第7話 タヂカラオ(2)

 尾道オノミチから歩いて四日目。

 山道の片隅に鼻の大きなこびとが歩いているのに気がついた。大きさは三歳の幼児よりも少し小さいくらいだ。こびとの周りには白く光る球や羽虫ほどの小さな人型のものがまとわりついている。

「山の精か……」

 タヂカラオは呟いた。フタカミやタカチホではよく見かけるが、出雲にもいるのだなとタヂカラオは思った。

 山の精はその名の通り山にある神気が凝り固まり、人の形を取ったものなのだが、人がいるところにしかいないと言われている。要するに人里に近い山にいるものなのだ。

 もうすぐか……そう思っていると、大きな木々の向こうに煙がたなびく大きな集落が見えてきた。そこが出雲国の中心の集落であるとのことだった。

 煙は砂鉄と木炭を燃やして鉄を作るたたら製鉄で出ている煙だと言うことだった。


 オモヒカネは出雲の集落に着くと、

「今から千年は後に始まったはずの製鉄の方法のはずだが、やはり後に伝わった歴史は当てにならぬな。そもそも大陸は春秋戦国時代だ。鉄剣を作る方法が伝わっていない方がおかしいというもの」

 と、言った。

 首を傾げていると、後の歴史ではもっと何百年も後に鉄器の制作は始まったとあることをミケヌが教えてくれた。オモヒカネは、わざとミケヌやワカミケヌにも聞こえるように言っているように思えた。


ウーさん。ここの鉄の作り方は大陸と同じなのか?」

「うーん。実際に製鉄をする様子を見るのは初めて何でなんとも言えないな。ただ、ここの鉄で作った剣はなかなかの物だな。できれば、剣を作っている鍛冶屋も見てみたいが……」

 そう言いながら歩いていると、

 カン、カン

 と鉄が鉄を打つ音が、聞こえてきた。


 音が聞こえてくる家の窓から覗き込むと、白い服を着た男たちが大きな槌を降って、金属の塊を打っていた。

「ほう……」

 武が感心したような声で呟く。

「大陸と同じやり方だな。ああやって鉄を打ち付け、何度も曲げて延ばすのだ」

「そうか」

 タヂカラオとミケヌは頷いた。

 集落のほとんどの家は、高床式の造りでタカチホやフタカミの集落と比べると、立派で近代的に見えた。

 感心しながら、集落の町並みを見て回っていると、オオムナチの父である集落の長が来た。長はアメノフキと名乗り、オモヒカネと挨拶を交わした。


 オモヒカネが出雲の鉄剣を自分の軍でも採用しており、非常に出来がいいこと、筑紫野国ちくしのくにと呼ばれる九州全体をほぼ、統一したこと、今後は出雲の国とも仲良くし、鉄製品を購入することはもちろん、農業などの知識を教えたいことなどを話した。

 特に鉄製品については、相当量を継続して買うことができること、支払いには米を用いたいことなども話し、持参した米を食べさせることになった。

 それまで出雲で作られている農作物は栗やドングリであったため、米を食べたアメノフキとオオムナチはそのあまりの美味しさに非常に驚いた。オモヒカネは交易が安定的に続いていけば、米の作り方も教えることを約束し、米で鉄器の代金を支払うことは了承された。


 その日の晩は、宴が催された。宴の席ではオモヒカネの後に、漆黒の服を纏ったタケミナカタと三人の男が控えていた。

「あいつら、ホントに陰気な奴らだよな」

 吐き捨てるように言うと、

「タケミナカタさんも昔はあんなじゃなかったんだけどね」

 ミケヌがため息をつきながら言った。

「戦いになったときに容赦がないのは仕方がないんだがな。だが、確かに陰気になったような気はするな」

 武が酒をあおりながら言った。


 タケミナカタら四人は、黒牙衆くろがしゅうと名乗り、主にオモヒカネの護衛を務めていた。

「四人とも敵に容赦ないというか、人殺しを楽しんでしているように見えるぜ」

「できれば、ワカミケヌからは離れてて欲しいけど、護衛の意味もあるだろうから難しいな」

 ミケヌがため息をついた。

 ワカミケヌはオモヒカネの横に座って、宴の踊りを眺めている。


 しばらくすると、宴の演奏や踊りが盛り上がってきた。

「まあ、元気を出せ。色々あるが、今のところは何もかも順調じゃないか」

 そう言うと、ミケヌは力なく頷いた。

 宴で振る舞われた酒は美味く、催された踊りは楽しかった。途中から鼓を持って演奏に参加した。だが、はっきりと覚えているのはその辺りまでだった。

 酒をたらふく飲んで、演奏に参加した後は、ひとしきり盛り上がってそのまま寝てしまったらしかった。


      *


 翌日――

 タヂカラオは板間の上で目を覚ました。誰かがここまで運んでくれたのかは分からないが、昨晩の記憶は途中から無かった。

 頭を掻きながら起き出し、外に出ると、武とミケヌがオオムナチと話をしていた。

「おう、起きてきたか」

 オオムナチが笑いながら話しかけてきた。

「昨晩は凄い盛り上がりだったな」

「いやあ、面目ない」

 頭を下げると、ミケヌとオオムナチは笑った。


「少し歩こうか」

 オオムナチはそう言って、ミケヌたち三人を連れ出した。

 結構な距離を歩いたような気がするが、気がつくと丘の上の草原に出ていた。風が吹くと、草原の草がざあっと鳴って、海の波のように動いた。

「お前たちは信用できそうだから、隠し事をせずに話をしたいと思って誘ったんだ」

 丘の上でオオムナチは言った。辺りには四人の他には誰もいない。

「何をだ?」

 オオムナチの言葉に、ミケヌが首を傾げた。


「今回の交易の件、親父が決めたことだから文句は言わないが、お前たちが力を蓄えていけば、いずれはこの出雲の国をも取りに来るのではないかと心配しているのさ」

「そういうことか……」

 ミケヌは頷いた。

「特にうちの兄貴たちは野望を持った者も多くてな。例えば、兄貴の内の一人がお前の方に付くなんてことも考えられる」

 オオムナチが頭を掻いて言うと、

「ふむ。すぐに出雲と戦争することはないだろうが、ずっと先にはそういうこともあるかもしれぬな……」


 ミケヌはそう言って遠くを見た。風がミケヌの神をなぶるように巻き上げる。

「どうも、人ごとみたいな言い方だな。あのオモヒカネと一緒にいるワカミケヌというおぼっちゃんはお前の弟なのだろう?」

「そうなんだがな……いつの間にか、俺とは考え方が変わってしまったんだ。大切なのは力で、世の中が荒れてれば、武力でも何でも使って押さえてしまえばいいという考え方にな」

「そうか……それは、それで正しいのかもしれないが、疲れる世の中になりそうだな」

「本当だな」

 ミケヌは頷いた。

 しばらくして、山の方を見上げた。


 何か人の叫び声のようなものが聞こえてきたのだ。

 黒い煙のようなものも上がってきた。

「言ってるそばからこれだ。隣国の奴らが攻めて来やがるんだ。俺は行くが、お前たちはどうする?」

 オオムナチは言った。隣国は東から北にかけて広がっており、出雲とは敵対しているとのことだった。

「俺たちも行くよ。ワカミケヌことも心配だしな」

 ミケヌは言った。その顔はここ最近の疲れた顔とは違って、やる気のようなものが満ちていた。

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