06

 やはり悪い行いには悪い結果がついて回るのか。あれが里梨だけではなくフミにまで見られていたなんて。


 そっとフミの肩に手を置いて、あの日の夏の顛末、かつて里梨へ行った説明をした。


「……ヒコくんたち、そんなしょうもないことしてたの?」


 あれほど深刻だったフミの面が、一気に呆れ返った。


「これで誤解は解けたか?」


「うーん、まあ……」


「なんだその煮えきらない態度は」


 唇を結んだフミに、今度はこちらが呆れてしまった。


「そもそもあいつが、男を好きになるなんて本気で考えてるのか?」


「ヒコくんが相手ならありえるじゃん」


「おまえは俺とあいつをなんだと思ってる」


「兄ちゃんが女になっちゃったんなら、そうなっても不思議じゃないよ。そのくらいふたり、仲良かったし。今だって付き合ってるとしか思えないくらい、仲がいいし」


 複雑そうな表情を浮かべるフミに、思わずため息が漏れ出した。


「たしかに当時小六だったおまえには、実は兄ちゃんの身体が女でした、って知らされたのはショックだったかもしれんが――」


「そんなの、知らなかったし」


「え?」


 俺が呆けた声を出すと、そっとフミは目を伏せた。


「ヒコくんさ、外でバッタリ会ったとき、よく兄ちゃんの容態を聞いてきたじゃん」


「親戚の家で療養してる。命に関わることじゃない。心配ないらしい。返ってくるのはいつもそのパターンだったな。正直さ、あいつが生きてるとは思わなかった」


「別にはぐらかしたわけじゃないんだ。僕もそのくらいしか、母さんたちに聞かされてなかったから。さすがに死んだとまでは思ってなかったけどさ……生きてる兄ちゃんとはもう会えないんだなって、なんとなく思ってたんだ」


 フミは小さく息をついた。


「母さんよく、夜中に泣いてたから」


「ああ……」


 沈んだ顔をそれ以上見ることができず、そっと天井を見上げた。


 おばさんは葉那をあのように生んでしまったこと。そしてどんな言葉をかけられようが、子供の前では絶対に泣くことはなかった。そうやって日々溜め込んで抱え込んだものを流しているところを見れば、フミのような勘違いするのも致し方ないだろう。


 なるべく感情を声音に乗せず訊ねた。


「それで、あいつの事情はいつ知らされたんだ?」


「兄ちゃんが帰ってくる、一週間前」


「まだ一年経ってないくらいか」


「だから知ったタイミングは、ヒコくんとそんな変わんないんだ」


 苦笑いを浮かべながら、フミは肩を上下させた。


「女装した兄ちゃんを想像してたんだけど、帰ってきたときにはもうあれだったからさ」


「あいつの女っぷりは完璧だからな」


「ああ、兄ちゃん、マジで女になっちゃったんだって」


「だからどう扱っていいのか、戸惑ってたのか」


 唇を結んだまま、フミは項垂れるように首肯した。


 葉那はこの前、自分が女だと発覚してから初めて実家で寝泊まりした。廣場家の男ふたりは、葉那の身体について触れないよう意識して接していたようだ。それがあからさますぎるから、葉那はそれに申し訳なく思い、そこに以前にはなかった溝を感じた。


 俺はそのとき、


『息子や兄が、こんなナイスバディになっちまったからな。今まで通りにはいかんだろ』


 おじさんとフミの間に生まれた溝を、相手は男だから仕方ないと一緒くたにしていた。葉那自身もまた、同じ意見だった。


 でもフミの話を聞いてわかった。


 葉那とフミの間にある溝、その問題はおじさんとは別物だったのだ。


「いいか、もう一度言うぞフミ」


 だけどそれは、俺が直接フミへ告げるべきではない。


「マサの根っこはなにも変わっちゃいない。あいつはおまえの、兄ちゃんのまんまだよ」


 フミがなにも知らなかった家族の問題は、他人が語るべきではないと思ったのだ。

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