第8話 戦いの記憶(2)

「遥、大丈夫なの?」

「どうかな? でも、佳奈にはこうなることが分かってたんじゃないのか?」

 遥は佳奈の目を見た。

「ううん。まさか、そこまで具体的には分かってないわ。私にあったのは遥が遠くに行ってしまうような不安だけよ。ここに来る前に言ったとおり……」

 佳奈が首を振ると、遥は微笑んだ。


「大丈夫だ。心配はいらない」

「でも、相手が佐藤さんだなんて。あの先輩は何度も全国大会に出てる人よ。時任先輩の次に強い人」

「そうか。だが、それも運命だ」

 遥はそう言うと、更衣室に行って体育服に着替えてきた。借りた防具を部員の助けを借りて身に着ける。


 そして、一礼すると、竹刀を中段に構え佐藤と向き合った。

 周りの部員たちも練習を止め、二人の戦いを見ていた。真吾の横には、部の顧問と一緒に、いつの間にか、やって来ていたリチャードが立っていた。


 佐藤が、竹刀を小刻みに動かし前後にステップを踏む。

 それに対して、遥はどっしりと構えた。敵の攻撃にいつでも対応できるよう肩から力を抜き、重心は腹の下、丹田へと置く。まるで、何回もやってきたことのように自然に戦う準備ができていた。


 遥は視線を佐藤の肩の辺りに置き、全体を俯瞰するかのように見た。

 一瞬、気迫のようなものが佐藤から立ち上ったかと思うと、突然竹刀を打ち込んできた。小刻みなフェイントに、初動を隠した攻撃だった。


 佐藤の上段――。

 右足を横に開き、攻撃を避ける。

 胴を打つ。

 佐藤が下がりながら攻撃を打ち払う。


 一瞬の間に二度、攻撃と防御が交錯した。

 二人は弾けるように後ろに跳び、距離を取った。

「いいぞ、遥! 頑張れ!!」

 浩が大声で叫ぶのが聞こえた。

 その声はデジャビュのように、遥の脳を揺さぶり、幻のような戦いの記憶が眼前をよぎった。


 船の上。

 右にキハチがいて、左に浩によく似たがっちりとした男がいた。

 敵と刀を打ち合わせる音。

 迸る敵の血。

 絶叫。

 鉄さびのような血の味。


「いええーいっ!!」

 佐藤の殺気と迸る気合に、目の前の戦いの幻像が打ち消された。

 再び二人はぶつかった。

 竹刀と竹刀を打ち合わせ、体当たりのような形になって互い押し合い、離れる。


 上段を打ち込む。

 佐藤もきた。

 竹刀が弾けるようにぶつかり合った拍子に遥の竹刀が落ちた。

 佐藤が再び上段を打ち込みに来る。

 遥は反射的に竹刀よりも早く体当たりをした。


 佐藤は体当たりをいったん受け止めると、竹刀を捨て柔道の大外刈りのような格好で、遥を床に叩きつけた。

 遥は受け身をとりながら、すかさず立ち上がる。


「待てっ! そこまでだ」

 真吾が二人の間に割って入った。

 面の中で、激しく息が切れる。

 もう少し、戦っていれば、すぐに体が動かなくなっていただろう。

 遥はふらふらしながら、佐藤の方を向き、一礼をした。


 佐藤が面を脱ぐと、

「やるな。すぐに部に入れ!」

 そう言って笑い、遥の肩を叩いた。

 遥も笑顔で頷いた。体はくたくただったが、その疲れが心地いい。


「古流に似ているな。特にあの体捌きは武見先生に似ている」

 真吾がそう言った。

 遥は真吾の顔を見て、頷いた。なぜ、自分の動きが武見の動きと似ているのかは分からないが、真吾の言っていることは、自分の心にしっくりときた。


「大丈夫か……。遥はやっぱり、骨があるな。俺が思っちょったよりも、ずっとすげえ」

 浩がそう言いながら、遥の防具を脱がす。浩は、遥が戦う様子に本当に感心したようで、何度も、何度も遥のことを褒めた。


「皆さん、お騒がせしました。それに、本当にありがとうございました!」

 防具を全て外した後、遥は大声でお礼を言って、もう一度頭を下げた。


 遥たちが道場の入り口で靴を履いていると、真吾と佐藤がやって来た。

「その気になったら、いつでもいいからな」

「俺が直々に鍛えてやるよ」

 それぞれ笑いながら、そう言った。

 手を振って、頭を下げると、校門へと向かう。

「来てよかった?」

「ああ、よかったよ」

 遥はそう言い、足を進めた。


 佳奈や浩と話しながら歩く。

 しかし、遥はどこか上の空だった。頭にあったのは、一瞬蘇った戦いの記憶だった。

 俺は戦場で死線を潜り抜けたことがある。剣を持って戦うようなことがあった時代の人間なのだ。自分に高校レベルの学力が備わっていたのは謎だが、遥か過去の時代からタイムスリップしたのではないか――。突飛な考えだが、そう考えると今まで分からなかったことが一気に繋がるような気がした。


 外では、まだ日光が激しく照り付け、蝉が喧しく鳴いていた。

 まだ、佳奈には黙っておこう――。

 遥は深く考え込みながら、孤独な道を歩いた。

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