30 新しくできた一番
手紙の主が、まさかの上透。
初めての告白イベントで盛り上がった心が、それだけで落ち着きを取り戻し冷静になっていった。
こういうオチだったか……と、すこし残念にすら思った。
なにせ上透が俺に告白するわけなんかない。彼女には既に、愛し合っている相手がいるのだ。
ではなぜ、こんな風に呼び出したのか。大体の予想は既についていた。
「ごめん、待たせたかな?」
「あ、ううん。全然。こっちのほうこそ、いきなり呼び出しちゃってごめんね」
上透は照れた様子というよりは、緊張した面持ちで口を結んだ。
どう話を切り出すのか迷っているのだろう。
だったらこちらから切り出そうとすると、
「あのね、守純くんって……廣場さんのこと、どう思ってるのかな?」
「へ、葉那?」
意表を突かれ間抜けな声を上げてしまった。
なぜ葉那のことを問われたのかはわからないが、別に隠すようなことはなにもない。素直に答えることにした。
「あいつのことは、ただの友達だと思ってるけど」
「本当に? ほら、廣場さん、あんなに綺麗な人だから……側にいるとドキっとしたり、つい目を離せなくなっちゃうことって、ないのかな?」
「まったくないよ。あいつは俺の中では男友達枠だから」
いや、たしかにドキっとさせられることはある。それはあいつの悪魔としての所業についてであり、最近の振る舞いについてはあいつの被害者として目が離せない。でもどちらも、上透がいうドキッとは別物だろう。
「へ、へー……そうなんだ」
意外な真実を突きつけられたように、上透は目を丸くした。
上透は下腹部に添えた手に目を落とした。まるでそこに作戦でも書いてあったのか、決意したように顔を上げた。
「で、でも! 守純くんはそうかもしれないけど、廣場さんのほうは違うんじゃない? よくふたりでいるところを見るけど、廣場さん……特別な人と一緒にいるときの顔をしてるから」
まるで自覚を促すように上透は伝えてきた。
まあ、それは否定しない。たしかに葉那の友達の中では、俺は特別枠だ。あいつの事情をすべてわかっているからこそ、葉那は俺に信頼を寄せている。
それにしても、上透がなぜ葉那のことを気にするのか。クラスは別だから、葉那との交流はなかったはずだが。
葉那と上透の間に、なにか繋がりでもあったかと考えて、気づいた。
「もしかして上透さん、金曜の放課後に起きた話、クラスメイトにでも聞いたの?」
「え、あ……」
気まずそうに顔を俯かせる上透。
ようやく合点がいった。たしかにあの話を聞けば、葉那のことも気になって当然だ。
「たしかにあれは、俺たちの事情に百合を巻き込んじゃったからな。それを気にしてるんだろ?」
「……うん」
俯いたまま上透は肯定した。
俺と友達となったとは聞いてはいたが、その時点で色んな考えが駆け巡ったろう。
俺は学園一の優等生男子。唯一の欠点といえば、神に祀り上げられてしまったということくらいか。友達ができて喜んでいる百合に、付き合いを止める理由が見当たらず、もしかしたら困っていたのかもしれない。
おそらく昼休みの後に、恋人があんな形でいざこざに巻き込まれたのを知った。だからいてもたってもいられず、こうして俺を呼び出したのかもしれない。
「ねえ、守純くん」
「なにかな?」
「真白さん……百合はね、すごい純粋な子なの」
百合を名字で呼ぼうとしたが、すぐに止めた上透。これからの話をするためには、その仲の良さを隠すことができないとわかったのだ。
「うん、知ってる。純粋で、無垢で、無邪気で。本当に、白百合のような花の子だ」
「わかってくれているなら……お願い。百合と距離を置いて」
宙ぶらりんだった上透の両手が強く握られた。
「今回の問題が起きたのは、正直守純くんが悪いと思う。守純くんにその気はなくても、廣場さんもそうだとは限らないってわかってないから。あれだけ一緒にいて、楽しそうにしていて……私、ふたりが腕を組んでるところだって、見たことあるの。だから私……たのに」
