53 遊びじゃない
「おぉー……」
スクリーンに映し出された映像を見て、俺たちは一様に感嘆の声を上げた。まさかプロジェクターを使った大画面で、スマ◯ラをやる日が来るなんて。全員が全員、感動すら覚えた表情を浮かべていた。
学園から徒歩圏内ということで、ゲーム機などは御影が持ってきてくれた。そろそろお昼ということもあり、俺たちは近くのスーパーで、軽食やジュースなどを買い込んできた。
そして俺たちは、視聴覚室に乗り込んだ。
「……守純、なんでこの部屋の鍵を持ってるんだ?」
「ちょっと、学園長から直々にな」
「学園長からって……さすが守純としか言えないな」
四人に
葉那が積極的に起こした問題の後始末のためとはいえ、学園長の好意を裏切る形になったのだ。百合ヶ峰一の優等生男子としては、後ろめたい気持ちで一杯であった。
でもゲーム機をセットし、スクリーンに映し出されたスマ◯ラを見た瞬間、そんな後ろめたさは吹き飛んだ。早くこの大画面で、スマ◯ラをやりたいと心が浮きだったのだ。
「そういや、みんなの腕前はどんなもんなんだ?」
戦の前の腹ごしらえ。カレーパンをコーラで流し込むと、軽食を口にしている各々に問いかけた。
「近所のゲームショップの大会で、優勝したくらいかな」
なんともなさげに見せかけて、ちょっと誇るように御影は言った。
「俺はショッピングモールの大会で二位だ」
「大会とかは出たことないけど……そういうのによく出てた兄貴たちに混ざって、ずっとやってきた」
「従兄弟が関東じゃ知らないものはいない、有名プレイヤーらしい」
残りのカゲのものたちも、名人としての自負があるようだ。その腕前に誇りを覚え、これだけは俺には負けないという目をしている。
「守純はどうなんだ?」
「小五のとき、それも無印版の話だが、誰も家に呼んでくれなくなったほどの腕前だ」
「どういうことだ?」
不可解そうに日景は眉をひそめた。
「あんまりにも俺が強すぎて、田尻を泣かしちまってな。以来、あいつがいるとつまんねーって、男子たちからハブられちまったんだ」
「守純は当時から別格だったというわけか」
「なんとなく、その光景が目に浮かぶよ」
陰本と御影がおかしそうに笑った。
今までは持ちかけたどの勝負も、たった一言告げるだけで絶対に勝てないと四人は屈してきた。けど今回ばかりはそうはならなかった。
「新作はどのくらいやってるんだ?」
「中学校以降も、ずっと孤立してたから……そうだな。今作の対人戦は、葉那以外で初めてになるな」
それどころか蔭山の問いに答えると、四人の瞳には勝機の二文字が浮かんでいた。
パン、と手を叩く音が響いた。
「とりあえずは操作確認も兼ねて、最初はみんなで楽しみましょう」
葉那がそう提案して、断れるものは俺しかいない。真っ先にコントローラーを確保している辺り、『こいつ、ただスマ◯ラやりたかっただけなんじゃねーか?』と思いながらも異議は出さなかった。
そんなわけでアイテムありのステージランダムで、俺たちはスマ◯ラを始めたわけなのだが……素直に言おう。みんなでコントローラーを回し合いながらやるスマ◯ラは、超楽しかった。
なにせ俺が今までやってきたスマ◯ラは、顔の見えない相手と、運に左右されない設定で一対一の真剣勝負。ひたすら上位三パーセントのVIPを目指し続けてきた。それこそ負ければ発狂し、罵声を吐き出しコントローラーを投げるほどの、殺伐とした戦い。俺にとってスマ◯ラは遊びじゃなかったのだ。
でも、今俺が興じているスマ◯ラは、なんと平和なことか。
四キャラ入り乱れながら、アイテムを投げ合い、ステージギミックに邪魔をされる。まさに実力以上に運に左右される戦いだ。残りストックが一つのところで葉那に道連れにされ、
「ふざけんな!」
と叫ぶようなことはあってもそこに憎しみは生まれない。怒りだって覚えない。コントローラーを手放したところで負けを引きずらず、ジュース片手に観戦しヤジを飛ばすのが、とにかく楽しかった。
母ちゃんが亡くす前の、友達と集まってゲームをした記憶は覚えてない。母ちゃんが亡くなってからも、友達と家で集まってゲームをした覚えはない。引き取られた家を出てからも友達なんてできたことがなかった。
タイムリープしてから初めて、そういった機会に恵まれた。当時クラスではゴールデ◯アイブームが再熱していたから、しばらくはそればかりを興じていたが……スマ◯ラブームが再熱した途端、俺TUEEEをしたばかりに男子の輪から追放されてしまった。
だから俺は初めて、みんなで楽しむスマ◯ラの楽しみというものを知った。殺伐としていないスマ◯ラがこんなにも楽しいなんて今日まで知らなかったのだ。
追放先でイヴを追い求めた。それをたしなめられてからは、ずっとリリスを追い求めてきた。葉那以外の友達なんていなくても、リリスと報われればお釣りがくると信じてきたのに……そんな生き方をしてきたのが、虚しくなるほどに今が楽しかった。
こんな風にみんなで集まって、ゲームをする喜びを知ってしまったのだ。沢山なんて贅沢は言わない。ただ、このくらいの人数の男友達がほしいと思ってしまったのだ。
もし叶うならば、このまま日景たちと友達になりたかった。
心からそれを願うも、それが果たされないことをわかっていた。
俺が彼らのライバルとして認識されているからではない。
スマ◯ラを始めて二時間。
「さて、みんな勘は取り戻したようだし……本番、やろうか」
日景の言葉と共に、楽しいだけの時間は終わってしまった。これから始まるのは、俺がやってきたスマ◯ラだ。
一対一。ストック3。アイテムなしのステージ終点固定。
一切の運に左右されない、己の腕前だけがものを言う。
つまり、
「はい、クソ雑魚乙ー」
「嘘だろ……!?」
一方的な雑魚狩りが始まるのだ。
一回もストックを削れずに負けた日景は呆然としている。それほど一方的な戦いだった。
ゲームハードが変わり、旧作とはいえスマ◯ラはスマ◯ラ。葉那と対戦してきたことで、ゲームの仕様からキャラ性能までは掴んでいる。身内や友達を相手にして、ワチャワチャやって名人を気取ってきた奴らとは戦いの経験値が違う。
なにせ俺は、オンライン対戦で世界を相手に戦ってきた。VIPを目指し、たどり着けずともそこに近い場所までは行ったのだ。井の中の蛙にすらなれず、コントローラーを投げて壊したこともないクソガキ共とは、捧げた熱量からしてレベルが違う。
「あー、雑魚狩り楽しい」
一方的な戦いがあまりにも楽しすぎて、悪いクセが何度も出てしまったほどだ。
「ふん。クソ雑魚すぎて話にならんな」
結局一時間もやって、一回も負けるどころか一ストックも落とすことなく完封した。ついには戦意を喪失した日景たちは、地面に手と膝をついている。まるで自分たちは負け犬ですと表現するように、あまりにも哀れな姿であった。
楽しいだけのスマ◯ラで終われれば、どんなによかったものか。俺との本気の勝負を望んだばかりに、完膚なき敗北を喫してしまった。それこそ二度と俺とはスマ◯ラをやりたくない。そんなトラウマを植え付けてしまったかもしれない。
俺は自らの手で、また友となれたかもしれない相手を再起不能にしてしまった。二度とあの楽しいだけの時間は望めないだろう。
でも、しょうがないではないか。
本気でやるというのなら、スマ◯ラは遊びではないのだ。
「ほんと、ヒコってば昔からこれだけは誰にも負けないもんね。そんな強いところがカッコよくて、本気でやってるその後ろ姿に気づけば好きに――っと、ううん。なんでもない」
「うっ……ぐ、う、うぅ」
そしてこの悪魔は、匂わせることで容赦のないとどめを刺したのだ。
あのとき俺とは勝負にならないと諦めていれば……希望さえ与えられなければ、こうして深い絶望を覚えないで済んだというのに。こうなることがわかっていて、この悪魔はスマ◯ラで俺と争わせたのだ。
本当にどうしようもない悪魔だ。やはりこの悪魔は、社会平和を望むのであれば始末をしてしかるべき存在である。
完膚なきまで叩きのめしたのは俺であるが、彼らが可哀想でならなかった。
でも、これでよかったのかもしれない。これを機に葉那を諦めれば、これからの学園生活はきっと素晴らしいものになるだろう。もしかしたらツンデレ幼馴染との復縁もあるかもしれない。
葉那に叩きのめされたツンデレちゃんたちも、ツンが強すぎたと反省しているかもしれないし。失意に沈んだ幼馴染に今までにない優しさを見せれば、きっと上手くいく。なんだったら俺が、その間を取り持ってもいいとすら考えていた。
うん、そう考えるとこれでよかったのかもしれない。
「今回は……完敗だ」
そう思っていると、日景は立ち上がった。その瞳には絶望も失意も宿っていない。
「でも、このままじゃ俺たちだって終われない」
「実力差はわかった。だから……必ずその背中を追い抜いてみせる」
「俺たちはひとりじゃない。四人で特訓して、互いに高めあって、必ずリベンジするからな」
次々と立ち上がった彼らの瞳には、燃えるような想い。諦めない心が宿っていた。
このまま屈しておけば、この先幸せになれたというのに。俺が与えた完膚なき敗北は、彼らの無駄な覚醒を促してしまったようだ。
まるで物語の主人公のように。
「頑張って、四人とも。すぐには届かなくても、必ずヒコを越えられるって信じてるから」
そしてこの悪魔はヒロイン面しながら、無責任に煽っている。
「ああ、必ず守純を越えてみせるよ」
「こんな俺たちだけど、そのときまで待っていてください」
「何年かけてでも、絶対守純に勝ってみせるから」
「さあ、帰ったらすぐに特訓だ!」
そして勢いを煽られた四人は、すっかりその気になってしまった。よくもまあ、こんな立ち位置がふらふらしている奴に本気になれるものだ。
かくして悪魔に誑かされたこの四人。葉那を振り向かせる努力をすべてスマ◯ラに注ぎ込み、高校生としての青春をドブに捨てるハメになった瞬間である。
けど、人生なにが起きるかわからない。
高校生としての青春こそ、ドブに捨ててしまった四人だが、この経験が無駄になることはなかった。
後に人気ゲーム配信者として名を馳せ大成することになるのだが、その始まりはニコニコしながら動画にコメントができるようになる、遠くない未来の話である。
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