65 ラブラブカップル

 マサはずっと縮こまっていた身体で伸びをした。


「あー、なにか食いたくなってきた」


「だったら戻ってなんか食うか」


「牛串美味かったから、もう一回食おうぜ」


 こうして俺たちは何事もなかったかのように祭りへと戻った。


 結局牛串を買うことはなく、今日はまだ口にしていない唐揚げを買った。


「うん。美味しいわね」


 マサから女モードに戻った葉那は、唐揚げが入った紙コップを向けてきた。


 串に刺してある唐揚げにかぶりつく。火傷するほどの熱は残っていないが、じゅわっと広がる肉汁が美味しかった。


「あー、ビールに合せたら絶対最高のやつだ」


「ここで合せたら、百合ヶ峰の優等生の地位から転落ね」


「転落したくねーから、コーラで我慢するか」


 俺たちはコーラを求めて、ジュースの露店がないかとキョロキョロと周囲を見渡す。その間に葉那がパクパクと唐揚げを食べるものだから、結局俺はふたつしか食べられなかった。


 嫌味をいう気は起きなかった。ついさっきまで、死にたいと泣き腫らすほどに絶望してたのだ。手が止まらないほどに食欲が戻っているの、素直に喜ばしかった。


「あ……」


 唐揚げのコップを捨てたところで、葉那の足が止まった。


「お、あったか?」


「いや、そうじゃなくてさ。あれ」


 葉那の指さした先を見ると、高校生くらいの男子四人組が射的に興じていた。


 その中のふたりほど、顔に覚えがあった。


「野球部か」


 中学時代の野球部の連中だった。


 うちの野球部は、可もなく不可もなく、学校中の期待を背負うほどの成績を残したことがない。お遊びとは言わないが、熱血には程遠い。練習でなにより大切なのは、本気で取り組んでいる感である。


 そんなだから、ヘラヘラしたお調子者も少なくない。特にレギュラーになれない中途半端な奴らほど、人にちょっかいかけて笑いを誘うのを好む傾向がある。かといってスクールカーストの一軍というわけでもないので、実に中途半端なポジションだ。


 本来であれば、俺のような学年中から無視されるような人種は、真っ先に奴らの餌食になるはずだった。でも、一度もそんなことがなかったということは、俺の特級呪物としての扱いは相当なものだったのだろう。


 葉那は奴らを見て、苦々しげに口を曲げている。


「あいつらと、過去になんかあったのか?」


「私がされたわけじゃないんだけど……あいつら、野球部の後輩たちに、ヒコの噂を広めてたのよ。もしかしたらそのせいで、下の学年にあんな噂が広まったのかもしれないわ」


「あー、なるほど。だからか」


 憤りを覚えるどころか、色々と納得してしまった。


「見た目通りな頭してるからな、野球部は。そりゃ下の世代に伝わる噂に、中身がないわけだ」


「あいつら、裏でヒコを相当バカにしてたから。今日謝ってきた連中とは、わけが違うわよ」


「殊勝に謝るような奴らじゃないのはたしかだな。ま、どうでもいいがな」


「あれだけヒコの噂、面白がって流したのにムカつかないの?」


「好きの反対は無関心、って言葉を知ってるか? あんな奴らに、そんな感情を抱くだけリソースの無駄だ」


「ヒコはそれでいいかもしれないけど、私はあいつらのこと、ずっとムカついてたからね。ここらでスッキリさせたいわ」


「スッキリさせるって?」


「いい機会だから、目にものを見せてやりましょう」


「どうやってだ?」


「あいつら、今でもヒコのこと自分より下だと思ってるだろうから。格の違いを見せつけるのよ」


「具体的には?」


「私ほどの女とラブラブカップルを演じれば、あいつらを見返してやれるわよ」


 これでもかと葉那は得意げに言った。自分がどれだけ魅力ある女なのか、客観的に理解しているからこその自信である。


 またしょうもないこと思いついたな、と呆れそうになったがすぐ考え直した。


 前と変わらぬ男同士の関係を、葉那は強く望み続けてきた。そんな葉那が女としての自分を使って、悪だくらみをしたのだ。


 まるで女の身体で生きていくことを受け入れる、を実践するように。こうなったらそのすべてを使って、人生楽しんでやるという前向きさを手に入れたかのようだ。


 そんな最初の一歩がこれだというのなら、それに付き合うのも一興だった。


 軽く打ち合わせをすると、俺はひとりで野球部の前に姿を晒した。


「お、守純じゃんか」


「うわ、ほんとだ。守純だ」


 四人揃ったにきび顔が、一斉にニヤニヤとこちらを向いた。


 今日会ってきた一軍連中とはまるで違う。かつての俺の扱いに後ろめたさも罪悪感も覚えていない、面白い玩具を見つけたかのような面持ちだ。


「なんだよ守純。ひとりかよ」


「ひとりで祭りに来てるとかヤバいな」


 ほらこの通り、語尾に草を生やしていそうな有り様だ。


 中学校で蔓延していた同調圧力から解放されたら、すぐこれとか。どうでもいい奴らだったが、面と向かってこんな扱いをされたなら、イラッとしないわけでもない。それ以上に、こいつらの顔がどう歪むのかの楽しみになってきた。


「ひとりで来るわけないだろ。見ての通り、ツレと来てる」


「見ての通りって、どこにいるんだよ」


「見えないお友達、ってやつ?」


「テレビでやってた、イマジナリーフレンドってやつか」


「あれ?」


 散々煽られてやってから、今気づいたかのように隣を見た。


 そのまま身体を捻るように振り返ったところ、いつもより甘ったるい声が追いかけてきた。


「ごめんねー」


 小走りで寄ってきた葉那が隣に並んだ。


「髪留めのゴム、切れちゃったのを拾ってて」


「こっちこそ悪かったよ。気づかずに置いてっちゃって」


「ううん、気にしないで。なにも言わなかった私のほうが悪いから」


「じゃあ、お互い様ってことにしよう」


「うん」


 弾むような笑顔が、肩が触れ合う距離から見上げてきた。


「あ、もしかしてお友達?」


 さも今気づきましたみたいな顔で、葉那は野球部に目を向けた。


 揃いも揃って、全員葉那に見惚れている。胸をジロジロと見ている奴までいた。


 一通り葉那を正面から見せつけて、俺は否定するように手を振った。


「いや、違う違う。そんな奴らじゃないから」


「違うの?」


「ただのどうでもいい奴らだ。構わんでいいから、ほっとけほっとけ」


「そっか、だったらどうでもいっか」


 そう納得した葉那は俺の腕を取った。


 そのまま野球部を横切って、隣の店舗で足を止めた。


 髪飾りなどを販売しているアクセサリー店だ。全体的に和風であり、祭りの雰囲気に調和していた。


「髪留めがダメになっちゃったから、ちょっと見ていっていい?」


 髪留めを付けてるところを見せたことのない葉那は、キラキラした目を露店に向けた。


 こんな彼女を前にした男がどうするべきか。自分なりの解答を実演する。


「だったらプレゼントするからさ。好きなのを選んでいいよ」


「え、いいの?」


「ほら、今日はふたりの記念になった日だからさ」


「守純くん……」


 葉那はその満面に、恋する乙女を描ききっていた。


 こんなものをなにも知らず見せられた人間は、その想いを額面通りに受け取るだろう。


 憎々しげな声が射的の方角から聞こえてきた。


 それに満足したどころか、ますます増長した葉那は、もじもじとしながら上目遣いを送ってきた。


「だったら、その……守純くんに選んでほしいな」


「俺に? この手のものを選ぶセンスはないんだけどな」


「いいの。センスよりも、守純くんが選んでくれたっていうのが大事だから」


「わかった。可愛い君に似合うものを贈るよ」


 歯の浮くような台詞を吐きながら、露店の商品とにらめっこをする。


 あんまり長く悩んで、その間に野球部かんきゃくがいなくなっても困る。本物の彼女に贈るわけでもないから、マジになって悩む必要もない。


「これください」


 桃色の花びらと紫の玉がアクセントになっている簪を指さした。


「わぁ、可愛い」


 彼氏のセンスにご満悦のように、葉那は喜んでみせた。


 購入した簪を渡すと、葉那はすぐにつけようとしたが、


「折角だから、守純くんがやってくれる?」


「俺が?」


「うん。折角贈ってもらったものだから、守純くんにしてほしい」


「と言われてもな……」


 乙女の微笑みでキラーパスを出されたが、簪の使い方なんてわからず戸惑った。


 すると微笑ましそうに見ていた中年の女性店員が声をあげた。


「よかったらお教えしますよ」


「え?」


「記念のプレゼントなんでしょう? お教えしますから、彼女さんにその簪、挿してあげてください」


 俺の答えを待たずに、店員は露店から出てきた。


 使い方がわからず戸惑っていただけだから、ありがたく教えてもらうことにした。


 艶のある髪を束ね、四苦八苦しながらなんとか簪を挿す。初めてのことで手際が悪かったが、その時間すらも楽しそうにしながら、葉那は身を任せていた。なにせ正面には、嫉妬で顔を真っ赤にしている野球部がいる。わざわざ葉那は、特等席から眺めるように奴ら側を向いたのだ。


 白いうなじが存分に見えるようになった葉那は、嬉しそうに簪で束ねた髪に触れた。


「ありがとう……愛彦くん」


 最高の贈り物を手にして、葉那はうっとりしたようにする。


 ここで守純くんから愛彦くんに変わるとは、芸が細かいなと感心した。


 腕を絡めるように抱きついてきた葉那は、そのまま野球部へ向かって歩き出した。向こうから来たはずなのに、見せつけるように引き返したのだ。


 そうやって野球部から完全に見えなくなったのを見計らい、


「見たかよあいつらの顔!」


 腕から離れた葉那はゲラゲラと手を叩き始めた。


「なんで守純なんかにこんな美少女が、って嫉妬で顔真っ赤っ赤だったぜ、あいつら」


「傑作だったのはわかるが、素が出てるぞ」


「あらいけない」


 淑やかさを演じるように、葉那は口元に手を置いた。


「でもほんと傑作だったわ。ヒコにどうでもいい奴らだ、って言われた瞬間から見ものだったわ」


「それに対して、だったらどうでもいっか、って笑顔で応えてたけど、よくよく考えたら性格悪い女だよな」


「そんなことにまで頭が回る連中でもないでしょ。あーあ、楽しい遊びだったわ」


「あれだけ世界ランクを吸収したら、楽しいだろうな」


「世界ランク? また変な言葉の使い方をするわね。それも未来語?」


「俺のような底辺だった人間が、人様を笑うときに使うようなネタだ」


「つまりろくでもないってわけね」


「違いない。なにせ俺は、弱者男性だったからな」


「ほんと次から次へと、変な言葉を考えつくわね」


「別に俺が考えた言葉じゃないぞ。それとも、さっきの話はやっぱり信じられないか?」


 公園で語った、タイムリープの話を間接的にあげた。


「んー」


 葉那は悩ましいというよりも、どっちつかずのような表情が浮かべていた。


「自分でも信じてるのか信じてないのか。よくわかってないわ。なにせ信じられない話なのに、信じるしかない話なのもたしかだから」


「ま、今すぐ信じる必要のある話でもないさ。時間なんて、いくらでもあるからな」


「……うん。いくらでもあるわね」


 感じ入るように葉那は頷いた。


 お互い、隠すものなんてなにもない。


 恥ずかしい姿なんて散々曝け出した。


 引け目を感じるようなものは、俺たちにはなにもない。


 これからもずっと対等な友達であることには変わらないのだから。


 それがたしかになった今、どんな話をするのにも、覚悟や決意など必要ない。日常の世間話感覚で、これまでの人生の話をするだろう。


「あ、そうだ」


 ふと葉那が思いついたように口を開いた。


「本当に未来を生きてきたんなら、折角だから聞きたいことがあるわ」


「なんだ?」


「デスノ◯トって、どんな終わり方するの?」


 真剣な顔で、葉那はネタバレを求めてきた。


「ヒコが死んだ時代には、もう完結してるでしょ?」


「さすがにな。まだ連載してるのなんて、ワンピ◯スとハンタ◯ハンターくらいだ」


「へー、そのふたつ、そんな未来まで続いてるのね。じゃあ、百巻以上出てるってこと?」


「ワンピ◯スはな。ハンタ◯ハンターは三十……何巻だっけな。三、四年に一回のペースでしか出ないから、覚えてねーな」


「ハンタ◯ハンターになにがあったのよ……」


「なにかあったんじゃない。ほとんどなにもなかったんだ」


「えー……」


 葉那は唖然としている。でもインパクトだけはあったのか。未来のジ◯ンプの連載作品に、こち◯めが上げられていないことに気づいていない。


 上から目線でもなければマウントを取りたいわけでもない。求めてくるというのならいくらでも話せるが、あれもこれもと話をしていたらキリがない。


「ともかく、デスノ◯トがどんな終わり方をするか、だったな」


 だからまずは、一作品に絞って未来のネタバレをしたのだった。

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