第10話 出立(2)
「美味しい?」
「ああ」
佳奈にホットドッグの感想を求められ、遥はうなずいた。
新富町の商店街。
週末の朝一で買った大きなホットドッグをほおばりながら歩く。武見は、一足先に高千穂に帰り、今日は祥子、佳奈、遙の三人だった。
家族連れが多く、無邪気にはしゃいでいる子どもに気持ちが和む。
青空には真っ白な入道雲が幾つも浮かんでいた。
日差しを避け、商店の軒先の影に入ると、色んな商品が目に入る。それらの全てが、珍しくて新鮮に感じる。
こうしていると、やはりこの世界は自分にとって遠いものなのだという思いと、思い出せない記憶に対する苛立ちが交錯する。気がついたらいた世界で、いつの間にか知り合った親切な人たちの優しさに甘え、安穏と暮らすのはそれはそれでキツかった。
ふう、と息を吐き、残りのホットドッグを口に押し込むと、服に付いたパンくずを払う――。
すると、
「佳奈あ! 誰よっ、このイケメンは!?」
突然、きゃぴきゃぴとした甲高い女の子の声が響いた。
「ん、いとこなの!」
佳奈が答えると、
「嘘お、てげ、かっこいいこっせん?」
佳奈の友人らしき女の子が肘でつつきながら問い詰める。
その子は、ちらちらと遥の顔を見て、また笑った。
佳奈たちの様子を見て、祥子が傍らで笑っている。
遥はどうしていいのか分からず、とりあえず近くにはいながら、会話には入らずに様子を見た。
佳奈は、遙のことをふだんは東京に住んでいるいとこなのだと言った。
遙も軽く会釈をして、前もって用意していた挨拶をする。
両親の都合で宮崎に来ていて、これから一緒に高千穂に引っ越すことを説明すると、友人たちから一斉に悲鳴が上がり、涙ぐんだ。
道々歩いて行く間に、他の友人たちにも声を掛けられる。
同じように、遥への興味を示しつつ、皆が、いなくなる佳奈との別れを惜しんだ。涙ぐむ友人も多く、佳奈が皆に愛されていることを遥は知った。
「楽しいな。それに平和だ」
一通り、朝市を眺めて回ると、遥はポツリと呟いた。
佳奈が遙の横顔を見た。
ひゅうっ
と音を鳴らして一陣の風が通り過ぎていき髪を巻き上げた。
「子どもたち、元気出せ! あさっては出発だぞ!」
突然、祥子が、遥の頭をくしゃくしゃと撫で、佳奈の肩を抱いた。
一瞬固まった二人は、ぷっと吹き出して笑い出した。
祥子もそんな二人を見て大声で笑った。
遥の心にあったわだかまりはいつの間にか消え、目の前の青空のように澄み渡っていた。
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