第11章

第1話 アメノウズメ(1)

 フェザーは、アメノウズメとしての視点とフェザーとしての視点が混ざり合う不思議な感覚を味わっていた。自分自身がそこにいるかのようなリアルさで過去の出来事を体験していくのは不思議な感覚だった。丈太郎も同じような感覚を体験しているに違いない。

 それまでベールがかかったように曖昧だった記憶や、断片的に思い出していた記憶の一つ一つがクリアに蘇っていく。それは、言葉に言い表すことができない素晴らしい体験だった。


      *


 穏やかに流れる川の水面に、桜の花びらが散っている。爽やかな春の陽気の中、きらびやかな鎧を着た兵隊の行進が続いていた。川の水面に、刀や鎧などの武具の金属に当たった光が反射し、輝く。この時代、貴重なはずの金属をふんだんに使った豪華な軍隊――

 それは東征から帰還したワカミケヌとオモヒカネが率いる軍勢だった。

 

 アメノウズメは目立たない生成りの麻布を纏い、道ばたを歩いていた。道の両端には大勢のタカチホの住人が立ち、軍勢を出迎えている。その人垣のすぐ裏を歩いて行く。人々は大声で歓声を上げていた。

 足下には、小さなタンポポが咲いており、遠くでは雲雀ひばりの鳴く声が響いている。

 大きな桜の木の下でキハチが腕を組み、おもしろくなさそうな顔をしているのが見えた。両肩の大きな筋肉に目玉のような大きな痣が浮き上がっていた。横には、筋骨隆々のタヂカラオが立っている。


 さて、それでは、そろそろ出て行く必要があろうかの――

 ウズメは辺りを見回し、向ずっとこうに立っているサルタヒコを見つけると、羽織っていた麻布を外すと、駆け寄っていった。

「サルタヒコ。この軍勢、ずっと向こうまで続いていたわ。オモヒカネとワカミケヌの姿は見えない。たぶん、後の方にいるのだと思う。一番先頭にいるのはタケミナカタね」

「そうか……分かった」

 サルタヒコはそう言うと軍勢の先頭を迎えるように歩いて行った。横にはアメノウズメが、後にはキハチとタヂカラオが続く。人垣の向こうで、心配そうにこちらを見つめるサクヤとアヤの姿があった。

 ウズメたちは、軍勢の先頭から少し離れたところで止まった。


 こちらに気づいたタケミナカタが右手を挙げて合図を出すと、軍勢は綺麗に連動して歩みを止めた。

 馬から下りたタケミナカタが、サルタヒコとアメノウズメの前へと歩いてくる。

「サルタヒコ様。お出迎えかたじけない。今、伝令を出したゆえ、すぐにワカミケヌ様とオモヒカネ様が参るはずです」

 そう言ってタケミナカタが頭を下げる。

「いや、なに。タケミナカタ殿もしばらく見ぬうちに益々、風格が出てきたな。此度の東征が、如何に厳しいものであったかが、見ただけで分かるよ」

 サルタヒコはそう言ってタケミナカタをねぎらった。


「それにしても、凄い軍勢だな。出発したときよりも人数も増えた」

「ですね。出雲の民の他、大和の国で仲間になった人々も加わっているのです」

 タケミナカタが誇らしげに言った。タケミナカタが纏う鎧は漆黒で、飾り気のないものであった。周りにいる者たちも同様で、他の兵隊たちの鎧や衣装の方が、よほど煌びやかな感じがする。

 タケミナカタと雑談を続けていると、突然強い風が吹き、桜の花びらが大きく渦巻いた。その花びらをかき分けるようにして、列の後方から一人の若者と中年の男が現れた。

 若者は、とても美しい顔立ちをしていた。大きな黒い瞳が印象的だ。純白の衣を身にまとい、脇には立派な兜を抱えていた。首には大きなひすいの曲玉の首飾りを下げ、頭の両横には長い黒髪を結っている。


「ワカミケヌか!?」

 アメノウズメは驚き、思わずそう呟いていた。あの幼子おさなごのようだった少年が、すっかり青年と言ってもいい風格を身につけて帰ってきていた。

「アメノウズメ様。ご無沙汰しております。また、サルタヒコ様も壮健そうで何よりです。ワカミケヌですよ。出雲へ出かけてから更に二年経ちました。そんなに変わりましたか?」

「ああ。すっかり見違えたよ」

 サルタヒコもそう言って笑った。


 と、突然――

 チャリッ

 と、金属の鳴る音を響かせ、オモヒカネがワカミケヌの背後から現れた。身につけた鎧は漆黒に塗られ、鎧の隙間から見える首元には黒曜石の飾りが先端に付いた首飾りを付けていた。

「ワカミケヌ様は、今は神武ジンム様と名を変えられた……」

 オモヒカネは重々しくそう言って、言葉を続けた。

「大和を平定するのに思いのほか、時間がかかってしまったが、無事に平定された。出雲との同盟も盤石だ」

「オモヒカネか……」

 サルタヒコはオモヒカネに顔を向け、首を傾げた。野生動物のようなギラギラとした精気が溢れ、サルタヒコの方へと流れてくる。顔は確かにオモヒカネだったが、まるで別人のような圧力だった。


「お主も見違えたな。まるで武将のような気構えを感じるぞ」

「そうか……東征では苦労をしたからかな」

 そう言ってオモヒカネは笑った。

「あの、名前は昔どおり、ワカミケヌと呼んでください。皆様に神武と呼ばれるのは何とも面はゆい。それより、兄はいないのですか?」

 ワカミケヌが言うと、

「ミケヌはフタカミで仕事をしているよ」

 キハチが言った。

「キハチさん! タヂカラオさん! お久しぶりです」

 ワカミケヌが満面の笑顔を浮かべた。


「おう。落ち着いたら遊びに来いよ。叔父貴殿サルタヒコが宴を準備するって張り切っているよ」

「分かりました!」

「では、これ以上、隊列の邪魔をするわけにはいかぬ故、我々はおいとまするよ。二、三日したら使いをやるから、遊びに来てくれ」

 サルタヒコはそう言って、軽く頭を下げた。

 ワカミケヌとオモヒカネも会釈する。


 こうして、ワカミケヌとの二年ぶりの再会は終わったが、その場にミケヌノミコトはいなかった。 

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