25 神の教え
「あの……お知り合いの方ですか?」
真白は目をパチパチさせながら、俺とハルやんの顔を行ったり来たりしている。こんな巨漢が俺を神と仰ぎ、いきなり助けに現れたのだ。驚くのも無理はないだろう。なにせ俺が一番驚いた。
「知り合いってほどでもないよ。前に一度、彼が困っていたようだったから、その悩みを解決しただけさ」
「困っていたってなんて、そんなちっちゃなものじゃありません。あのときの俺は絶望に明け暮れていた……まさに地獄の住人でした」
ハルやんはゆっくりとかぶりを振った。
「そこに救いの手を差し伸べてくれたのが守純さんでした。何日も泣きくれていた地獄のような苦しみが、守純さんにかけられたお言葉で嘘のように消え去った。それだけじゃない。地獄から戻って来られた思えば、天国への道筋を示してくれた。数分前で絶望に明け暮れていたはずの俺が、気づけば未来への希望を抱いたんです」
「わぁ……守純さん、本当に神様みたいですね」
「ええ、まさにあれは神の導き。そのお言葉はまさに神託。俺はあの日、神様に出会ったんだと確信しました。あのとき授かった教えを信じることで、俺は夢を追い続けることができたんです」
「どんな教えですか?」
「諦めなければ夢は必ず叶うなんて綺麗事は言わない。けどその綺麗事を信念に据えて、推し通した先にしか見られない景色はきっとある。それこそ天国のように素晴らしい、綺麗な世界にたどり着くんだ。です」
「それはとてもいい教えですね、守純さん。その教え、わたしも今日から胸に刻みます」
心からの敬服したように、真白は手を合わせながら褒めてくれる。ハルやんもまた、自分のことのようにそれを嬉しがっている。
止めてくれ。中二のとき自分に酔いながら吐き出したポエムもどきを、神の教えと呼ばないでくれ。
羞恥の虫が体内を駆け巡り、突き破ってくるんじゃないかとぞわぞわする。
「それで守純さん……いや、我が神よ」
「神なんて呼ばないでくれハルやん」
「俺、ついに掴んだんです。ずっと追い求めてきた夢。綺麗な世界にたどり着いた、その奇跡を」
「え、マジで?」
神呼ばわりの羞恥が一転、目を見開くほどに驚愕した。
あのときからずっと追い求めてきたハルやんの夢といえば、ひとつしかない。
「来週、俺の部屋で奇跡が起こります」
「やったなハルやん!」
「神っ!」
ハルやんの喜びが自分のように嬉しくて、その両肩を掴んだ。見上げるとその強面な瞳は、うるっと水滴を拵えていた。
「これも全部、神のおかげです。本当に、本当にありがとうございました!」
「別に俺はなにもしちゃいない。ただ、ちょっと言葉をかけてやっただけだ。それを信じて、実践し続けてきたのは間違いなくハルやんだ。この奇跡は神の賜物でもなんでもない。自分で手繰り寄せた奇跡に、もっと胸を張っていいんだハルやん」
「神……俺、俺……!」
これ以上言葉が出ないのか、ハルやんは感動に打ち震え涙ぐむ。
俺は別に謙遜をしているわけではない。なにせファンお宅訪問の企画は、
「守純さんに絶望から救われたのは、わたしだけじゃなかったんですね。やっぱり守純さんって、すごい方ですね」
感動を分けてもらったように真白は嬉しそうだ。
「ちなみにハルやんさんは、どんな夢を掴んだんですか?」
「え、あ、その……」
不意打ちのような問いかけに、ハルやんは感動から我に返った。
「えっと……ちょっと人に言うのは、ちょっと」
「あ、聞きづらいことを聞いてしまったなら、ごめんなさい」
「いえ、とんでもありません。他人から見たら、恥ずかしい夢なものなので」
後ろめたそうに顔を背けるハルやん。
まあ、AV堕ちした推しと交われる企画ものに参加するのが夢だったとは、恥ずかしくて人には言えないだろう。しかも相手は可愛い女子高生ならなおさらだ。
「わかります、そのお気持ち。わたしも人には言えない秘密がありますから。だからそれを認めて、胸を張っていいと言ってくれる人の出会いは、まさに神様がもたらしてくれた奇跡のようですよね」
「ええ、守純さんとの出会いは、まさに神との遭遇でした」
「ふふっ。なにせ守純さんは、学校でも神様と呼ばれている方ですから」
「神はやはり、どこにいても神ということですね」
どこまでも神だ神だと俺を持ち上げる真白とハルやん。
ネタで神呼ばわりされるのは構わないが、本気で神として崇められるのは正直怖かった。狂信者を前にしたとき、きっとこんな気持ちになるのだろう。しかもその信仰が俺に向いているとか二度怖い。
神だ神だと聞こえてくるので、通行人たちの目もどこか白かった。
「おっと、そういえばこちらの方は、神の……?」
しれっと話に入ってきていた真白の存在を、改めて認識したハルやん。今にも隅に置けませんねと言いたそうな表情は、俺たちがそういう関係に見えるのだろう。その顔だけで俺は満足だった。
「彼女は俺の推しだ」
「神ほどになると、そんなお相手とお出かけまでできるんですね」
「まあな」
「だったら俺はお邪魔のようですね。神、今日はお会いできて嬉しかったです」
握手を求められたので、俺はそれに応えた。
「今日はありがとな。本当に助かった」
「いえ、このくらい。またどこかでお会いしましょう」
ハルやんはそう言い残して、雑踏の中に消えていった。
またとは言うが、もう会うこともないだろう。そう信じてすらいたが、ハルやんとの再会は近い内に訪れることになる。
まさか『守純の教え』というカルトサークルを立ち上げ、俺を神と崇める多くの狂信者を生み出していたとは。このときの俺は思いもしなかった。
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