転章

前世

「くれぐれもトマトの背中から目を外すでないぞ。何回も言っておるが、ここの時空はねじ曲がっておるからな……」

 武見に送られ、大きな古木の根元にある玄関まで出てきた丈太郎とフェザーは頷いた。

 バイクのエンジンに火を入れ、武見に軽く頭を下げると、走り出したトマトの背中をゆっくりと追った。バックミラーに手を振る武見の姿が映る。


 やがて、墨汁が徐々に広がっていくかのように周りの闇は濃くなっていった。来たときと一緒だった。

 真っ暗な一本道に、トマトの後ろ姿だけが、うっすらと見える。丈太郎は、その後ろ姿を見失わないように集中してバイクを運転した。

 しばらくすると、道に沿って大小の様々な石積みが現れた。石積みの頂点が、上下しながら奥へと続いているのも同じだった。


 トマトに送られ、最初に入り込んだ別れ道のところまで来た。行くときと違ったのは、あの不思議な道を抜けたのに、辺りが既に暗くなっていたことだった。

 トマトが元来た道へと帰って行くのを見送った後、丈太郎が腕時計に目を落とすと、既に夜の零時前になっている。念のため、スマホを確認すると、迷い込んだ日の次の日になっていた。


「マジか。武見さんがあそこは時間が進むのが遅いと言っていたが、少しだけ浦島太郎の気分だな……」

「ホントね」

 丈太郎の言葉にフェザーが頷く。

 道をしばらく進むと、フェザーが丈太郎の肩を叩いて自動販売機を指し示した。


 バイクを駐めると、自動販売機の灯りに、フェザーの顔が照らされる。

「どうした? 缶コーヒーでも飲みたいのか?」

「ううん。お願いがあって止めてもらったのよ」

 フェザーが首を振って言った。

「何だ?」

「丈太郎。今からで悪いんだけど行きたいところがあるの」

「こんな夜中に? どこに行きたいんだ?」

荒立あらたて神社よ」

 フェザーが微笑んだ。


      *


 高千穂町三田井地区にある荒立神社。そこは奇しくも、少し前に遙と佳奈の訪れた場所だ。

 日本神話の天孫降臨の際、一行を道案内したサルタヒコとアメノウズメが結婚して住んだ場所だと伝えられ、切り出したばかりの荒木を利用して急いで宮居を造ったため、荒立宮と名付けられたと言われている神社だった。


 深緑の森に包まれた神社の前に二人は来ていた。

 夜の闇夜の中、小さなやしろが建っているのが見える。

 二人はバイクから降りて、神社に向かった。

 丈太郎は空に向かって大きく息を吸うと、ゆっくりと吐きながら鳥居をくぐった。後ろにフェザーが続く。

 二人は両手を打ち鳴らしお参りをすると、社の裏手に回った。

 大きな杉が何本も生える中を歩いて行くと、突然開けた場所に出た。


 まだ細い三日月の光は微かにしか辺りを照らさなかったが、夜の闇になれた丈太郎の目にははっきりとその場所の様子が見て取れた。

「ここに来たかったのか?」

「ええ」

 フェザーは答えると、丈太郎の手を取って木々に囲まれた開けた場所へと丈太郎を誘った。

「ねえ、丈太郎。武見さんの話を聞いてどう思った?」

「何だか人ごとじゃないような気がしたよ」

 丈太郎はそう答え、フェザーの目を見た。


「そうだよね……。私、武見さんの話を聞いて一つ確信したことがあるの。それを教えたくてここに連れてきたのよ」

 フェザーの目は真剣だった。落ちていた木の枝を拾うと地面に、円を描く。

「何をしてるんだ?」

「これは私の……インディアンの家系に伝わる魔法陣。精霊の力を得ることができるの……この地の聖霊の助けを借りて、あなたに大切なことを思い出させる。私の動きに合わせて……」


 フェザーはそう言うと、円の上でゆっくり踊り始めた。

 丈太郎は見よう見まねでフェザーの動きを追いかける。

 フェザーは軽々と、丈太郎は重々しく手足を動かす。

 すると、何か、キラキラと光る小さな者たちが体の周囲を飛び始めた。

「丈太郎。この子たちがあなたが大切なことを思い出すのを助けてくれるわ。一緒に深く自分の意識の奥底に落ちていって。そして、どっぷりとはまるの。意識の奥底にある大きな海に」

 フェザーの言うとおり、意識の中にある深い海をイメージする。

 体の周りを飛んでいた小さな者たちが、丈太郎を引っ張った。一緒に海の奥底へと落ちていく。


 ――何かが見えた。

 それは可憐で美しい小柄な女性。

 その女性も踊っている。

 かつて、何回も見たことがあるような既視感が襲う。

 丈太郎は首を振って意識を集中した。


 軽々と小鳥が飛ぶような舞――。

 その女性の動きが目の前のフェザーの動きにシンクロした。

 そして踊り続ける丈太郎の体にも、変化が起きた。

 真っ白な古代衣装を纏った、日焼けした体が重なって見えるのだ。

 二人は舞い続けた。お互いの出す手を避け、払い、つかむ。時にしゃがみ、足を回す。いつしか、二人の体はまぶしく光り輝いていった。


 どれくらい踊り続けたのか。

 舞が終わった丈太郎は、緩やかに胸を上下させながらフェザーを見つめた。

「ありがとうフェザー。そうか……このことを伝えたくてタケミカヅチはオレたちにあんな話をして聞かせたのだな」

「ええ。結局は自分たちで思い出さないといけないから途中で止めたのよ。で、全部思い出した?」

「いや、今のところ、俺自身の前世に対する確信と、一部の記憶だけだ。だが今ははっきりと言える。俺はサルタヒコの生まれ変わりだ!」


「ええ。そして、私はアメノウズメの生まれ変わり……」

 フェザーはそう言うと、丈太郎の首に飛びついて両腕を回した。

 二人は唇を重ね合わせ、抱き合った。

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