51 君、この後暇?
これはさすがに、言葉が悪かったかもしれないと反省した。
「興味ないっていうのは、天河ヒメだけじゃなくて、アイドルそのものにっていうか。芸能人すべてがっていうか……テレビとかそういうの、飯時に流してるニュース以外見ないからさ」
「そ、そうなんだ。厳しいお家なのかな?」
「いや、普通の母子家庭だ。母ちゃんとか、いつもテレビ見てるし」
「え、じゃあなんで見ないの?」
「なんで見ないのって……うーん」
改めて聞かれると、一言で表す言葉が咄嗟に出なかった。
顎に手を添えながら、思いつく限りを声に出していく。
「そうだな……CMは飛ばせないし、めち◯イケはガチガチな台本だし、倍速機能はついてないし、マスコミの露骨な情報操作や、偏った報道にはうんざりするし……」
天河ヒメの顔はどんどん顰めていく。
そもそも俺がまったくテレビを見なくなったわけは、娯楽がネットで事足りるからだ。子供の頃は無邪気に信じていたテレビの裏側を知り、バラエティすらも楽しめなくなった。通しで見るのが拷問のような苦痛を伴うのだ。
一方ネットで動画を見る分には、倍速機能がついているし、コンテンツも無限にある。見ていて嫌になればすぐに視聴をやめて、他に面白いものを探せばいい。テレビはチャンネル数が限られてるから、すぐに底を尽きるのだ。
そして、ようやく自分の中でテレビを見ない理由を言語化できた。
ポン、とスッキリしたように手を叩いた。
「そうだ、見ていて不快だからだ!」
「うわぁー……」
まるで過激派のヤバい奴を前にしたかのように、天河ヒメは呻いた。俺もヴィーガン過激派の主張を初めて知ったとき、こんな顔をしたかもしれない。
そんな相手とわかりあうつもりのない過激派と、これ以上共にしたくないだろう。
俺は目的を果たすため、じゃ、と言い残し身を翻した。
「待って待って待って待って」
「ぐえっ!」
三度首根っこを掴まれ、インターラプトされた。
「なんなんだよもう!」
「一応ほら……私のこと、わかってて助けてくれたんだよね?」
こちらの剣幕には一切動揺せず、そして悪びれない天河ヒメはそう訊ねてきた。
「なんで助けてくれたの?」
「助けないほうがよかったか?」
「そうじゃなくてさ……興味ない不快な世界の象徴みたいな私を、なんで助けてくれたのかなって。しかもなにも求めてこないし」
「それは……」
咄嗟に答えられなかった。
ただ答えに窮したのではない。あのときの自分を突き動かした感情を、改めて整理する時間がほしかったのだ。
「理由はふたつだな」
俺は指を二本立てた。
「ひとつは本物じゃない可能性だ」
「本物じゃない?」
「ただの天河ヒメ似の美少女だったら、そこからワンチャンないかなって下心があったんだ。『ありがとうね。そうだ、君この後暇? よかったらお姉さんとご飯でもどう?』って具合にさ」
たしかに天河ヒメ本人には興味はないが、美少女にはいくらでも興味がある。ナンパでこそなかったが、こうやって男たちに絡まれた美少女を助けたところ、惚れられた少年たちを俺は沢山見てきた。そんな彼らの背中に倣いたかったが、残念ながらトップアイドル相手にワンチャンはない。ワンチャンあった少年たちを沢山見てきたが、それが現実的ではない分別はついている。
「だから本物だったことには、むしろガッカリしたな」
「アイドル人生で、本物でガッカリしたとか言われたの初めてだよ」
愕然としたように天河ヒメは肩を落とした。
そんな天河ヒメにお構いなく、指を一本立てた。
「もうひとつの理由。本題はこっちだな。友達が天河ヒメ信者なんだよ」
「信者っていうのは……ファンってことでいいんだよね?」
どこか訝るように訊ねてきた。テレビを不快と切り捨てた過激派を前に、認識のすり合わせをしたいのだろう。
「ああ、大ファンだったよ」
「だった、って……過去形?」
どこか面白くなさそうに、天河ヒメは口を尖らせた。
ここで認識がズレてしまったことがおかしくて、苦笑してしまった。
「いや、最期まであいつは……廣場花雅は天河ヒメ一筋だった」
「最期って……もしかして」
「ま、そういうわけだ」
その意味を理解した天河ヒメは、悲しげに顔を伏せた。
今日ここで、俺が助けなくても天河ヒメの人生は変わらない。彼女が幸嶋と結婚して、子供を設ける幸せな未来が待っている。
それでも天河ヒメを助けた意味はあった。たとえ名前だけでもマサの存在を認識して、その死を悼んで貰えているのだ。
「たったそれだけの感傷だから、気にしないでくれ」
天国のマサも、信者冥利に尽きるだろう。
俺はじゃ、と片手を振りながら、本来の目的を果たすため動き出した。
「待って待って待って待って」
「ぐえっ!」
仏の顔も三度まで。それが四度も続けば、中指を立てたガンジーが、助走をつけて君死にたまえと吐くだろう。
「マジでいい加減にしろよ!」
「君、この後暇?」
怒鳴りつけるも天河ヒメはやはり怯まず悪びれず。芸能人の白い歯を零しながら、サングラスをずらし、上目遣いでこちらの顔を覗き込んできた。
「よかったらお姉さんとご飯でもどう?」
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