第8話 タヂカラオ(3)
大勢の叫び声や金属を打ち合うような音のする方へと駆けていく。出雲の里を抜け、川の方へと進むと、広々とした丘に出た。
そこでは既に大勢の人々が、手に手に武器を持ち戦っていた。
血の匂いと踏みしめられた草の匂いが、辺り一帯に漂っている。
敵の軍勢は、大勢の髭を生やした半裸の男たちだった。青銅の剣や石斧、棍棒を持った男たちが大声を上げながら、鉄製の鎧を着込んだ出雲の軍と戦っている。出雲兵たちはいずれも鉄製の武器を持っており、敵の装備は明らかに見劣りした。
ただ、敵の中に何人か騎馬で戦う人間が数人いた。そいつらは鉄製の大きな槍や長刀を持っており、手強いように見えた。出雲側の歩兵が幾人も切り伏せられていく。
「こいつらは
オオムナチが言った。彼の説明によると、攻め込んできている軍隊は、ここよりもずっと北にある
敵の中にいる騎馬の戦士は強力だったが、
タヂカラオはミケヌの目線がずっと奥の方を追っているのに気づいた。
その視線の先にはワカミケヌがいて、生き生きとして刀を振っていた。そして、その周りにはタケミナカタをはじめとしたオモヒカネの側近たち四人が一緒にいた。
皆、黒ずくめの服の上に、出雲製の鉄の鎧を着込んでいる。
ワカミケヌの脇を固める四人はそれぞれが異なる武器を持っていた。他の兵が持っている盾は装備していない。一人は弓、一人は
それぞれの武器は遠距離、中距離、近距離にいる周りの敵を次々に殲滅していった。
「むう……中々にやるな。タケミナカタめ、いつの間にか強力な兵を鍛え上げたな」
武が呟く。
すると、押されまくっていた敵の軍勢のうち、騎馬の戦士が三騎固まって、もの凄い勢いでワカミケヌを目指してきた。弓矢をやり過ごし、鞭や長剣もすり抜け、一騎がタケミナカタに馬ごとぶつかった。残りの二騎がワカミケヌに向かう。
ワカミケヌは飛び上がり、一騎の馬の上に駆け上ると、馬を操る戦士を一太刀の元に倒した。だが、背後から残りの一騎が襲いかかった。
武が飛び出そうと身構え、動きを止めた。
ごうっ!!
と、いう轟音がして騎馬の戦士が吹き飛ばされた。
そこにいたのは、オモヒカネだった。右手を突き出し、手のひらを騎馬の戦士がいたところへと向けていた。
「なんだ? あの技は……」
「昔、いなくなったクラヤマツさんの力にそっくりだ」
タヂカラオが呟くと、
「ふん」
武がしかめ面をして息を吐いた。
八咫鏡の力で、オモヒカネがクラヤマツさんの能力を奪い取ったのではないかという噂があった。やはり、そうなのか――
タヂカラオが考え込んでいるうちにも、めまぐるしく戦況は動いていった。
「おいおい。すげえな」
タヂカラオは思わず、感嘆の声を漏らしていた。
周りを固める四人の技はもちろんだが、ワカミケヌ自身の動きも凄い。両手に握った短刀を振るいながら、敵の首や腕を切り落としていく。その様は肉食の野生動物が獲物の首を掻き切っていくようにも見える。
先ほど、倒した三騎の騎馬隊が、この軍隊の一番の使い手だったのかもしれない。軍勢の中を強力な力で切り進んでいく五人は、見る間に敵の歩兵を蹴散らし、騎馬の武将にまで進んだ。一際、豪華な装備に身を包んだ武将はおそらく、この軍隊の幹部なのだろう。
弓矢を当て、鞭を巻き付けて落とすと、長剣とタケミナカタの籠手で一撃を当てた。最後にワカミケヌが短刀で首を切り落とした。
五人は息を吐く暇もなく、別の騎馬の武将へと向かっていく。
ミケヌはワカミケヌのその様に唖然としていた。唾を飲み、手を握りしめる。
「それじゃあ、俺は行くぞ……」
オオムナチは刀をぶんと振って、出雲軍を加勢するために駆け出した。
ミケヌは呆然として先へと進むことができない。
タヂカラオは武とともに、ミケヌに並んで刀を構えたが、敵がこちらまで来ることはついに無かった。
やがて、生き残った騎馬の武将とともに、すっかり少なくなってしまった敵軍勢は帰って行った。
ときの声が上がり、皆が大声で歓声を上げた。
「終わったな」
タヂカラオが呟くように言うと、ミケヌは黙って頷いた。
*
その夜――戦いの勝利を祝して宴が催された。
怪我をしている者も含め、多くの者が参加したその酒宴は、戦いの高揚感そのままに異様な盛り上がりを見せた。
タヂカラオも大いに飯を喰らい、酒を呑んだ。食材にはオモヒカネの持ち込んだ米や栗、芋と言った農作物もふんだんに含まれていた。
酒宴が始まってしばらく経った頃、出雲の長であるアメノフキがオモヒカネの横にやってきて大きな声で話し始めた。
「いや。それにしても鬼神のごとき働きであった!」
高揚し、大きくなっているその声はいやでも聞こえてくる。
「オモヒカネ殿。そしてワカミケヌ殿。本当に大したものじゃ!! 此度の助力には感謝するぞ! これで、あいつらがも攻め込んでくることはあるまいよ」
赤い顔で言うアメノフキをオモヒカネがマジマジと見返すのが見えた。
「どうなさった?」
アメノフキがきょとんとして訊き返すと、
「果たして、そうかな」
と、オモヒカネが答えた。その顔は引き締まった表情をしていて喜びに浮かれているというふうでは無かった。
ざわざわとしていた喧噪が、徐々に収まっていく。皆、何事かという顔で二人を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます