31 アイス欲
貼り出された期末テストの結果には、今回も変わらず二番目に守純愛彦の名があった。二回連続の学年二位。それは名誉であると同時に、あと一歩及ばなかった結果でもある。
真白百合。彼女の名はまたしても、俺の上にあったのだ。
二回も同じ結果が続き、難しい顔でその張り紙を眺めていると、
「惜しかったな守純」
なんて慰めの声がかけられた。
長城を筆頭にした男子たちが、『おまえなら次はやれる』『次こそは一位だ』『おまえは男子の希望の星だ』などなど、男子の名をトップに据える役目を、俺に託してくれているのだ。まさに百合ヶ峰の男子代表はおまえだと告げるように。
そんな男子たちからの激励を受けている様を見て、我が人生の盟友は、一言の慰めやエールもかけることなく、くだらないものを見るような視線だけ残し去っていった。俺の生真面目な顔の裏に隠された下心を知っているからだ。
二回連続真白百合の後塵を拝したのだ。今度こそライバル宣言をしてお近づきになろうと、このときの俺は企んでいた。
「助けてくれ、守純……」
その企みは不埒な愚か者によって、またも防がれてしまった。
そんなことがあった日のことだ。
用を足そうと自室から出ると、丁度リビングから出てきた葉那と鉢合わせた。
「あ、丁度よかった。アイス買いに行くけど、ヒコもいる?」
「アイス?」
咄嗟のことに、つい顔をしかめてしまった。まるで野菜嫌いの子供が、ピーマンと聞くだけでそうしてしまうように。
決してアイスが嫌いというわけではない。目がないとまでは言わないが、冷凍庫に備えられているのならよろこんで頂く。暑い夏の日に至っては、むしろ積極的に取り入れていきたい食品である。
でも、いざ寝るかというときに差し出されても、ありがたみは感じない。
「こんな時間にか?」
なにより十時に差し掛かろうとしている。こんな遅くにひとりで買いに行こうとしていることを懸念したのだ。
「さっき見ていた番組で、アイスの特集がやっててさ。ああいうのを見ちゃうと、つい食べたくなるのよね」
「その手の気持ちはわからんでもないが……」
「で、いるの? いらないの?」
「寝る前にアイスはさすがにな」
「ヒコは寝るのが早いものね。わかったわ。じゃ、おやすみ」
葉那はそれ以上なにも言わず、あっさりと買いに行こうとする。
靴を履いているその背中を見ながら、このまま送り出していいものか迷った。夜遅いとはいえ補導される時間ではない。ゲームセンターのような娯楽施設に行くわけではないから、警察や補導員に見咎められることはない。
これが長城や永峰たちのような男相手なら、気をつけろよの一言で送り出している。
心はどうあれ、目の前にいるのは社会的には女の子だ。それもとびきりの美少女、しかも巨乳である。その背中は『おう、また明日』と送り出すには、あまりにも心許なく映った。
こういった心配は、向こうは嬉しくないだろう。でもこれからひとりで夜道を歩こうとしている葉那を、このまま送り出すのも不安であった。
「待て」
「ん、なに?」
「やっぱ俺も行くわ」
その不安が気づけば、行動に移っていた。
肩越しに振り返った葉那の目はキョトンとしていた。
「寝るんじゃなかったの?」
「話をされたら、アイス欲が湧いてきた」
「あら、ヒコがその手の欲に負けるなんて珍しいわね。罪悪感はないの?」
「その罪悪感が、アイスを美味しくしてくれる」
「間違いないわね。そこにコーラも付けたら完璧よ」
「太るぞ」
「大丈夫。私、カロリーは胸にいくタイプだから」
「貧乳が羨ましいんじゃなかったのか?」
「そうだった。これ以上、大きくなっても困るんだったわ。悩ましいわね」
「なら行くのは止めとくか」
「ま、それは今後の課題ということで」
アイス欲には抗えない。葉那は一切の後ろめたさ感じさせない表情を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます