第9話 タヂカラオ(4)
「どういうことだ?」
大和国はもう攻めては来ないだろうという言葉を否定するオモヒカネに、アメノフキが訊ねた。
オモヒカネは、またほとぼりが冷めれば、大和の奴らは来るだろうこと、そして、こちらから攻め込んでいき、相手を完全に屈服させることが結果的に和平の近道だと主張した。オモヒカネたちも引き続き助力する。だから一緒に行こうではないかと言ったのだった。
「そういうことか。それなら、敵の攻撃を撃ち返した今が好機であろうな」
アメノフキは酒で真っ赤になった顔を撫でながら言った。
「おい、親父殿。そういう大事なことはしらふの時に判断すべきじゃないのか?」
オオムナチが言うと、
「馬鹿。今、この時だからこそ判断すべきなのだ。そんなことも分からんのか……」
アメノフキはそう言って天を仰いだ。
「まあ、まあ。二人とも。結論は明日出せばいい。もし攻め込むのであれば、我々も手を貸すとそう言っておるだけだよ」
ワカミケヌが笑いながら言った。
大和に攻め込むことについては、その日の晩には結論は出なかったが、ほとんど決まったようなものだとタヂカラオは思った。
宴が終わり、松明の火を落とす頃、ミケヌがワカミケヌの元へと行くのをタヂカラオは見た。
最初は静かに話をしていた二人だったが、いつの間にか大声で言い合いになった。話の内容は聞こえなくても想像が付いた。
しばらくして、ミケヌが憮然とした表情で帰ってきた。
「ワカミケヌは言うことを聞かなかっただろ?」
ミケヌは何も答えない。
「いいじゃないか。俺たちだけでも帰ろうぜ」
俺はそう言ってミケヌの肩を抱いた。ミケヌは何も言わなかったが、体は震えていた。
ワカミケヌを守るために一緒に来たはずだったが、半ば拒否されるようなことになってしまっていた。ミケヌは傷ついただろうが、これも運命か――
タヂカラオは大きなため息を一つ
タヂカラオは、辛そうな顔をしているミケヌの顔を覗き込み、
「俺も行く。もう一度、きちんとワカミケヌと話せ。それで駄目なら仕方がないさ」と言葉を繋いだ。
「いや。もういいよ……」
「馬鹿野郎。いいもんか。諦めるにしてもやるだけやらにゃ」
嫌がるミケヌを半ば無理矢理に引っ張っる。
武は腕を組んで、そこから動かなかった。顔を見ると、無言で頷く。こちらに任せるということなのだろう。
ワカミケヌの所に行くと、オモヒカネとタケミナカタ。そしてタケミナカタの部下の三人が一緒にいた。
タヂカラオは頭を掻きながら、
「なあ、ワカミケヌよ。さっきミケヌも言ったと思うんだが、俺たちフタカミへ帰ろうと思ってんだ。お前は帰らないのか?」
と、訊ねた。
だが、ワカミケヌはそっぽを向いたままだった。青年へとなりきらない少し幼さの残った顔は、少し無理をしているようにも見える。
「出雲と同盟を結ぶっていう目的も果たせたんだ。ここに、もう用はないだろ?」
タヂカラオが質問を重ねてもワカミケヌはそっぽを向いたままだった。
中々に意固地だな――
タヂカラオが頭を掻いて、ワカミケヌの顔を覗き込んでいると、
「ワカミケヌ様は、これからもう少し東へ行きたいとおっしゃっていてな」
オモヒカネが顎を撫でながら、タヂカラオへ語りかけてきた。
「お前には訊いていないぜ」
タヂカラオがそう言うと、タケミナカタの部下の一人がタヂカラオの前に来て、無言で下から舐めるように睨みつけた。男は、上下とも漆黒の布で作られた貫頭衣を着ていた。
硬質で冷たい殺意が、その鋭い視線とともに絡みついてくる。
だが、タヂカラオは、
「ふん」と鼻を鳴らすと、平然と男を一瞥した。
「誰だお前? 勝手にワカミケヌと俺たちの話に入ってくんじゃねえよ」
「我々は
英了と名乗る男は、その服装とは対照的に色白の肌を持ったほっそりとした男だった。ぱっと見た感じは荒事とは無縁の
「止めろ……」
ワカミケヌはそう言って、英了を後ろへ下げさせた。
「兄ちゃん。自分の口からもう一度言うよ。俺はオオムナチから借りる軍勢とともに
「何を言ってるんだ?」
「俺はジンムだ。
「何のために大和に攻め込む? そのことに何か意味があるのか?」
「出雲との同盟のためだ。オオムナチたちも賛成してくれている。これが成功すれば、潤沢に最新の鉄器が手に入る。そして平和な地域も増えるんだ」
ワカミケヌがそう言うと、ミケヌとの間に皆方とその部下が進み出て、ミケヌを遠ざけた。
ミケヌは隙間から見えるワカミケヌの目をしばらく見つめていたが、頭を振ると踵を返した。
「ワカミケヌよ。お前は
ミケヌは背中を向けたままそう言うと、歩き出した。
タヂカラオは頭を掻きながら、ミケヌの後を追った。
*
帰りはオオムナチが用意してくれた小さな船に乗り、来た道を逆へと辿った。ミケヌとタヂカラオ、武とともに、船を操る人間二人が一緒に船に乗った。
「オオムナチ様からしっかり送り届けるよう言われておるで、安心しなされ」
一緒に船に乗り込んだ老人はそう言って、三十代の男と二人で船を操船した。二人は親子で漁師なのだそうだった。
小舟は小さな帆船で、ゆっくり時間をかけて九州へ下っていった。船が九州に着くと、船は来た道を帰っていった。
短い間だったが、すっかり仲良くなった老人と息子に手を振ると、タヂカラオたちは帰り道を急いだ。
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