第10話 タヂカラオ(5)

 タヂカラオたちは船で帰っていく老人と息子を見送ると、しばらく海岸に沿って南下していった。


 一行は、二日ほど歩いてアガタに着くと、武の家で過ごし、久しぶりに会ったマオやアガタの長と旧交を温めた。丸一日身体を休め、今度は五ヶ瀬川に沿って山の方へと上っていく。

 朝早く出ると、その日の夕方にはフタカミの手前にある研究所の近くにある峠にまでたどり着いていた。そこからしばらく歩き、研究所に着いたときには日はすっかり落ち、ひっそりと寂しい雰囲気が辺りを覆っていた。


「母さん、帰ったよ……」

 ミケヌはそう言って、母のトヨタマに声をかけた。

 トヨタマはすっかり、元気を無くしているようにタヂカラオには見えた。愛する夫である健二を亡くし、息子二人もずっと不在にしていたのだから、無理もないことだったのかもしれない。


 ミケヌは訥々とトヨタマに事の次第を説明した。

「そうですか。ワカミケヌはそんなことを……」

 トヨタマはそう言って、ワカミケヌが一緒に帰ってこなかったことを大変悲しんだ。

「母さん。すまない、俺が付いていながらオモヒカネに取られてしまったようなものだ……」

「いえ。あなたは一生懸命やったはず。これはワカミケヌの選択でしょう」

 トヨタマはそう言って顔を伏せた。

 トヨタマと話をしながら辛そうな顔をするミケヌを見て、タヂカラオはどんな顔をしていいのか分からなかった。


「トヨタマさん。二人の行く末について健二から任されたのは私だ。それにも関わらず、こんなことになってしまったのは私の責任でもある。私からも謝る」

 武はそう言ってトヨタマに頭を下げた。

「あなたは健二の本当の友だちだった。その友だちのあなたが、わざわざ遠方にまでついていってくださった。そして、二人とも命はあるのです。何も謝ることはありません」

 トヨタマは気丈にそう言った。

「健二の墓に参ってもいいか? 健二にも報告をしておきたい」

「ええ。ぜひ、よろしくお願いします」

 武は頭を下げると、研究所の裏に葬られている健二の墓へと向かった。


 タヂカラオは武についていったが、健二は来なかった。

 武と一緒に手を合わせ、健二が埋葬されている大きな石にむかって拝む。

 タヂカラオは墓に向かい、素直にワカミケヌとオモヒカネのことなどを心の中で報告した。

 目を開き、合わせていた手を元に戻すと武の方を見た。

 武も拝み終わったのだろう。こちらを見つめていた。

「武さん。ミケヌを元気にせにゃならん。手伝ってくれ」

「ああ。もちろんだ」

 武はそう言って深く頷いた。


 その日は研究所に泊まった。そして、翌日。タヂカラオたちはトヨタマも誘って一緒にフタカミへと向かった。


 フタカミではサルタヒコやアメノウズメはもちろん、キハチやコヤタ、サクヤも待っていた。

 ミケヌは皆と一緒に狩りや釣りに行った。朝早く起きて獲物を捕りに行き、持って帰ってきた獲物を皆でさばき、料理して食う。

 笑い合いながら暮らす穏やかな日々が過ぎていった

 その穏やかな日々を過ごす中で、ミケヌは少しずつ元気になっていった。


 しばらくすると、武がミケヌに武術の練習をつけ始めた。ミケヌのたっての願いだったらしい。

 タヂカラオの目には、ミケヌが一心不乱に武術の練習に打ち込んでいるように見えた。それは尋常では無い打ち込みぶりで、ミケヌが真剣に強くなろうとしていることが伝わってくるものだった。なぜ、こんなにも一生懸命に武術の練習に力を注ぐのか、ミケヌは口には出さなかったし、タヂカラオも訊かなかったが、出雲の国での経験がそうさせるのだろう。

 徒手の相撲や組み討ちの練習では、タヂカラオも付き合った。ミケヌは一生懸命に修練に打ち込んだこともあって、瞬く間にその腕前を上げていった。




*******




 作者の岩間です。タヂカラオ目線での話はここで一段落になります。

 タヂカラオとミケヌの絆が深まっていく過程を書きたかったのですが、伝わりましたでしょうか。道理で浩は、現代で遥のことを大好きだったんだな、と思ってもらえれば成功かなと思います。ミケヌはワカミケヌに冷たくされてしまって、かなりかわいそうでしたが……。


 さて、ここまで、サクヤ、サルタヒコ、ミケヌ、タヂカラオとそれぞれの目線で過去編の物語は進んできました。物語は、天岩戸開き、神武東征を再現したオモヒカネがここからどう動くのか――というところです。

 オモヒカネは、米を農作物として栽培することに成功し、軍隊を組織し、大量の鉄製の武器をも手に入れました。そして、九州の統一、出雲との同盟、大和の国の平定をやってのけたのです。現代世界では藤田スクナビコナの裏方だった男がついにここまでやり遂げるなんて、と作者としてもある意味しみじみとしてしまったり。

 個人的にはここで満足すればいいのにな、と思ったりもするのですが、彼の背後に黒牙ヘイヤーがいることを忘れてはいけません。彼はこの程度では満足はしないはずなのです。


 さて、さて。次からはアメノウズメの目線で物語は進みます。さあ、佳境に入っていくぞ!というところなのですが、実は作者も暗中模索なのです。近況ノートにも書きましたが、ストックがあと三話しか無いのです(^_^;


 それと、これも近況ノートに書いたのですが、新しい長編も手がけようかと思ってまして、その準備もあるのです(だって、新しいお話を思いついてしまったんですよ)。

 ここから先の更新は本当にゆっくりのペースになると思いますが、どうか広い心でお待ちください。よろしくお願いいたします。

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