第2話 アメノウズメ(2)

 ワカミケヌたちが帰ってきてから二日後――

 サルタヒコの屋敷の前で、歓迎の宴を開くことになった。

 とりあえず、アガタの長とウー、そして最も近い隣国のイツゼの長にも声がかかっていた。


 丸太で建てられた社の前に、細い竹の柱が四本立てられ、荒縄が渡してあった。大きな葉を菱形に編み込んだ飾りが施してある。

 真ん中には大きな焚き火があり、周りを囲んだ里の若い衆が踊りを舞っていた。風が吹き、桜の花びらが舞い、火の粉が散る。


 サルタヒコの右隣に、ミケヌノミコトが座り、左隣にウズメは座っていた。向かい側にはオモヒカネと妻のタイメイ、そしてタケミナカタが座り、黒牙衆は、その背後に控えている。ワカミケヌの姿は見えなかった。

 イツゼの長やアガタの長、そしてタケミカヅチも座に加わっており、皆で焚き火を囲むように丸く座っていた。キハチとタヂカラオ、アヤやスクナビコナも、少し離れたところで座っている。


 しばらくすると、若い衆の舞が一段落し、それぞれ自分の座に帰り、酒をあおり始めた。

 すると、

「サルタヒコ殿!」と、オモヒカネが大きな声で呼びかけてきた。

「どうなされた?」

「いつも素晴らしい舞を楽しく見させていただいているのですが、ここで、少し余興のお返しをさせていただけないか?」

「おう。ひょっとして、誰か踊られるのか?」

「ええ。とっておきを用意しております。よろしいですかな」

「もちろんだ」

 サルタヒコが応えると、オモヒカネの背後の黒牙衆の、更にその後に真っ白な服を着た美しい女性が立ち上がった。


 長い黒髪を後で一本に縛り、真っ白に化粧をして、目の周りを黒と赤で隈取っている。翡翠と水晶の勾玉で作った首飾りが炎に煌めいた。

「おお……」

 その女性の美しさに周りの人々がざわめいた。

 女性は、焚き火の近くまで歩いてくると、腰を落として踊り出した。

 鋭くも華麗な踊りに、皆、声を出さずに見惚れていた。

 女性の踊りに合わせ、アメノウズメとサクヤが笛を吹きはじめた。すぐに、タヂカラオとキハチの弟分のコヤタが太鼓を叩き始める。

 大きく跳び、低くしゃがみ込む。そしてくるりと回りながら、手のひらを大きく舞わせる。どこか、武術的で厳しさもありながら、美しい踊りだった。


 観客の側までやってきて、挑発的に回り、瞬く間に別の場所で舞を踊る。皆がその動きに見とれていると、舞の動きが徐々に遅くなってきた。大きく開かれていた両腕が身体の前でそろえられ、両足を閉じる。その動きに合わせ、音楽もゆっくりになり、やがて舞が終わった。

 その場で、女性が深々とお辞儀をすると、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 その途端、女性がミケヌに抱きついた。

 サクヤが口を開いて、唖然とした顔になる。

 ミケヌは、一瞬驚いた顔をして女性の髪を引っ張った。すると、その長髪はカツラだったのか――中から、頭の両横に黒髪を結った男性の髪型が現れた。


「やっぱり、そうか……」

 ミケヌに抱きついたのは涙を流すワカミケヌだった。女性に変装をしてこの場に現れたのだった。

「なんか、普通には会いに来にくくてさ。この前も迎えに来てくれないし……」

 ワカミケヌはそう言って、おい、おいと声を上げて泣いた。

「こいつは、どうしたことだ……?」

 キハチがミケヌの横で言うと、

「だから……こうでもしないと、兄ちゃんと話をできなかったんだ……だって、別れたときも喧嘩みたいになっちゃってさ」

 ワカミケヌは、キハチに大粒の涙を流しながら訴えた。


「お前のその気持ち、嬉しいよ。この前は迎えに行かなくて、すまなかったな。よく無事で帰ってきた。よかった」

 目の周りの化粧が落ちて、顔が真っ黒になっているのを見て、ミケヌは笑顔でワカミケヌの頭を撫でた。そして、力いっぱいに抱きしめた。

 キハチもタヂカラオもタケミカヅチも大声で笑った。

 アメノウズメはぶっと吹き出して笑うと、隣にいるサクヤの肩を思い切り叩いた。

 オモヒカネたちも焚き火の向こうで屈託のない笑顔を浮かべていた。

「さて、それでは我も踊ろうかの」

 アメノウズメはそう言って、立ち上がった。

 サクヤとアヤが笛を吹き、タヂカラオ、それにコヤタが太鼓を構える。

 流れるような笛の調べに乗って、アメノウズメは優雅にひらひらと舞った。

 静と動。緩と急。二つの要素を巧みに組み合わせ、皆の視線を一身に浴びる。

 舞に合わせるように、煌々と焚かれた火が時折爆ぜ、火の粉が舞った。


「よお、ワカミケヌ! 俺も話に混ぜろ!!」

 キハチがミケヌとワカミケヌの横に来て座った。

 ワカミケヌとミケヌに杯を持たせると、横からタヂカラオが酒を注ぐ。

「もう、酒も大分やれるんだろ? 向こうであった面白い話を聴かせろ!」

 キハチは太い唇をつり上げ、にっと笑った。

「俺たちも飲むぜ。じゃ、お前たち兄弟の再会に乾杯だ!」

 キハチが杯を掲げると、皆、笑って酒をあおった。



 その日は、最後まで和やかに宴が行われ、ミケヌはずっとワカミケヌと話し込んでいた。キハチとタヂカラオが酒に酔い潰れ、その場で寝込んでしまった後も話をしていた。その内容まではウズメには分からなかったが、兄弟同士つもる話があるのだろうと、気にもとめなかった。

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