52 戦え
「廣場さん、どうしてここに!?」
唐突に現れた葉那に、日景は驚いた。他の三人も同様に、大きく見開いた目を葉那へ向けている。
「えっと、その……ふたりが一緒にいるのを見て、どうしたんだろうって思って。日景くん、なんかいつもと雰囲気が違ったから……ごめんなさい」
おろおろしながら葉那は、詫びるように俯いた。
どうやら俺たちの後をつけて、聞く耳を立てていたようだ。通りでここ一番というタイミングで登場したわけだ。そして聞く耳を立てていた責任を、しれっと日景に押し付けてた。俺が心配だったという大義名分があるから仕方ないでしょう、とでも言うようだ。
「そう、だったんだ。ごめん、廣場さん。それだったら守純のことを心配するのは、無理もないよね」
ほらこの通り、日景のほうから謝らせている。
「けど守純を暴力でどうこうしたいとか、そういうつもりじゃないんだ」
「でも、決闘って……」
「それは、その……つい強い言葉を使っただけで」
首を痛めたポーズをした日景は、恥じ入るように葉那から視線を逸らした。
いい年こいて、真面目な顔で『決闘を申し込む』なんて言ってしまったのだ。勢いと流れと場の空気が揃っていたから、恥ずかしげもなく言えたかもしれないが、冷静になったら痛々しいことこの上ない。それがガチ恋している相手に聞かれたのなら、なおさら居た堪れないだろう。
「俺たちは守純と、勝負をしたかっただけなんです」
蔭山が代わりにそう告げた。
「話はぜんぶ……聞いて、いたんですよね?」
「う、うん……」
御影はそう聞かれると、葉那は目も合わせられないというように顔を赤らめた。四人が自分に好意を抱いていると知って、どんな顔をしたらいいのかと戸惑う乙女のようだ。よくもまあ女を始めて三年も経たずに、こんな顔を自由に作れるもんだと感心した。
「廣場さんが守純に向けている気持ちを、なんとかしたいって思って。ただ、それだけなんです」
「み、みんな誤解してるよ。私はヒコのこと、そんな風に全然思ってないから」
陰本の言葉に葉那は慌てて、両手を振った。まるで四人の誤解を解きたいのではなく、俺に気づかれたくないとで思っているかのようだ。
「私たちは、ただの友達。ヒコもずっと友達だって、言ってくれたから……私はそれだけで、十分なんだ」
胸に秘めた大切な想いと願い。
かつて抑え込んだものを瞳から溢れ出しそうになりながら、葉那は痛々しく微笑んだ。
「廣場さん、やっぱり守純のこと……」
「こんな人が側にいて、守純もなんで……」
「俺なら絶対に、廣場さんにこんな顔させないのに」
「最近なんてずっと真白さんといるしさ……廣場さんが可哀想だ」
四人は悪意や敵意こそ向けてこないが、一途に想いを寄せる葉那を蔑ろにして、他の女とイチャイチャする最低野郎と認識されたかもしれない。
おい、ふざけんなと白い目を送ると、葉那は無言でテヘペロを決めてきた。まるでついやっちゃった、とでも言いたいかのようだ。隙あらば悲劇のヒロインを演じやがって。暗殺一家の子供が音を殺して動くように、クセになってるんじゃないか。
玄関前のビンタしかり、今回しかり。結局それで被害を受けるのは、俺なのだから本当に理不尽な話である。
「それで、なんの勝負をしたいんだ?」
一応こいつらのおかげで、百合の件を先延ばしできた恩もある。適当に相手をしてやるかと思った。
「やっぱり俺たちは男だからさ」
「この身体ひとつで、男として守純に勝ちたいんだ」
「具体的にはどうやって?」
日景と蔭山に問い返す。
「足で勝負をつけたい」
「グランド十周でどうだ?」
「マジかよ」
御影にそう告げられ、俺は思わず目を見開いた。
この二週間近く、テスト勉強もせずに四人で散々話し合ってきた結果が、足の速さで勝負を決めたい。発想が小学生すぎて、唖然としてしまった。
仮にもこいつら、百合ヶ峰の始まり男だというのに……それで勝ったところで、葉那の気持ちがなぜ俺から離れると思ってしまったのだろうか。ツンデレ幼馴染に虐げられてきたと思い込み、長らく日影道を邁進していたせいか? その辺りの成長が小学生で止まってしまっていたのかもしれない。
百合の件もある。そういう奴らがいても仕方ないと思うと、ますますこの日影上がりの四人が哀れになってきた。
こんな純粋な男の子たちを、身勝手な八つ当たりで誑かし、その青春を台無しにしようなんて、ほんと葉那はどうしようもない悪魔である。
「おまえたちがそれで勝負したいっていうなら、それで構わんが」
ならここは俺が大人の対応しよう。
