第3話 アメノウズメ(3)

 それから平穏な日々が続いた。

 ミケヌたちはワカミケヌと一緒に川に釣りに行き、山に狩りに行く。そして、たまには研究所の前の広場で相撲を取った。

 そんな日々ではあったが、ミケヌは日課の武術の練習だけは欠かさなかった。たまにはそこにワカミケヌも一緒に参加した。先生である武は、二人のそんな様子に喜んでいるふうであった。

 出雲で兄弟の不仲があったことはアメノウズメも聞いてはいたが、そんなことを忘れるくらいに、二人は仲良く本当に平穏な日々が続いたのだった。


      *


 ある日、アメノウズメは、サクヤやアヤそして、ミケヌの母であるトヨタマと一緒におはぎというものを作ることになった。

 作り方を、ミケヌが研究所のこんぴゅーたとかいう機械の箱から取り出して持ってきたのだった。何でも、ミケヌの父親である健二や藤田のいた今よりも先の世界にあるお菓子らしい。


 おはぎを作るのに欠かせない餅米という普通の米よりも粘り気のある米をオモヒカネからもらったため、作ってみようと思ったらしい。他の材料もミケヌが持ってきた。諸国を回っている行商の男に相談して揃えたとのことだった。


 男たちが米を研ぎ、水を入れてかまどに土の鍋をかける。

 その間、女たちは小豆を煮た。小豆は最初に、水からゆでてゆで汁をこぼす。そして、あくをこまめに取りながら煮詰めていく。何度も水をつぎ足し、軟らかくなるまで煮た。そして、煮上がったら砂糖を加え、大きな木製の木べらで混ぜ合わせる。砂糖も南の方から取り寄せた砂糖きびから作った貴重品だったが、惜しげなく加えていく。


 炊き上がった餅米の臭いと小豆で作った餡子あんこの甘い匂いが漂ってくると、タヂカラオが腹を抱えながらうろついた。

「なんだ? 邪魔するでない」

 ウズメがそう言うと、

「こんな美味しそうな臭いは初めてなんだから仕方がない。我慢ができん」

 タヂカラオがぐう、ぐうと腹の虫を鳴らして泣きそうな顔をした。

「だからって、お前泣かなくてもいいだろう」

「そんな意地悪言うなよお」

 ミケヌの言葉にタヂカラオがいじけ、皆が大笑いをした。


 炊き上がった餅米を木の板の上に拡げ、熱を冷ます。そして、ひとつかみ分の餅米をアメノウズメが取って見せた。

「さあ、じゃあ皆で餅米を丸めるぞ。いいか。こんなふうに餅米を丸め、周りを餡子でくるむんだ」

 アメノウズメがそう言いながら試しに作って見せた。 

「ほう。うまそうだ」

「お前は、一個、一個をあんまり大きくするなよ」

 涎を垂らしそうになるタヂカラオにアメノウズメは笑いながら注意する。


 キハチがタヂカラオの横で、恐る恐る餅米をひとつかみして、

「こんな感じでいいのか?」

 と訊きながら丸めた。

「おう。上手いじゃないか」

 アメノウズメがそう応える。

「じゃあ、次は餡子だな」

 これも、慎重に包むのを横目で見ながらミケヌやワカミケヌも続く。

「兄ちゃん。上手くいかないよ」

「キハチどうやったらいいんだ?」

「いや、だからこうやって……」

 皆でわいわい言いながら餅米を丸め、餡子で包んでいくと、たくさんあった餅米は瞬く間におはぎへとなった。


「それでは、半分はきな粉をかけますよ」

 ミケヌの母のトヨタマが言って大きな器に入った黄色い粉を持ってきた。

 きな粉とは大豆を煎って粉にしたもので、トヨタマがあらかじめ家で作ってきたものらしい。

 アメノウズメはその粉を指に付けて口に含んだ。香ばしくてなんとも言えないコクがある。

「ほう……」

 思わず、唸った。餡子もそうなのだが、こんなものを食べたのは初めてだ。これをかけたものは、また違った味わいがあるに違いない。

 トヨタマがおはぎの半分にきなこを振ってかけた。茶色い餡子だけのものと黄色いものの二種類になって見た目にも楽しい感じがする。

「さあ。それじゃ広間に持っていって皆で食べようか」

 アメノウズメはそう言って、にっこりと笑った。


 広間で車座に座って、皆でおはぎを食べながら他愛もない話をする。

 目の前には大ぶりの茶碗に注がれたお茶が人数分並べられていた。お茶は大陸から持ち込まれた貴重品だったが、餅米と一緒にオモヒカネからもらったものだった。

 そこへ、ふらりとサルタヒコが現れた。

「今頃、来てもお主の食う分は無いぞ」

「そんなこと言うな。ウズメの分を一口食わせてくれ」

 アメノウズメの意地悪にサルタヒコが笑いながら答え、横に座った。

 茶をすすりながら、

「ウズメよ。平和だな……」

 サルタヒコが言った。

 目の前で、皆が談笑し、おはぎを食べている。

「ああ」

 アメノウズメはそう言って、おはぎを口にする。

 すると、甘く、もっちりとした食感が口いっぱいに広がった。

 思わず顔がほころび、笑顔になるのが自分でも分かる。


美味うま……」

「そんなに美味いのか?」

「こら」

 サルタヒコがウズメの分を一個取って口に入れ、ウズメにはたかれる。

 それを見て、皆が笑った。

「こんな平和な日々が続くのであれば、オモヒカネに対する心配も杞憂だったかな……」

 ウズメはそう言って微笑んだ。

 サルタヒコも黙って頷く。

 ちょうど、梅雨が始まる少し前――

 爽やかな風が広間に吹き込み、皆の髪を一瞬巻き上げていった。


 この平和がいつまでも続くといいな。

 アメノウズメは微笑みながら、じゃれあう皆の様子を見守った。  

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