上透はどこか悔しそうで、そして悲しそうな声音を漏らした。
俺と葉那が腕を組んでいるところを見た。それは見間違いじゃないかとは言わない。
前に葉那とは、お祭りで幸せいっぱいラブラブカップルを演じたことがある。中学のときのクラスメイトにそれを見せつけ、なんであの守純なんかにこんな美少女が、と嫉妬させて世界ランクを上げる糧にしていたのだ。葉那も『見たかよあいつらの顔』とゲラゲラと笑っていた。間違いなくあのときの葉那の顔は、我が人生の盟友マサであった。
他人の嫉妬を煽って、世界ランクを上げる糧にした弊害が、まさかこんなところで現れるとは。やはり人間、悪い行いには悪い結果がついて回るということか。
「廣場さんに期待されるだけ期待させて、おまえはずっと友達だなんて酷いよ……そんな酷い人に、百合の側にいてほしくない」
本当に酷いのはそれを悪ふざけで言って、俺の地位を二股最低野郎まで落としておきながら、テヘペロひとつで済ませた悪魔である。
あの悪魔の被害が、こんなところにまで及んでいるとは。上透さんまで悲しませて、そろそろ本気であいつの討伐依頼を考えねばならない。
「中途半端な気持ちで近づいて、百合を巻き込まないで!」
今にも泣き出しそうな顔で上透は叫んだ。
悩みに悩んだのだろう。百合があれほど新しい友達ができたと喜んでいた。でもその男が側にいるのは百合のためにはならないし、それを直接言っても伝わらない。だから彼女は、俺と対峙する道を選んだのだ。
すべては大切な恋人を守るために。
目に滲んだ宝石のような涙こそが、彼女の
だから俺は、真摯にその想いに向き合って、彼女の誤解を解かねばならない。
「誤解だ、上透さん。俺は中途半端な気持ちで、百合の側にいることを選んだんじゃない」
「言葉だけならいくらでも言えるよ。そんなの信じられないよ……」
「それでも信じてくれとしか俺は言えない」
一歩踏み出して、心臓に手を置いた。
「俺は心から百合に、ガチ恋してるんだ」
「ガチ恋ッ!?」
素っ頓狂な言葉を聞かされたように、上透は声を上ずらせた。
「それに俺は、美しい百合は愛でる主義だからさ。その花が悲しみで萎れるようなところは見たくない。それが俺のせいだなんて以ての外だ」
「あ、そ、そっかー。本気なん、だ」
先程までの張り詰めていた空気はどこへ行ったのか。上透は答えを求めるようにあちこちに目を泳がせながら、絡ませた手をこすりあわせた。
俺の本気が伝わったようだ。先程の敵意はもう上透からなくなっていた。
それでも彼女は困ったように目を合わせずにいる。
「た、たしかに百合は可愛いもんね。……も、守純くんの気持ちはわかるけど……その、守純くんの想いは、絶対に報われないから……とにかく、百合のことは諦めて」
上透は必死に説得の言葉を探しているような顔をしている。なぜ絶対報われないのか、と問われたときの言葉が見つからないようだ。
ああ、そうだった。上透はまだ、俺が彼女たちの関係を知っていることを知らない。俺はちょっと困ったところを助けて仲良くなったお友達。そのくらいの認識しかないのだ。
「上透さん、俺はさ、君たちふたりの関係を知ってるんだ」
「へっ!?」
夢から飛び起きるように、上透はビクンと身体を震わせた。
「君たちがここで愛し合っているところを、前にたまたま見かけてな」
「う、嘘っ……見られてたの!」
顔を真っ赤にしながら顔を覆う上透。
「それ以来、屋上からずっと君たちを見守ってきた」
「屋上から!?」
「君たちは本物の
「私も!?」
両手を突き出しながら、上透は一歩後ずさる。どこかその目がぐるぐる回っているように見えた。
「えー、えー、えー……ちょっと待って、ちょっと待って」
なにが起きているのかわからず、混乱したように上透は頭を押さえた。
