27 謎はすべて解けた

 次の日。


 万全を期すため、いつもより十分早く家を出た。教室で予習する振りなんてしながら、今か今かと長城を待ち受けていたのだ。


 昨日、いにしえの端末と契約した後、三時間もかけてメアドを考えた。『mahahiko625』なんてありきたりなものではいけない。メアドを交換したとき、なんだよこれってついクスって笑ってしまうセンスを求めたのだ。


 その結果、かつて掲示板のまとめサイトを見たときに印象が残っていた文字列を、我がメアドとしたのだ。『nekonekonyannyanilovedog』。いや、犬のほうが好きなんかーい、と突っ込んでもらえ、話も弾むはずだ。


 そろそろ予鈴のチャイムが鳴る時間になって、長城はやってきた。


「よう、長城。おはよう」


「おう、守純」


 とだけ。おはようは返ってこなかった。


 素っ気ないわけでも、余所余所しいわけでもない。ただ、上の空というか、なにか考え事をしているようだった。


 後ろの席の長城に、身体ごと振り返った。


「なんかあったのか?」


「……ん? ああ、ちょっとな」


 どこか釈然としない態度を長城は見せた。


「ベッドの下の雑誌が、今頃になって心配になったか?」


「机の引き出しは鍵付きだからな。そういった心配はない」


 軽口に対して、長城はいつもの調子を出してきた。


「永峰がちょっとな」


「永峰?」


「来る途中にバッタリ会ったんだが、様子がおかしいんだ」


「おかしい? どんな風にだ」


「元気がないっていうか、悩んでるっていうか……なんか抱え込んでる感じなんだよな」


「抱え込んでる、か」


「声かけようとしたら、『どうしようどうしよう』って呟いててさ。なんかあったのか、って聞いても『なんでもない』って返ってくるだけだ」


「それは絶対なにかあるな」


「でも無理やり聞き出すのもあれだろ? ほら、家族の揉め事とかだったら、下手に首突っ込むわけにもいかないし」


「デリケートな問題はなー」


「でも家族にいえない類の問題だったら、話は聞いてやりたいしさ」


「そうだなー」


 お互い顔を見合わせても、答えはそこには書いていない。浮かんでいるのは難しい表情だけだ。


「とりあえず永峰のことは様子見だな」


「だな。情報が足りなすぎる」


 永峰については保留という形でまとまった。


 このとき俺は、長城を待ちわびていた目的をすっかり忘れていた。


 三時間目が終わるとすぐに席を立ち、永峰のクラスを訪ねた。でも目的は永峰ではなかった。


 教壇側の出入り口から、教室内をキョロキョロと見渡す。窓側の一番前の席周辺に、目的の人物は見つかった。


 他クラスなどなんのその。教室内に入るとその肩を叩いた。


「葉那」


「え、ヒコ?」


 葉那のキョトンとした顔がこちらを向く。


 そしてこちらを向いた顔はそれだけではない。葉那とお喋りに勤しんでいた他の女子四人が、一斉にこちらを向いた。


 陰キャ時代の俺だったら、この時点でタジタジだったであろう。そもそも他のクラスの教室に足を踏み入れるなどもっての外だ。


 それを受け止める胆力が、今の俺には備わっていた。


「話したいことがあるんだけど、ちょっといいか?」


 親指で教室の外を指した。


「ここで済ませられない話なの?」


「ああ。ここじゃちょっとな」


「もしかして告白?」


 名の知らぬ女子Aが、ニヤニヤしながら口を挟んでくる。


 俺たちがタジタジとする様を楽しみたいのだろうが、玩具になってやるつもりはない。


「バレたなら仕方ない。彼女にしてやるから、面を貸してくれ」


「はいはい。ちょっと彼氏作ってくるわねー」


 キャーと黄色い声が上がる。葉那はそんな友人たちに、受け流すように手を振った。


 教室から離れた階段前で、葉那に向き合った。


「悪いな。いきなり」


「別にいいけど、なにかあったの?」


「それを聞きたくておまえを呼んだんだ」


「どういうこと?」


「永峰の奴、教室での様子はどうだ?」


「あー、永峰くんね。はいはい」


 それだけで得心したように葉那は手を合わせた。


「お察しの通り、様子がおかしいわよ。元気ないっていうか、悩んでるっていうか。クラスの男子もその様子を察して、声をかけてたんだけどね。なんでもないって返してるけど、なにかあるのはバレバレよね」


「長城が言ったまんまの状況というわけか」


「長城くんもおかしいって?」


「朝にな。『どうしようどうしよう』って言ってたらしくてさ。声をかけてもなんでもないって言われる始末だ」


「なんか心当たりないの?」


「それがないから、教室内での様子を聞きに来たんだが。些細なことでもいいから、これってことはないか?」


「うーん、なんかケータイを気にしてる様子ではあるわね」


「ケータイ?」


「永峰くん、私の斜め前の席なんだけどね。ずっとケータイを見て難しい顔してるのよ」


「他になにかないか?」


「えーと……あ。『今日中に五十万なんてどうすりゃ』みたいなこと言ってたわ」


「五十万?」


「今思えば、お金のことかしらね。不良にでも絡まれて、ふっかけられたのかしら。今日までに五十万用意しろ。できなかったらわかるよな、てさ」


「……そういうことか!」


 俺がいきなり叫ぶものだから、葉那はビクンと背筋を震わせた。


「え、そういうことかって……五十万用意しろって?」


「ああ、永峰は今まさに、五十万用意しろって脅されているんだ。でも、相手は不良グループじゃない」


「じゃあ、誰が永峰くんを脅してるのよ」


「一言で言うなら、悪の組織ってやつだな。そして葉那、それがどういう奴らか、おまえは知っているはずだ」


 彼らの鴨にならないように、中学時代しっかり教え込んでいる。それなのに葉那は思い当たる節のない顔をした。


 そんな葉那を横目に、俺は腕組しながら宣言した。


「永峰がなにをやらかして、五十万を用意しろって脅されるはめになったのか。謎はすべて解けた」


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