言うことは絶対的なものでなければ、ポッキーをふたりで両端から食べ進めるチキンゲームでもない。小学生でも安心してできる健全なものであるが、トランプでも人生ゲームの類でもなかった。
「愛彦くん、お願いします!」
「任せとけ、っと!」
頭上にボールが飛んできたところを狙い、スマッシュを叩き込む。ボールは二体の敵の合間をすり抜け、それで試合終了。『GAME SET & MATCH』と画面には表示された。
接戦だったが、俺たちの勝利だ。
「愛彦くん、愛彦くん」
うきうきな様子の百合は、肩まで上げた両手のひらを見せてきた。まるで銃でも突きつけられたようなポーズだが、なにを求めているのかはわかった。
コントローラーを手放し、同じようなポーズを取る。
「やりましたね!」
「ああ、やったな!」
パン、と俺たちは両手をぶつけあった。
俺たちが今やっているのはテニスゲームだ。キューブ型の家庭用ゲーム機。そのひとつ前の世代の、64の数字を冠しているゲームハードである。
ゲームをやりたいと言い出したとき、トランプでもやるのかと思っていたら、テレビ台からゲーム機を引っ張り出したときは驚いた。百合のイメージにはまるで合わない。
ソフトもレースゲームからパーティーゲーム、アクションアドベンチャーなど色々豊富。俺がよく知るものばかりが取り揃えられていた。最初これをやりませんかとスマ◯ラを出されたときは、百合を泣かせる恐れがあるのでテニスゲームを提案した。これならふたりでワイワイ楽しめそうだと思ったからだ。
百合とダブルスを組んで、プレイすること三試合。ようやく勝利を掴み取った。その百合の喜びようといったら、まさに無邪気にはしゃぐ子供のよう。それが微笑ましくて、こちらまで童心に戻ったようで楽しかった。
「でも、なんか意外だな」
「なにがですか?」
百合は不思議そうに首を傾げた。
「百合がこの手のゲーム機を持ってることがだ。そういうイメージなかったからさ」
「ああ。これ、わたしのじゃないんです」
「百合のじゃない?」
「里梨が置いていってくれたものなんです」
五指を合わせながら、百合は微笑んだ。
「愛彦くんの言う通り、わたし、こういったゲームとかやったことがなかったので。里梨にそれを言ったら、じゃあこれも経験だって。持ってきてくれたんです」
「そういや里梨って、弟がふたりもいるんだもんな」
「この手のゲームは、昔から弟くんたちと一緒にやってきたようです。初めて里梨に教えられながらやったとき、ヘンテコなことして笑われちゃいました」
「笑われたって、どんな風に?」
「『百合、コントローラーと一緒に傾いてるよ』って」
「レースゲーでやっちゃったのか」
「あたりです。恥ずかしながらやっちゃいました」
口元に手を添えながら、百合はかつての失敗を笑っている。
「初めてゲームをしたときの感想は?」
「気づいたら朝になってました」
「がっつり朝までコースか。よっぽど楽しかったんだな」
「だから里梨が、うちは新しいのあるからって置いていったんです。さすがにそれは悪いって一度は断ったんですけど……こういうときの里梨って、押しが強いから」
「まあ、これは一世代前のゲーム機だからな。押し入れで肥やしにでもなってたんだろ。ゲームは遊ばれてなんぼだから、ほんとに気にしないでいいんじゃないか?」
「あ、そうだったんですね。そういうのが一目でわかるのって、やっぱり男の子ですね」
尊敬の眼差しを百合は向けてくる。
「かくしてゲームにドハマりした百合は、毎日がっつりやってるわけか」
「それがそうじゃないんです」
百合はかぶりを振った。
「里梨がいないとき、ひとりで色々とやってはみたんですけど……なんか、あまり楽しくなくて」
「そっか。ふたりでやる
「はい……里梨と出会うまで、誰かと遊んだことなんてなかったから。里梨にはいつも、楽しいことを教えてもらってばかりなんです」
寂しげな言葉とは裏腹に、百合の声音には暗いものはひとつもない。ただただ里梨と出会えた喜びと、感謝が込められていた。
それでもやはり、ついその言葉の意味に引っかかってしまう。
誰かと遊んだことなんてなかった、に込められた意味。ただ友達がいなかっただけの人間が扱う言葉ではない。かつては友達がいない弱者男性であった俺ですら、それが楽しいことくらい経験で知っていたから。
百合の示す誰かとは、友達だけではない。家族とすらも経験がなかったのだ。
それは前から、なんとなく察していた。
「気になりますか?」
ぽつりと百合は言った
「え」
「そんな顔してましたよ」
「あ……そんな顔、してたか?」
自分の顔を触ると、百合はおかしそうにくすくすと笑った。百合のデリケートな部分に触れないよう気をつけていたつもりだが、どうやら顔に出ていたようだ。
「参ったな。俺って顔に出るタイプじゃないと思ってたんだが。百合に見抜かれるなんて、よっぽどな顔してたんだな」
「む、愛彦くん。さらっと悪口言いませんでしたか?」
「言ってない言ってない。ただ百合は純粋だからって思ってるだけだ」
「わかります。わたしのこと、子供扱いしましたね?」
「子供のように純粋だって褒めてるんだ」
「褒め言葉になってません」
百合はぷくりと頬を膨らませた。本人は怒っているつもりなのだろうが、百合がそんな小動物みたいな顔したって可愛いだけだ。威圧感などまるでない。
まるで悪びれていない俺に、百合は諦めたように苦笑した。
「やっぱりわたしって、変な子ですよね」
「変な子ってわけじゃない。同じことを繰り返すけど……百合は、純粋な子供みたいなんだ。子供っぽいとか、そういう意味じゃなくてさ。なんというか、その……」
「クラスメイトのみんなが、当たり前にしてきた経験。それがないのが、わかっちゃいましたか?」
「うん……」
言い淀んでいる俺に、百合はずばりと答えた。
これは百合から友達になるのを求められた日からわかっていたこと。里梨との出会いを本人は美談として語っていたが、
『なにかあって思い悩んでしまうような、親しい相手なんていませんから。わたしには』
百合のこの言葉に、人生の暗い部分が集約されていた。
それについては踏み込まないようにするつもりだったが、そんな話の流れになってしまった。
「なんでだと、思いますか?」
「……両親との折り合いが、あまりよくなかったんじゃないか?」
あまり、なんて言葉を使ったが、そんな軽い話ではないだろう。
「そんな大層な関係は、残念ながら築けませんでした」
百合は苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。
折り合いが悪いことすらも、百合は大層な関係と言い切った。そこにどんな思いを込められているかはわからない。これ以上踏み込んでいいものかもわからない。
そんな俺の雰囲気を察したのか、百合のほうから踏み出してきた。
「愛彦くんは、真白グループって知ってますか?」
「真白グループ?」
「財閥系の企業グループです。四大財閥と比べれば見劣りしますから、知らなくても仕方ないかもしれませんね」
「まあ、そういうのは全然だしな、俺」
それなりの会社に勤めていれば、そういう企業は知っていて当たり前かもしれない。けど新聞やニュースをチェックするような人生を歩んでいないから、経済関連は無知に等しい。
それでもピンとくるものくらいはあった。
「でも真白グループって名前なくらいだから……」
「わたしの一族で、現在のトップはお祖父様です」
「じゃあ百合って、いいところのお嬢様ってわけか」
「ええ。これでもいいところのお嬢様なんです」
百合はえへんと言うように、おどけたように胸を張った。
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