12

「お詫びに一杯入れてあげる」


 立ち上がった葉那は、手をひらひらと振りながらキッチンへと引っ込んだ。


 ソファーにどっしりと腰を下ろすと、隣のフミがポツリと口にした。


「ヒコくんの言ったとおりだった」


「なにがだ?」


 軽い口調で問い返した。なんとなく返ってくる答えはわかっていたから、ジロジロとその横顔を見遣ることはしない。ゲームの続きを始めた片手間で、サラッと流すくらいが丁度いい。


 横目に映るテレビを見据えたその顔は、


「兄ちゃん、マジで兄ちゃんのまんまだった」


 どことなく嬉しそうに綻んでいた。




     ◆




 三人でゲームを楽しんでいると、あっという間に時間が流れた。


 テレビの上に掲げられている壁掛け時計をふと見遣ると、時刻はもう十時すぎ。友人の家に居座るには、もう遅い時間である。


「もういい時間だし、そろそろお暇するわ」


「え、もう帰るの?」


 そう声を上げたのはフミである。まだまだ夜はこれからな年頃だから、名残惜しそうな目をしていた。


「母さんたちもいないんだし、このまま泊まってけばいいじゃん」


「いつもはとっくに、もう寝てる時間だからな。生活リズム崩したくないから、帰って寝る」


「もう寝てる時間って、ヒコくん老人かよ」


「成長ホルモンが分泌される睡眠のゴールデンタイムは、夜十時から二時にかけてだからな。あんまり夜更かしばっかしてると、背伸びないぞ」


 卓上にコントローラーを置くと、立ち上がりながら伸びをする。


 そのまま玄関へ向かうと、葉那も一緒についてきた。


 玄関でかけられていたコートを葉那が手渡してくる。そんな当人は中学のジャージを着たまま、上を羽織る様子はない。


「今日はこのまま泊まってくのか?」


「うん。母さんが帰ってくるまで、フミの面倒を見てやるわ」


「そうか」


 簡素な返事を口にしながら、コートを羽織りながら靴を履いた。


 久しぶりの我が家はなんだか居心地が悪かった。


 前にそう口にした葉那の顔は、なんの憂いも帯びていない。かつて遊びに来ていたときに見てきた、この家で過ごす住人そのものだ。


 俺がすべき心配はない。


 だからかける言葉もない。


「それじゃ、またな」


 そんな帰り際の挨拶を、この家で久しぶりにした。


「ヒコ」


 扉に手をかけると、葉那はふいに呼んできた。


「今日はありがとね」


 なにを、とまで口にせず葉那は微笑んだ。


 葉那の人生の課題。家族との間に生まれた溝。


 フミとおじさんを、男という枠でくくって、その問題は同じものだと信じていた。今日もし、食料を求めて外へ出ることがなければ、思い違いをしたままだったかもしれない。


 だからこんな風にあっさりと、課題がひとつ解決したのが嬉しかったのだろう。


 お互い通じているのなら、言葉は尽くせばいいというものではない。それが男同士ならなおさらだ。


 こういうときは一言だけ、


「おう」


 とだけ答えればそれでいい。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――


後日談1、これにて完結。

近々、前日譚に繋がる後日談2を投稿予定です。

百合をこれからもよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る