03

 中学二年生以来、廣場家への訪問はご無沙汰、でもなかった。


 ここ一年、葉那の母親おばさんとバッタリ会う度、「あら、ヒコくん。丁度よかったわ」と家に呼ばれて、戴き物の食料品を持たせてくれるのだ。高級のハムセットや果物、そうめんなどなど。年末なんて蟹を分けて貰い、豪勢な鍋になったものだ。


 そうやってちょくちょく廣場家にお邪魔する機会はあったが、葉那と一緒に家にあがったのは、中学生以来である。


 真っ直ぐにリビングへ通されると、買い物袋を持った葉那はそのままキッチンへ向かった。


「手伝うか?」


「運んでほしいときは呼ぶから、テレビでも見てて」


 言われるがまま、手伝いが必要なきたるそのときまで、ソファーでふんぞり返ることにした。しかしテレビを流し見る習慣もない。


 手持ち無沙汰で居心地が悪くなる家でもない。ただ手持ち無沙汰は暇である。


 手番までなにをしようかと悩む前に、ローテーブルに上がっているものに気づいた。


 ニ◯テンドーが出しているゲーム機の最新機種、ゲー◯キューブである。


 テレビは消えているが、ゲーム機は起動したままだ。


「お、なにやってたんだ?」


「バ◯オ4」


 もったいぶることなくフミは答えた。


 テレビをつけると、ゲームのアイテム画面が映し出された。セーブができない地点で、昼飯を買いに行こうと思い至ったのだろう。


 フミはテレビのリモコンを差し出してくる。


「はい。好きなの見ていいよ」


「俺に構わず続けてくれ。テレビを見てるより、人のゲームを見てるほうがよっぽど面白い」


「ヒコくんがそういうなら、まあ」


 そういうことなら遠慮なくという顔で、フミは隣でゲームの続きを始めた。


 葉那の友人であって、フミの友人ではない。フミから見た俺もまたしかり。でもこのくらいで居心地が悪くなるほど、気を置いてしまう仲でもない。


 遊びに来たときはよく、フミも交えてゲームをしたものだ。


「というかフミ、ホラゲーとか苦手じゃなかったか?」


 葉那はこの手のゲームは好きだったから、小五の頃からバ◯オシリーズに手を染めていた。いつもゲームに混ざってくるフミも、これをやるときだけは逃げていた。


「いつの頃の話さ。来月には中三だよ、僕?」


「そういえばそうだったな」


 ホラーゲームから逃げていたときのフミは小三だった。それが今や中学三年生になろうとしている。


 趣味嗜好も変わるわけだ。


「この間まであんなに小さかったのに、大きくなったもんだなおまえも。今、何センチあるんだ?」


「親戚のおじさんかよ……」


 的確にヘッドショットを打ち込みながら、フミは呆れた声をあげた。


 しかしフミの発言は、言い得て妙だ。きっと俺は、その親戚のおじさんくらいの年齢は生きている。友人の子供とまでは言わないが、ついついフミをそういう目で見てしまう。


 黙々とゲームを進めるフミ。そのプレイは下手ではないが上手いともいえない。


「これ何周目だ?」


「一周目。友達から昨日借りたんだ」


「ふーん」


 それでつい、しょうもない悪戯心が湧いてしまった。


「その武器商人、倒せるって知ってたか?」


「へー、そうなんだ」


「倒すと無限ロケットランチャー落とすぞ」


「え、マジで!?」


 驚嘆したように叫んだフミは、容赦なく武器商人にショットガンを撃ち込んだ。しかもヘッドショットである。


 痛々しい断末魔を上げた武器商人。その死体をウキウキで漁ろうとしたフミは、すぐに怪訝な顔を浮かべた。


「あれ、なにも落ちてないけど」


「あのな。そんなゲームバランス壊すような武器、一周目から手に入るわけないだろ」


「は……?」


「ちなみに殺した武器商人は復活しないから、二度とそこで買い物はできないぞ」


「はぁ!? ふざけんなよ!」


 当然の権利で怒りを露わにしたフミを、ケラケラと俺は笑った。


 懐かしい。これのリメイク版をプレイしたヒィたんも、こんな風に騙されキレたものだ。


 からかわれたことに渋い顔をしたフミは、すぐに諦めたようにため息をついた。


 コントローラーの操作でタイトルに戻ることなく、ゲームの電源を直接落としたのだ。


「悪い悪い、拗ねるなって」


「拗ねてない」


「ほら、直前でセーブしたから大丈夫だって」


「だから拗ねてないって」


 とりなそうとする俺に、フミはかぶりを振った。


 たしかに鬱陶しそうな面持ちではない。どちらかといえば、気がかりがそのまま表に出ている感じだ。


「どっちにしろ集中できてなかったから」


 その原因を示す視線は、俺に向くことはない。


 フミは肩越しに振り返り、キッチンの向こう側を見やった。


「あのさ、ヒコくん」


「なんだ?」


「本当にまともなもの出てくるの?」


 心配そうなフミの声色。どうやら葉那の料理の腕に疑問を、いや疑念を抱いているようだ。


「そんなに心配か?」


「だってあの兄ちゃんだよ?」


 フミの不安の理由はいたってシンプル。一切の飾り気のない、本人にとってこれ以上ない説得力を持っている言葉がこれのようだ。


 葉那がなにかをやらかしたのではない。ただ、ずっとなにもやってこなかった。


 生まれたときから同じ家で暮らしてきた兄弟だからその不安なのだろう。


「大丈夫だ。普通に美味いもんが出てくる」


「本当かなー」


「あいつが作る飯を食ってきた俺が保証する」


「うーん……」


 どれだけ言葉を尽くしても、フミは納得いかないと唸り声を上げた。


 この信用のなさはまさに、兄弟として育ってきたからこその絆。兄の背中を側で見続けてきたからこそ、俺を信じきれないのだろう。


 それもしょうがないことかもしれない。兄が姉になってしまってから、クラスメイトより顔を合わせていない存在だ。この二年半の変化を受け入れるには、ふたりは離れすぎていた。


 フミがバ◯オを止めたので、ふたりでス◯ブラをプレイすること数十分。


「ヒコー、できたからよろしくー」


 キッチンの向こう側から聞こえてきた声に、フミは不安そうに眉をひそめた。

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