42 約束だよ

 食後はショッピングモールで、里梨たちの服などを見て回っていた。似合うかどうかを聞かれても、女子のファッションセンスについては無知である。ただ思うがままに「いいんじゃないか?」「いいと思う」「凄くいいじゃん」と褒め続けると、「マナヒーの『いい』は、私たちの服なんてどうでもいいって意味なのかな?」とチクリと言われた。褒めるセンスがないだけだと白状すると、しょうがないなとふたりに笑われた。


 たっぷり二時間かけて買い物を終えると喫茶店に入った。そこで一時間くらい腰を落ち着けると、次に連れて行かれたのはバッティングセンター。女子高生が選ぶには意外な選択肢だと思われたが、これが意外に楽しかった。里梨は慣れた風にボールをかっ飛ばし、俺はファールボールに脛を襲われ、へっぴり腰の百合を応援した。百合が振ったバットでボールが前に飛んだ気が、一番盛り上がった。


 そして最後は、ゲームセンターのとある筐体に三人で入っていた。


「ほらほら、マナヒー、真ん中に入って」


「いや、それは絶対ダメだ! 俺は……百合の間に挟まるような男にだけはなりたくないんだ」


「マナヒー、またおかしいこと言い始めたね……」


 里梨は呆れたように眉をひそめた。


「しょうがない。じゃあ今日のスターは百合ね」


「ふふっ、ふたつの一番に挟まれちゃいました」


 里梨と左腕を組んだ百合は、それだけで嬉しそう。そんな百合の隣に並ぶと、里梨がそうしているように、俺の腕が絡め取られたのだ。


「えっ、と」


「いいよ、許しちゃう」


 戸惑った顔を里梨に向けると、百合と腕を組むお許しが出た。里梨大明神の器の大きさに、ただただ感服するばかりである。


 百合はふたりの一番を両手に撮られたプリントシールを、ニコニコと嬉しそうに掲げていた。


 お店を出る頃には、すっかり夕暮れどきだった。


「あー、今日は思いっきり楽しんだ!」


「はい。本当に今日は楽しかったです」


 里梨は満足そうに歩きながら伸びをする横で、百合は手を合わせた。


 ふたりのすぐ後ろを歩く俺に、里梨は申し訳なさそうに振り返った。


「私たちの買い物に二時間も連れ回した上に、荷物まで持ってくれちゃって。なんかいいように使っちゃったようで、ごめんね」


「いや、このくらいなんとも。褒めるセンスはなかったけど、どうでもよくはなかったからさ。ふたりについて回れるだけで楽しかったよ」


「ふふっ、愛彦くん、根に持ってますね」


 口元に手を当て、百合はおかしそうにした。


「下着売り場にまで付いてきたときは、驚いちゃいました」


「それは里梨がついて来いっていったからさ」


 里梨は苦い顔をした。


「マナヒーには入れないよね、ってからかったつもりだったのに……平気な顔してついてくるんだもん」


「甘かったな。ふたりがどんな下着を選ぶのかなんて、興味しかわかない」


「マナヒーにはデリカシーってものがないのかな?」


「真に受けて困るネタを振るのが悪い。からかってきたつもりなら、なおさらだ。だったら喜んで受けて立つさ」


「うっ、マナヒー精神力強すぎるよ」


「今回は里梨の負けですね」


 百合は恋人への一切のフォローを入れず、後ろ手を組んで里梨を覗き込んだ。


「それと今日のお昼ごはん、連れて行ってくれてありがとうございます。ああいうのは初めてだから、美味しかったです。それ以上に楽しかった」


「百合をさ、前々から連れて行ってあげたかったんだよね」


 百合に向けた視線を、里梨は俺に向けた。


「今日はマナヒーが来てくれたから、やっと連れてきてあげられたよ」


「別に俺がいなくても、いつでも連れて来られるだろ」


「女子高生ふたりだけで入るのはね……ちょっと、敷居が高くてさ」


 誤用警察に見つかったら、誤用だ御用だと里梨は現行犯逮捕されていただろう。俺は冷や汗絵文字を頻繁に使う、FF外からやってくるクソリプおじさんではない。そこは黙って流した。


「昨日の葉那みたいなこと言ってるな」


「愛彦くん、昨日は廣場さんと、そういったお店に行ったんですか?」


「あいつは悪魔だから、血の池地獄みたいなラーメンが大好物でさ。おしゃれ女子の体裁を守るため、俺がいつも一緒についていってやってるんだ」


「血の池地獄って……一体どんなラーメンなんですか?」


「一口スープ飲むだけで、身体中から汗が吹き出す激辛ラーメンだ」


「愛彦くんはそんな凄いラーメン、食べられるんですね」


 想像しただけで辛かったのか、百合は険しい顔をした。


「いや、俺が食べるのは看板メニューだけだ。ちゃんと旨辛程度で美味しく食べられるやつ」


「わたしでも、食べられそうですか?」


「そういや百合、お店でラーメン食べてみたいって言ってたっけ? 辛くないやつもあるから、今度一緒に行こうか?」


「本当ですか? 是非連れて行ってください」


 今からでも待ちきれないかのように、百合は目を輝かせた。


 すると里梨は冷たい目を送ってくる。


「目の前で人の彼女を遊びに誘うとは、いい度胸だねマナヒー」


「お忙しい身だとはございますが、是非とも里梨大明神にもお越し頂きたいと存じます」


「うむ、苦しゅうない。良きに計らえ」


 大仰に身振りをする里梨の様を、俺たちは笑ってしまった。そして里梨は俺たちより数歩先へ行くと、こちらを振り返った。


「それじゃ、次もまた三人で遊びに行こうね。約束だよ」


「はい、約束です」


「ああ、約束だ」


 そうして俺たちは、そんな約束を交わしたのだ。


 楽しい一日だった。心からそう思いながら、帰りの電車のホームへ向かおうとすると、「ごめん、ちょっと待ってて」と言い残し里梨は離れていった。女子にどうしたんだと聞くと野暮になるのは、向かっていった方角でなんとなくわかった。


「あ、そうだ愛彦くん」


 用を済ませにいった里梨を待っていると、思い出したように百合が言った。


「月曜日、放課後って空いてますか?」


「月曜? 特に用もないし空いてるけど」


「だったらその日――」


 百合は五指を合わせながら、ねだるように上目遣いを向けてきた。


「里梨に内緒で、予約してもいいですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る