第7話 タケミカヅチ(4)
ずっと向こうでワカミケヌが立ち止まるのが見えた。ミケヌたちの偽物である式神と一緒に山に入ろうとするところだった。
先に行っていたはずのオモヒカネと英了が山から出てくる。中々来ないワカミケヌとミケヌたちを呼びに来たようにも見えた。
「おおいっ!!」
ミケヌがワカミケヌとオモヒカネへ向かって大声で叫んだ。
しかし、二人とももミケヌの呼びかけには気づかないようで、笑顔で偽物たちと話をしていた。
すると、オモヒカネがこちらを一瞬見た。
その瞬間、武は視線が絡み合うのを感じた。
ほんの一瞬のことだったが、間違いなかった。オモヒカネの表情がわずかに動いたのだ。だが、その視線はすぐに外れ、ワカミケヌと話を続けながら背中をこちらに向ける。
先ほど、ワカミケヌには見えなかった自分たちを見たと言うことが何を指しているのか――答えは自ずと導かれる。
オモヒカネはすぐに踵を返し、山へと入っていった。後を英了とワカミケヌ、そして偽物の式神たちが追いかけていく。
「やはり、はめられたようだ……」
武は唇を噛んだ。
「罠か?」
キハチが訊く。
「ああ、間違いないな。気をつけろ」
「ワカミケヌは?」
ミケヌが訊いた。
「あいつはきっと何も知らぬ。全てはオモヒカネの策略だろう」
「なぜ、そう思う?」
「さっき、奴と一瞬目が合った。奴はこの結界の中に閉じ込められた俺たちのことを認識している。ということは、答えは一つしか無かろう……」
「しかし、なぜこんなことを?」
「理由までは分からぬな。ワカミケヌを自分の思い通りに操るのに我らが邪魔だと言うことかもしれぬが……」
「だが、最近はうまくいっていたではないか?」
ミケヌが呆然とした表情で言った。
「ああ。だから、本当の理由は分からぬよ……ここから出てオモヒカネ本人に訊くしかない。しかし、ここ最近の奴の態度は、俺らを油断させるためだったのではないか……そう考えると、全てがしっくりくる」
武が大きく息を吐いたその時、
チリッ……と、首筋の毛が逆立った。
「何かが来る!!」
警告を発した途端、周りの地面から一斉に鬼気が吹き出した。小さな者の
地面から突き出たそいつらは、大きな異形の
薄暗い中に真っ赤に光る小さな目が、地面一杯にあった。
小さな獣たちは一斉に動き出し、黒い波となって押し寄せてきた。
「みんな俺の周りに集まれ!!」
キハチが言うと、キハチを中心にしてみんな背中を付けた。
上に伸ばした人差し指の先から、細かい紫の糸のような光が辺り一帯に奔り、同時に轟音が鳴る。
周りに肉の焦げるような臭いが充満した。
地面に無数に転がる鼠たちは、口から泡を吹き、手足を痙攣させていた。
異様なほどに発達した犬歯が、倒れた鼠たちの口から覗いていた。よく見ると、頭に小さな棘のような角が幾つも生えている。
「これは普通の鼠じゃ無いぞ」
ミケヌが地面に転がる鼠を調べながら言った。
「体が小さい上に、凶暴そうだ。こいつらに何度も襲われるとやっかいだな」
キハチが言った。
武は背中の大弓を下ろしながら、キハチと目を合わせた。
「キハチよ。ここは、神気が少ない。その調子で力を使っておると、すぐにネタ切れするぞ。お前の雷は念のため取っておくんだ」
「ああ、分かった」
キハチは頷くと、投石紐に石をつがえた。
タヂカラオは背中から巨大なブーメランを下ろすと、右手に持つ。狩猟用に持ってきた小さなブーメランは腰に差し、左手には愛用の幅広の刀を構えた。
「さっそく、こいつが役に立ちそうだぜ」
タヂカラオは樫の木を削り出して作った巨大なブーメランを掲げると、笑みを浮かべた。戦いを楽しむのは、タヂカラオの持って生まれた
「遊びじゃ無いんだぞ……」
「ああ。分かってるよ」
キハチに答えるタヂカラオの太い唇は笑みの形を崩さない。
ミケヌは弓矢を構え、腰に差していた刀をサクヤに渡そうとした。
サクヤはミケヌの刀を押し返し、首を振った。
「私は、私のやり方で戦うわ」
そう言うと、竹の横笛を取り出し構えた。
「来るぞっ!!」
武が警告を発した。
ぼこ、
ぼこっ
と、音を立て、真っ黒な地面が盛り上がっていく。
すると、顔の無い粘土でできたような漆黒の巨人が十体ほど現れた。
背丈はタヂカラオの二倍はあるだろうか。頭の部分には無数の目があり、ぎょろ、ぎょろと目玉が動いた。体の至る所に口が開いており、牙と長い真っ赤な舌が覗く。
「ぐおおおっっ!!」
粘土の巨人たちは吠えると、一斉に向かってきた。
「むんっ!!」
タヂカラオが巨大なブーメランを振ると、低い回転音を立てそれは飛び立った。
巨人たちの真横からブーメランは飛来した。三体の巨人の頭を吹き飛ばすと、タヂカラオの手に戻ってくる。
キハチが投石紐で石を投げ、ミケヌと武が矢を撃つ。
タヂカラオも続けてブーメランを投げた。
三人の武器は次々に粘土の巨人たちを屠っていく。
「痛っ!」
タヂカラオとキハチ、ミケヌが呻いた。足に先ほどの鼠が食いついていた。
足で踏み潰して殺すが、鼠は地面から次々と現れ襲ってくる。粘土の巨人よりもこちらの方が脅威だった。これだけ多くの鼠を一匹、一匹、殺すのは手間で仕方が無い。
サクヤが笛を吹いた。
幽玄な調べが辺りに漂い、鼠と粘土の巨人の動きが止まった。
笛の調べに操られるかのように、鼠が渦を巻くように動く。そして、粘土の巨人の目玉へと食らいついていった。
サクヤの持つ力だった。
粘土の巨人が顔の部分を覆って苦しむ。
「もう一回、行くぞ」
キハチが右の人差し指から雷を撃ち込んだ。
轟音と激しい光が同時に発生し、粘土の巨人たちは足下へと倒れた。鼠たちも口を開いて絶命した。
「こいつらは何なんだ……?」
ミケヌが呟くと
「ひょっとすると、鬼界の住人なのでは無いか。そうであれば、この異常な量の鬼気も説明がつく」
武が呟いた途端、微かな風が前髪を揺らした。
気づくか気づかないかくらいの強さの風。
それは、武たちの前に、黒い
なんだ、これは?
武は眉根をしかめ、その真っ黒な靄の集合体を見つめた。
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