たしかに俺も理解を得ようと、急ぎすぎたかもしれない。ふたりの関係を知っていただけではなく、そんなふたりを側で応援したいと言われたのだ。
俺はふたりの愛の理解者だと言われても、中々受け入れがたいかもしれない。そのくらい女同士の愛は、まだまだこの社会が受け入れられるものではない
それでも俺は、理解を得るために時間を惜しむことはない。根気強く、上透の説得に励もう。
「里梨!」
ふたりきりのはずの場所に、突然声が響いた。
振り返ると小走りで百合がやってきた。
「百合!?」
突然恋人が現れたことに上透は驚いた。俺たちの間に割って入るように、この場に飛び込んできたのだ。
「百合、どうしてここに?」
「ごめんなさい、愛彦くん。どんな相手だろうって、つい気になっちゃって。引き返してこっそり覗いたら……」
後ろめたい顔をしながら、百合は上目遣いで謝罪してきた。
「里梨がいたから、つい……」
「百合。やっぱり俺たちのこと、中途半端に話したのがいけなかったみたいだ。先週あんなことがあったばかりだろう? 君の身を案じた上透さんが、事情を聞きたかったみたいだ」
「そうだったんですか」
上透に百合は向き合った。
「ごめんなさい里梨。わたし、愛彦くんのこと、大事なところをはぐらかして伝えていたんです」
「はぐらかしたって、百合、なんで?」
「最後には許してくれるってわかってるけど……その前に必ず、里梨のことを悲しませてしまうから。沢山の幸せを見て帰ってきた里梨に、どうしても本当のこと言えなくて」
「百合、なにが……どういうこと?」
不安そうに声を震わす上透。これから伝えられる真実に恐れているのだ。
百合は上透の手を取ると、胸元でギュッと握った。
「その前に信じてほしいのは、わたしにとって里梨が一番大切な人だってこと。それだけは疑わないでくれますか?」
「うん、信じるよ。百合の心を疑ってなんかないよ」
「ありがとう、里梨」
一番大切な愛する人。それを疑うことのない目に、百合は薄く微笑んだ。
「愛彦くんはね、里梨とはまた違う、新しくできた一番なの」
「……えっ」
上透の目から失われていく。
かつて自分が座っていた一番の友人枠。そこが埋まってしまったのは、やはりショックだったのだろうか。
「愛彦くんは、わたしたちの愛を認めてくれる人なの。彼のような理解者が側にいるだけで、あんなにも息苦しかった世界が途端に楽になった。だから里梨にも愛彦くんと仲良くしてほしくて……これから三人で仲良くできたら、それはとても幸せだなって」
「三人で!?」
仰天したように上透は仰け反った。
一歩後ずさろうにも、百合がその手を握っている。
「お願い。愛彦くんという一番を、里梨にも認めてほしいの」
後ずさったぶん以上に、百合は上透に迫った。
「俺からもお願いする。ふたりが紡ぐ花を、側で愛でるのを許してほしい」
俺も頑張る百合に負けずと、上透に迫った。
「君たちの幸せは俺の幸せだ。その幸せを手折ろうとするものが出てきたら、必ず俺が君たちを守るから。だからお願いだ」
「ほら、聞いた。愛彦くんはこんなにもわたしたちの愛を大切にしてくれているの。わたしも最初は戸惑ったけど、愛彦くんなら信頼できる。だって愛彦くんといた時間は、あんなにも楽しかったから」
俺たちが迫ったぶんだけ、上透はじりじりと後ずさっていく。
けど、それも終わり。上透の背中が、伝説の樹にぶつかった。
「待って……待って……」
他の逃げ道を求めるように、もしくは嫌々する子供のように上透はかぶりを振った。
そんな上透に向かって、俺たちは最後の一歩を踏み込んだ。
「だから里梨、お願い!」
「お願いだ、上透さん!」
「お願いだから、ちょっと待ってー!」
救いを求めるような絶叫が放課後の空に響いた。
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