悪魔の親友であるからこそ、彼らに優しくしようと決めたのだ。
「俺、毎朝一時間ジョギングしてるけど、本当にいいのか?」
「え……」
日景は間の抜けた声を上げた。他の三人も、予想外だというような表情を浮かべた。
俺は部活はやっていないから、イーブンだと思っていたのだろう。日影道を邁進してきた彼らは、体育以外の運動はきっとしていない。運動を習慣化している俺とは、身体能力の基礎スペックが違いすぎた。
四人はひそひそと一分ほど話し合うと、
「やはり男はパワーだ」
「この腕ひとつで勝負をつけたい」
御影と陰本は、握りこぶしを作るように腕を掲げた。
おそらく腕相撲で勝負を決めようとしたのだろう。これを女の気持ちを向ける戦いになると思っている辺り、発想が小学生である。
手招きすると、日景は自分を指さした。おまえでいいと頷くと、俺は右手を差し出した。
「思いっきり握ってみろ」
不思議そうに握手してきた日景は、言われるがまま思い切り握ってきた。
十秒ほどそうさせると、
「ぎゃああ!」
日景は痛々しそうな悲鳴を上げた。俺が強く握り返したのだ。
勉強以外やることのない無趣味人間なりに、筋トレも習慣化している。自重トレーニングだけだが、それでも日影道を邁進してきた奴よりはマシだろう。
握力勝負でこの様なら、腕相撲はきっと相手にならない。
さすがにそれは平等な勝負にならないと、身をもって証明させたのだ。
「ヒコってば、普段から身体鍛えてるから、側にいて安心するのよね。なにかあっても守ってくれるって……ヒコのそういうところ、私――あ、ううん。なんでもない」
どこまでもわざとらしく、葉那は匂わせてくる。
肉体勝負では敵わないとわかった上に、悪魔がそうやって匂わせてくるのだ。悔しそうな顔をしながら四人は再びひそひそと話し合い、
「これからの時代、男は身体より頭が使えることを求められるからな」
「頭で勝負したい。わかりやすく、今度のテストの結果でどうだ?」
かつてかけていたメガネのクセか。日景と蔭山はインテリっぽく、エアメガネをクイっとさせた。
「おまえたち……いつも張り出されたテストの結果、見たことないのか?」
「……あ」
「言っとくが、今回百合より上なのはほぼ確定だからな」
テスト勉強もせずに、ない知能を振り絞った結果がこれかと、ただただ哀れでならなかった。
「運動もできる上に、誰よりも頭がいいなんて、いくらなんでも卑怯だろ」
「教師の信頼だって誰よりもあるし……」
「その上こんなにもイケメンなんて」
「こんな完璧な男に、俺たちなんか敵うわけなかったんだ……!」
スペック差を思い知らされ、まるで絶望するように四人は嘆いている。
一方俺は、初めて同世代の男たちに認められ、持ち上げられたことに、今までにない満たされ方をしてしまった。やっぱりみんないい奴らじゃないかと、感動すら覚えていた。
「いつまでもここにいても寒いだろ。ひとまず温かいものでも飲まないか? お兄さんが奢るよ」
「くっ、性格までいいなんて……!」
「廣場さんが気持ちを向けるだけあって、俺たちとは器が違いすぎる……!」
完全に屈服したように、四人は俺への対抗心、その気力を失った。
そういうつもりではなかったのだが、どうやら勝負をする前から決したようだ。
もうこれで終わりだろう。そう思ったところに、
「ヒコと対等に戦える勝負ならあるわ」
悪魔が余計な口を挟んだのだ。
この上、どんなややこしいことを望むのか。どうせろくでもないとわかっているだけに、頭痛が痛かった。
「俺たちが……守純と対等に?」
絶望に伏した日景が、希望を見出すような目をした。まるで救いの女神を見つけたかのようだ。残念ながらそこにいるのは、ただの悪魔である。
「どんな平等な勝負が、俺たちに残されているんですか?」
「それは私たちが、今より子供のとき。誰もが夢中になってやりこんで、ひたすら戦い続けてきた。いつしか誰もが、自分はその道の名人だと信じ込んでいたほどの勝負よ」
「それは、一体?」
なにをやっても俺には勝てないと知ると、戦う前からその膝を屈したものたち。そんな彼らに手を差し伸べ、立ち上がるほどの仮初めの希望を与えたのだ。
自分を巡る争いだと知っておきながら、戦え、と。
本当に、本当にこいつはどうしようもない悪魔である。心からそう思う。
「スマ◯ラよ」
よりにもよって俺の一番の得意分野で、争わせようとしているのだから。
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