第6話 タケミカヅチ(3)
オモヒカネたちのところに行くと、英了が狩りの段取りについて説明を始めた。
武は腕を組んでその説明に耳を傾けた。
まずは、すぐそこに見えている沢から山に入る。そして、途中までは沢に沿って上る。
沢の水で人や犬の匂いを消しつつ、獣道のある場所を見つける。獣は必ず水を飲みに来るからその場所を見つければ、自ずと獣道にたどり着く。獣道に入ったら、その道を辿りながら獲物の痕跡を調べ、適当なところで犬を放す。
しばらく登ると、山の肩になっているような地形があり、そこが広場のように開けている。そこまで犬が獲物を追い立ててくるから、それを狩る。
獲物として第一に想定しているのは猪だが、鹿や山鳥も狩りの対象とする。
そのようなことを、朗々と英了は説明した。
「なるほどな」
説明を聞き終わった武は頷いた。
犬がどれくらい訓練されているのかにかかっているが、理に適った方法だ。先ほどから見ている限り、犬は申し分ないくらいに統率されているように見えた。獲物さえいれば、段取り通りに広場での狩りが可能になるだろう。
武とタヂカラオを先頭にして、ミケヌとキハチが後に続き、その後にサクヤとスクナビコナが続いた。山に分け入っていくと、打ち合わせ通りすぐに沢にたどり着いた。沢に沿って登っていくと、当然足は濡れる。
「ほれ。言っただろうが」
武がタヂカラオに言うと、横でタヂカラオは苦笑いした。
ワカミケヌやオモヒカネは少し離れたところを、ミケヌたちと平行して登っていく。沢沿いは樹木が無い代わりに、濡れた岩に気をつけなくてはいけない。一行は滑らないよう足下に注意を払いながら登っていった。
十頭の犬は、オモヒカネの若い衆たちの後を黙々とついていった。好き勝手に走ることもなく、統率されたその動きは見事だった。
しばらく行くと、英了の説明通りに獣道に突き当たった。みんな、声を出さずに登ると、途中で英了が主だった者を集めた。指し示した先には猪らしき
英了が指示をすると、すぐに犬が放された。犬は声を出すことなく、足下の匂いを嗅ぎながら、素早く獣道を上へと登っていった。
「行きますよ……」
英了が小さな声で言い、身振りで獣道を登るように促した。
先をオモヒカネたちが行き、後を武やミケヌたちが追いかける。
木の根がゴツゴツと張り出し、大きな石の転がる地面を足下に気をつけながら登っていく。
武は後からついてくるサクヤとスクナビコナの息が荒くなっていることに気づき、タヂカラオに二人を抱えて着いてくるように伝えた。そのことで登る速度が少し遅くなったが、仕方が無い。オモヒカネたちの背中は瞬く間に小さくなっていった。
獣道をしばらく登ると、最初に英了が説明していたとおり、開けた場所に出た。斜面ではなく平地で、膝丈ほどの草が生えている広場のようだった。それまであった大きな樹木もここだけは生えていなかった。少し向こうはまた樹木の密生した山になっている。
タヂカラオがスクナビコナとサクヤの二人を下に下ろす。
武はそれを確認すると、少し先にいるミケヌに声をかけようとした。
その先ではオモヒカネたちが山に分け入ろうとしていた。一番後をワカミケヌがついていく。
「ん?」
最初に異変に気づいたのは武だった。
首筋の毛がチリチリと逆立ち、背中に悪寒が奔ったその時――
オモヒカネたちから伝わる音や気配が突然途絶えたのだ。
武は、周りを大きな半球状の壁が覆ったかのように感じていた。
朦々と地面から鬼気が吹き上がり、辺り一帯が薄暗くなる。
「なんだ。これは?」
キハチが呟く。タヂカラオとミケヌはキハチと一緒にスクナビコナとサクヤを背中の方に庇った。
周りに鬼気が立ちこめていく。
向こう側とこちら側が分厚い灰色の空気の壁のようなもので、分け隔てられているようだった。
隔てられている境界には、小さな渦が無数に浮かんでいるように見える。
空の太陽も灰色の空間に隔てられ、光はうっすらとしか届かない。
よく見ると、渦の一つ、一つが、ゆっくりと、右に、左に回っていた。
足下の地面も、違和感があった。真っ黒に染まっているのだ。
ワカミケヌが山に入る直前でこちら側を振り返った。その顔は笑顔で、口をパクパクと開いているのが見える。
口の形から「兄さん、早くおいでよ」と言っているのが武には分かった。楽しくて仕方が無いといったその表情に、こちら側の様子は見えていないのだと理解する。
だが、それではワカミケヌは一体誰に向かって話しかけているのだ……?
すると、少し遅れてミケヌにそっくりな人物がワカミケヌの元に駆け寄るのが見えた。続けて、キハチや武、タヂカラオやサクヤ、スクナビコナが続く。
「何だ。あれ?」
ミケヌが信じられないという様子で呟いた。こちらにいる我々と見た目がそっくりな人物が突然現れてワカミケヌと一緒に山の中に消えていくのだ。無理も無かった。
「あれはきっと式神――本来、大陸の仙道を修めた道士が使う技だと聞いたことがあるわ。私たちの髪の毛か何かを仕込んであるはず……」
サクヤが絶望を滲ませた声で呟いた。
「オモヒカネのところの誰かがそれを使ったってことか?」
「だと思う……」
武は大きく息を吐くと、腰の刀を引き抜いて構えた。ここから先は何が起こっても不思議では無かった。
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