第14話 決別(2)
「では、言おう……。私が求めているのは安定と平和なのだよ」
黒山が噛みしめるような表情で言った。
「安定と平和?」
「そうだ。そのために、ここ九州を統一する」
「九州の統一っ!?」
藤田が唖然として訊き返した。
「そうだ。まずはそれを為そうと思っておる」
「まずは……? ということは、もっと広い範囲も治めようとしておるのか?」
「私が為そうとしていることの先にはそれもあるやもしれぬな。だが、一足飛びにそんなことを考えているわけではないよ。そして、この九州の統一も武力で一気にと考えているわけではない。できれば、外交で何とかしたいと思っているのさ」
「黒山さん……それが、やりたいことなのか?」
「ああ、そうだ!」
呆然とする藤田に黒山がはっきりと言った。
「やめてくれっ!! そんなことを始めれば、血がたくさん流れることは目に見えている。何が安定と平和だ! 血が流れれば、そこには恨みが生まれ、因縁が残る。結局は武力による恐怖でしか、その平和は維持できない……」
それまで黙って聞いていた健二が叫ぶように言った。
「健二よ。そんな恐怖政治のようなことは考えておらぬよ。我々は既に友好関係を結んだ国々に農耕を教え、文字を教えた。彼らが富めば、それを知った国々も友好関係を結ぼうとするだろう。そうすれば、余計な戦いはなくなる。お主の父、ニニギノミコトが死んだときに私は誓ったのだ。この世を平和な世にしようとな」
「な……何を!?」
静かにそう言い切った黒山を、健二は震えながら睨みつけた。
「できれば、我々と一緒にこの事業を手伝ってほしい。お主たちが手伝ってくれれば、百人力だ」
黒山はそう言って再び笑った。
「いや、断る」
黒山の笑いを遮るように、藤田が言った。
場に一瞬、怖い空気が流れた。俺は傍らに置いた小刀にいつでも手が届くように身構えた。黒山の背後で皆方が腰の刀に手をかけるのを俺は見逃さなかった。
「なぜだ?」
黒山は藤田の目を睨みながら訊ねた。
「ある意味、お主がやろうとしていることは正しいことなのかもしれない。それが正しくないという理屈を私は持たないからな……」
藤田は淡々とそう言った。表情は変わらず、平静そのものの顔をしていた。
「健二は、お主たちがやろうとしているようなことは貧富の差を生み、多くの血を流すという。私には健二の意見も、黒山さんの意見も、正しいこともあれば、正しくないこともあるように思う。だが、黒山さん……あなたはそれらの矛盾も越えていこうというと思っているのではないか?」
「なぜ、そう思う?」
「私の知る黒山さんなら、必ず高い理想を求めると思うからさ」
藤田はそう言って、初めて笑った。
黒山はそれを聞いて真剣な顔で頷いた。
皆方が刀から手を離し、部屋の空気が一気に緩んだ。
「――私がやろうとしていることも言っておかなくては不公平というものだな……。前にも言ったが、私は、元いた時代に帰ろうと思っている。今はそのための研究をしているのだ」
「そうか。電力の問題のせいで基礎実験ができないはずだが……まあ、そんなことで諦めるわけもないか。藤田さんらしいな……」
黒山が言った。
「こんなことはやめて一緒に帰るための研究をせんか?」
「いや。これは私のプロジェクトだ。私がやり遂げなくてはいけないのだ。そうでないと私は私でなくなる」
「そうか……黒山さんの心の中が全て分かるわけではないが、その言葉に嘘はないのだろう。そのことが……悪いことにならないことを信じたいな……」
藤田はそう言うと、もう一度、黒山の目を見つめた。
――無言の間が続いた。
ふうっと、藤田は大きく息を吐き、立ち上がった。
「さて。帰るとしよう。この鏡は持って帰るが、残りの半分が出てきたら返してほしい。いいかな?」
「……分かった」
しばらくの間を開けて黒山は答えた。
藤田に続いて、健二が立ち上がる。俺は最後に立ち上がると後に続いた。
「気が変わったら……いつでも来てくれ。歓迎する」
黒山がそう言ったが、藤田はもう黒山の方を見なかった。
俺は一人立ち止まって、黒山を見た。
「鬼界の気は、悪い力だ。お主が為そうとしていることがたとえいいことであっても、悪い暗黒の力に頼ってしまえば、同じことになるぞ。これは忠告だ」
俺はそう言って、一人一人の顔を見つめ、そしてきびすを返した。誰も何も言わなかったが、皆方だけは今にも噛みついてきそうな不満げな顔をしていた。
俺たちは出口に向かって歩いた。
誰も一言も話さなかった。
屋敷を出るまで、歩くたびに床板が鳴った。その音はまるで、藤田の心の声のように思えた。
*
「まあ、今日はここまでかな……」
武見が疲れた顔でそう言った。
丈太郎とフェザーは、互いに我に返り見つめ合った。
「この後、オモヒカネとはうまくいかなくなり、彼は敵になるんですね?」
丈太郎が訊ねると、
「最初にも言ったが、単純な話ではなくてな。八咫鏡、
武見が遠い目をした。
「そうですか……」
丈太郎は頷いて、武見の悲しそうな顔を見つめた。
すると、
「ん、ん……」
フェザーが咳払いをして丈太郎を肘でつついた。
「丈太郎、話を引っ張っちゃだめよ。武見さんも疲れたはず……でも、また今度、続きをぜひ聞かせてくださいますよね?」
「ああ」
武見が頷く。
「え!? もう少しだけ、だめかな?」
「だめよ。無理言っちゃ。それに私も、今日の話を元に考えてみたいこともあるし……」
フェザーが首を振った。
「そうなのか?」
「うん」
フェザーの顔は真剣で、何かを考え込んでいるような表情になっていた。
「……分かった」
丈太郎は首を振って頷くと、立ち上がった。外では木々の枝を風が激しく揺らしていた。
「武見さん。必ず続きを教えてくださいね」
「ああ、分かった」
丈太郎に武見が笑って言った。
「帰り道はこっちじゃ。玄関から靴を取ってこい。迷わぬようにバイクのところまで連れて行く……」
武見も立ち上がった。
すると、どこからともなく黒猫のトマトがやってきた。丈太郎とフェザーの足に体をくねらせながらすりつけると、一緒についてくる。
「ここは、時間もそうじゃが、空間も狂っておってな……お主らだけで行かせると迷ってしまうのじゃ……」
そう呟く武見の背中を追って、二人は歩いた。
もう、ここは慣れ親しんだ元の世界ではない――
丈太郎の頭で、その考えがぐるぐると回った。
真剣な表情のフェザーも、おそらくそうなのだろう。この過去からの因縁が自分たちと無関係だとはどうしても思えないのだった。
丈太郎は、これから自分たちを待ち受けるであろう運命を思い、大きくため息をついた。それは予感と言うよりは確信だった。
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